「納得して生きる」という感覚について
休日になると、
「何か特別なことをしなきゃいけない気がする」
そんな落ち着かなさを感じることがある。
せっかくの休みなのに、
ただ家事をして、散歩して、いつもと同じ一日で終わってしまうと、
「もっと良い過ごし方があったんじゃないか」と思ってしまう。
でも今日、ひとつ腑に落ちたことがある。
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充実感や幸福感って、
何をしたかよりも、
納得して取り組めたかどうかで決まるんじゃないか、ということ。
同じことをしていてもいい。
平日と同じでも、違っていてもいい。
休日の良さは、
それを「じっくり味わいながら」できるところにある。
急がなくていい。
評価しなくていい。
他の選択肢と比べなくていい。
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じゃあ、この「納得」ってどこから生まれるんだろう。
考えてみると、
納得できているときって、
自分が自分を肯定できている状態だと思う。
褒めているというより、
疑っていない感じ。
「これでよかったのかな」と
何度も確認しなくて済む感覚。
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では、どんなときに自分を肯定できるのか。
それは、
自分の中で「これは正しい」と思える選択をしているときだ。
他人から見て正しいかどうか。
得か損か。
評価されるかどうか。
そういう基準じゃなくて、
「自分は、こういう選び方をする人間でいたい」
その感覚に沿って選べたとき。
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欲に委ねた選択は、
一瞬は気持ちいいけれど、
あとから「選ばされた感」が残りやすい。
一方で、
自分の正しさに委ねた選択は、
地味で、誰にも気づかれなくて、
すぐに報われないことも多い。
それでも、
あとから自分を裏切らない。
だから納得感は、
快楽からじゃなく、
「自分を信じられている感覚」から生まれるんだと思う。
