失ったパパと、残された私たちの気持ち|自死遺族|
この文章には、夫の死や遺された家族の気持ちに触れる場面があります。
無理のないタイミングでどうぞ。
子ども達の心の負担を、できるだけ減らしたい。
学校に行く元気がない日もある。
そんな日は無理せず休ませて、一緒に穏やかに過ごす。
私は家族や友達に、辛いことや哀しいこと、その瞬間の気持ちを話して、涙を流すこともできる。
今までの経験のおかげで、少しだけ心の置きどころも見つけられる時もある。
でも、幼い子どもたちはどうだろう。
パパが死んでしまったことを、どんなふうに感じているのだろう。
私はお父さんを亡くした経験はないから。
きいてみたことがある。
そうしたら「別に普通」だって。
それはとても重い言葉だと思う。
夫が自死してしばらくは、「あの日」に戻れるんじゃないかと本気で思っていた。
ほんの数時間前まで生きていたのに。
それぐらいなら過去に戻れるんじゃないかと、本気で思っていた。
もし戻れたらこうするのに――そう思うたびに、涙があふれる。
時間ってなんだろう。
どんどん、あの日から遠ざかっていく。
今は皆、遺族として私たち家族のことを気にかけてくれる。
でも、何年も話を聞いてもらうのは、きっとこちらもためらうようになるのだろう。
相手も心配で、しんどくなると思う。
私が笑顔で過ごしたり、仕事をしている姿を見て、
「もう乗り越えたんだな」と思われるのだろう。
今の時点でも、時々「そろそろ落ち着いた?」と言われる。
夫がその瞬間どんな気持ちだったのか、どれぐらい苦しかったのか、想像すると胸がぎゅっとなる。
暗かったけれど、発見した時の表情は少し覚えている。
必死に黄色のロープを外したことも、今も心に残っている。
絶対に実際にはしないけれど、同じように紐を結んでかけたらどんな感じだろうと想像する自分がいる。
子どもたちに万が一『なにか』あったら、パパが天国で一緒にいてくれる、という想像をしてしまう自分もいる。
それが少し怖くて、少し切なくて嫌だ。
子ども達にも何かあったら、私はもう生きていけない。
失うのがこわい。
すれ違う年配の男性を見て、そっと思うことがある。
「どうしてパパはいないんだろう」
「どうして長生きできなかったんだろう」と。
最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
ここに書いているのは特別な話ではなく、私の日常です。
同じような気持ちを抱えている方にも、そうでない方にも、何かが届けばうれしいです。
🌿 時期ごとに、まとめています。
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