【映画レビュー】『廃用身』
新しい治療は究極のコストパフォーマンス!? 高齢化社会の行く末を描いた衝撃の映画
普段はかけていないのだが、映画を観る時にはメガネをかける。近くはある程度見えるのだが、遠くが全く見えないのだ。まして洋画の字幕など読めるわけがない。だから、映画館に行く時はメガネを絶対に忘れるわけにはいかない。
ところが、忘れたのだ。いや、メガネケースは持って行ったのだが、その中にメガネを入れるのを忘れてしまったのである。こりゃあ、ヤバイ!
しかし、まあ、結論から言えば何とかなった。日本映画で字幕ではなかったうえに、この日予約しておいたのが最前列の席だったからである(別にメガネを忘れるのを予感していたわけではないが)。劇中に映る文字などはぼんやりしていたものの、全体的には問題なく観ることができた。
そんなこんなで観た映画は「廃用身」。現役医師でもある作家の久坂部羊が2003年に発表した小説の映画化だ。監督・脚本は「家族X」「三つの光」などで注目を集めてきた𠮷田光希。
私は小説も未読なら、この監督の過去作も未見だ。ちなみに、吉田監督のキャリアを調べていたら、2013年の第26回東京国際映画祭「日本映画スプラッシュ」部門に出品された今泉力哉監督の「サッドティー」に出演者としてクレジットされている。だとすれば、その時には私も鑑賞していたので、たぶん吉田監督の姿を見ているはず。
あらすじ
医師の漆原糾(染谷将太)が院長を務めるデイケア施設「異人坂クリニック」では、漆原が考案したある画期的な治療が高齢者たちの間で秘かに広まっていた。それは、「廃用身(麻痺などにより回復見込みがない手足のこと)」を切除してしまうもので、主に介護の負担を減らす目的で行われたが、この治療を受けた高齢者にも「身体も心も軽くなった」「厳しい性格が柔らかくなった」などの前向きな結果が出ているという。噂を聞きつけた編集者の矢倉(北村有起哉)は、老齢期医療に革命を起こす可能性を感じて、漆原に本の出版を持ちかけるのだが……。

映画の冒頭に「廃用身」を説明するテロップが映る。本当に医療の世界にある言葉なのかと思ったら、どうやらこれは原作で使われた造語らしい。
その後に映るのは病院のベッドに横たわる老女。見守る家族、そして看護師。実に静謐かつ冷徹なタッチで不穏さを感じさせるシーンだ。このタッチは本作に一貫している。いわば医療サスペンスと呼べる作品で、ショッキングな素材を扱っているにもかかわらず、派手な演出や仰々しさは全くない。吉田監督は、端正かつ抑制的に被写体に向き合う。だからこそ、なおさら怖くなってくる。
続いて編集者の矢倉が、デイケア施設「異人坂クリニック」を取材しているシーンが映る。そこでは雇われ院長である医師の漆原が、ある画期的な治療法を考案していた。脳内出血の後遺症などで麻痺してしまった高齢者の手足を、切断してしまうのである。この治療を受けた患者は、いずれも「手術を受けたら明るくなった」「邪魔な腕がなくなって良かった」などと満足しているらしかった。
漆原は矢倉に言う。「医療は科学ではなく、サービスだと思っています。高齢者医療にはまだまだできることがあります」と。彼は、患者本人にとっての切断の効果はまだよくわからないと語る。では、なぜ切断するのか。介護をする人の負担を減らすためだ。動かなくなった手足は介護者にとって大きな負担になる。人手不足の介護現場ではなおさらだ。
映画はそこから少し時間をさかのぼって、漆原がこの治療を考案した経緯を綴る。そこでは岩上(六平直政)という患者のケースが描かれる。両足と左腕が麻痺した彼は自宅で介護を受けていたが、妻はほぼ介護放棄。さらに息子は虐待に近いことをしていた。ひどい床ずれができていた岩上は、ろくにケアも受けられず、傷が悪化するばかりだった。それでも、岩上は自宅にいたいと言う。もしも通報すれば彼は施設に入れられてしまう。
そんな事情の中、漆原が考案したのが手足を切断する治療法だ。敗血症で左足がひどい状態になって切断を余儀なくされた岩上は、漆原の勧めもあって続いて右足と左腕も切断する。彼はそれに満足し、施設のみんなの前で喜びを言葉にする。
相変わらず静かで冷徹な描写が目立つ。岩上の手術シーンも抑制的に描かれる。手術室にクラシック音楽が流れる中で、淡々と行われる手術に凄惨さはあまり感じられないが、それでもやはりショッキングだ。
