スーツのまま、公園まで|自死遺族|
後悔や自分を責める気持ちは、回復するためのひとつの過程なのかな。時間とともに、少しずつ変わっていくのを感じている。
亡くなったばかりの頃、私はパパのことをすべて肯定していた。
そして自分は、マイナスのことばかりして、プラスは何ひとつしてこなかった――そんな思いに囚われていた。
最近、
「罪悪感は人間の中に用意された一時的な仕掛け」
という言葉を知った。
……? ってなったけれど、
罪悪感をお休みする日を作っていいんだ、と分かった気がした。
感情に邪魔されず、私は楽しんでいい。
晴れた日に。
運動公園をウォーキングしていたら、ふと思い出した。
産休中、体重管理のために歩いていた時、パパから「これから帰るよ(会社から)」と電話があった。
今、公園を歩いていると伝えたら、スーツのまま寄ってくれて一緒にゆっくり歩いた。
えへへ、って話しながら。
なんでもない、かけがえのない日。
悩んだり、頑張りたい時に歩いてきた公園。
歩くと気持ちが整ったりひらめいたりするから。
今もまた、ひとつのターニングポイントな気がする。
大切なものは、「早く」ではなく「ゆっくり」。
だから、私の人生もゆっくりでいい。
過去に起こったことは、私のせいではない。
そう思えない日もあるけれど、堂々としていればいいんだよ。
傷ひとつなく育つものなんて、世界のどこにもないんだから。
パパの脇の下を思いっきりコチョコチョしたくて、「じっとしてて!」って言ってこちょばしたら、そのあと3倍返しされた。
思い出して、胸がぎゅっとなった。
「かなしい」と「どうして」と「しょうがない」が、同時に存在している今の私。
仕事、どうしよう。
パパのことがあって以来、心療内科の薬もけっこう飲んでいる。
生命保険も無し、傷病手当と遺族年金で親子で暮らしている。
住宅ローン払いながらの子育て。
傷病手当も期間限定だしね。
同じ職場に戻るか。
それとも、これを機に本当にやりたかったことを見つけて、チャレンジするか。
転職するにしても復帰するにしても、タイミングはいつにするのか。うーん……キャパを超えたので、また考えよう。
パパがいなくなって、家の中で私が最年長になってしまった。
「かわいい」と言ってくれる人はいなくなった。
今はもっぱら、いじられ役。
おならが臭いとか、お腹がぷにぷにとか。
まあ、いいけど。
でも――パパにまた「大切」とか「僕のもの」とか「かわいい」って言われたいな。
最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
ここに書いているのは特別な話ではなく、私の日常です。
同じような気持ちを抱えている方にも、そうでない方にも、何かが届けばうれしいです。
🌿 時期ごとに、まとめています。
「またね」 の距離感で、いつでも遊びに来てください。
いいなと思ったら応援しよう!
いつも見にきてくださり、ほんとうにありがとうございます。
もし「ひの、今日も元気でいてね」くらいの気持ちで、そっとチップを置いてもらえたら…すごく励みになります。
無理のない範囲で、大丈夫なときだけで十分です🌿