日常への帰還
早朝の駅。構内は、どこか知らない場所へ向かう人たちの急ぎ足で満ちていた。
列車の中で食べるためのおにぎりとお茶を買って娘に手渡し、私たちは改札へ向かう。
まだ全然しゃべり足りない。それなのに、私たちは互いの寂しさを半分ずつ分け合うみたいにして、そこで別れた。
娘は再び、彼女の守るべき日常がある下宿先へと帰っていく。
構内を出ると、朝の光があまりに眩しくて、思わず目をつむった。その容赦ない明るさが、私の心の奥にある寂しさを、隅々まで照らし出していく。
このゴールデンウィークの五日間、私たちはまるで、光る宝石を詰め込んだ箱の中にいた。
モールでの買い物、夫の実家、カフェの静かな時間。夜の映画にアフタヌーンティー、それから賑やかな焼肉。
予定をぎゅうぎゅうに詰め込んで、笑って、食べて、たくさん歩いた。
濃密で、どこまでも幸福な時間だった。
けれど、娘が駅の向こう側へと消えていき、自宅のドアを開けた瞬間…
私は、あまりにも楽しかったあの異世界から、ひとりだけ「強制送還」されたような気分になった。
そこには、さっきまであったはずの熱が引いた、しんとした日常が待っていた。
また娘のいる世界線に戻れたらいいのに、と小さなため息をつく。
特別なイベントなんてなくていい。ただ彼女がそこにいて、とりとめのない話を交わす。
それだけで、私の世界はこんなにも鮮やかに躍っていたのだと、ひとりになって初めて突きつけられる。
昼下がり、部屋のあちこちにまだ彼女の気配が揺れているけれど、触れられる距離にあった体温だけが、そこからすっぽりと抜け落ちている。
そんな私の心を、一匹のネコが救ってくれた。
窓の外を眺めてぼんやりしていた私に、飼い猫のミーが、音もなく寄り添ってきたのだ。
いつもは自分勝手で気まぐれなはずの彼が、今日に限って、私の肌に柔らかな毛を押し付けて離れない。
彼の小さな喉から響く、ゴロゴロという深い振動。
そこに耳を当てて、祈るようにその音を聞いていると、心のささくれが不思議なほど穏やかに消えていった。
「大丈夫、日常もそんなに悪いもんじゃないよ」
言葉にならない彼の温もりが、そう静かに囁いている気がした。それはきっと、ミーちゃんなりの、不器用で精一杯の優しさなのだ。
今夜、娘に電話をしようと思う。
「あなたがいなくて寂しいけれど、猫が慰めてくれたから大丈夫だよ」
なんて、少しだけ自慢げに、笑って報告するために。
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