私は、漆原の治療を知って背筋に戦慄が走った。動かないとはいえ、仮にもちゃんと体についている手足を切断するだと? 切断手術は命の危険があるとか、そういった場合のみに行うものだろう。劇中で実際に切断されたあとの患者の姿を見せられて、その恐怖はなおさら高まった。
ただし、立場を変えてみれば、確かに合理的と言えば合理的な方法かもしれない。介護をしている人の負担は想像以上のものがあり、コストパフォーマンス的には優れているのかもしれない。しかし……。
劇中でも、漆原の治療に疑問を持つ者が現れる。特に施設スタッフの内野(中井友望)は、その違和感をみんなの前で口にする。しかし、漆原の巧みな言動に黙るしかない。その他のスタッフも漆原に付和雷同だ。そこに「長いものには巻かれる」日本人の精神性が見てとれないこともない。
漆原は「廃用身」を切断する介護ケアのことを「Aケア」と命名する。あくまでも「治療(キュア)」ではなく「介護(ケア)」の一環だというのだ。Aケアの適用基準も設ける。
岩上の手術をきっかけに相次いで同様の手術が行われる。介護者はもちろん、本人も前向きになったと好意的な評価を受ける。編集者の矢倉もまた、これこそ医療を変える画期的な出来事だと思う。そして、漆原に本を書くように勧める。
矢倉がどうして漆原の治療に賛同するのか。最初のうち私にはどうにも解せなかった。そこに人間的な戸惑いはないのか。だが、その後の展開を見て何となく納得した。彼は寝たきりの母の介護を父に任せていた。その母は特養への入所がかないそうだった。もしかしたら、彼の心には父に対する何らかの罪悪感があったのではないだろうか。母が特養に入ったら釣りに行こうと父に持ちかけていることからも、彼の複雑な胸中がうかがえる。
ドラマは冷徹で不穏なタッチを保ったまま、大きな転機を迎える。週刊誌が漆原の治療をセンセーショナルに取り上げたのだ。彼はマスコミに追われることになる。
同時に、Aケアの対象者による衝撃的な事件が起きる。それまで好意的だった患者たちも、漆原に反旗を翻す。本当は手術したくなかったが、漆原にうまいことを言われて従ってしまった。そうした趣旨の発言も相次ぐ。漆原は抜き差しならないところまで追い込まれる。
終盤の展開は、この手のサスペンスでは既視感のある展開だが、それでもショッキングな素材と冷徹で緊張感漂う演出のせいで最後まで見入ってしまった。観る者によって様々な受け止め方があるだろうラストもまた、この映画らしいものだった。
漆原を演じたのは染谷将太。彼の行動は患者や家族を思ってのものだったのか。サイコパス的な香りも漂わせつつ、善人と悪人の狭間で得体の知れない存在感を発揮。それがこの映画をより奥行きのあるものにしている。
北村有起哉、瀧内公美、六平直政ら他の役者もさすがの演技。中でも漆原の妻を演じた瀧内公美は、少ないセリフの行間に様々な思いをのぞかせる演技だった。
本作では、漆原の治療法を悪の所業として断罪しているわけではない。だが、行き過ぎた合理主義がもたらすものの危険性は十分に感じられる。早川千絵監督の「PLAN 75」同様に、高齢化社会における様々な問題を観客に突き付けてくる映画だ。衝撃度としては、こちらの方が上回っているかもしれない。私が観た回も、客席には終始張り詰めたような空気が漂っていた。けっして楽しい映画ではないが、今だからこそ観る価値のある映画だと思う。
それにしても、発表から20年以上経って映画化されたこの作品。映像化不可能と言われていたということだが、あまりにもショッキングな話だから当然だろう。20数年前の小説とは思えないほど今の時代にマッチしている。
◆「廃用身」
(2026年 日本)(上映時間2時間5分)
監督:吉田光希
出演:染谷将太、北村有起哉、瀧内公美、廣末哲万、中村映里子、中井友望、吉岡睦雄、六平直政
*TOHOシネマズ 日比谷、ユーロスペースほかにて公開中
公式ホームページ https://haiyoshin.com/
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●鑑賞データ
2026年5月15日(金)TOHOシネマズ 池袋にて。午前11時より鑑賞(スクリーン1/B-6)
