雷鳴の8ビート、恋の16ビート。そして目覚めたら……ラブホテル!?
北海道に上陸して、早10日が過ぎていました。 そろそろ次のエリアへ移動しようか。 そう決めて、この湖畔のベースキャンプを引き払う予定だった朝。

運命とは皮肉なものです。 何気ない一日になるはずが、幕開けは雷を伴う暴風雨でした。 テントを叩く雨音と、地響きのような雷鳴で目が覚める最悪のスタート。 「撤収……無理だ」 ずぶ濡れのテントを畳む気力もなく、僕はキャンプ道具をそのままに、身一つでRZ250Rに跨りました。
逃げ場所は一つ。 士別の街にある、**「あの喫茶店」**です。
地獄のサンダーロードと、心臓の8ビート
走り出したはいいものの、そこは地獄でした。 空を切り裂き、鼓膜を劈くような雷鳴。 北海道の雄大な景色が、この時ばかりは牙を剥きます。 周りには何もない。ただただ草原が広がり、一本の道が地平線まで続いているだけ。 つまり、避雷針代わりになる高い建物が一切ないのです。

「落ちるなら俺か……?」 逃げ場のない恐怖。 轟く雷鳴に合わせて、僕の心臓はバクバクと緊張の8ビートを刻み続けます。 ユーロビートのような激しいリズムで脈打つ鼓動。 生きた心地がしないまま、ひたすら士別の方角を目指してアクセルを開け続けました。
安堵の演歌リズム、そして女神の降臨
どれくらい走ったでしょうか。 雨煙の向こうに、ぼんやりと士別の街並みが見えてきました。 その瞬間。 張り詰めていた緊張の糸がプツンと切れ、心臓のBGMが一変しました。 激しい8ビートのユーロサウンドから、ゆったりとした演歌のリズムへ。 「助かった……」 全身から力が抜け、ドッと脱力感が押し寄せてきます。
這うようにしてたどり着いた喫茶店。 重い扉を開けると、そこにはいつもの優しい空間がありました。

「いらっしゃい……あら! こんな嵐の中来たの!?」
弘美さんが目を丸くして駆け寄ってきます。 「大変だったわね。びしょ濡れじゃないの! ほら、タオル使って」
差し出されたタオルと、心配そうな眼差し。 その瞬間、またしてもリズムが変わりました。 ふわっと体が軽くなり、足が床から離れて宙に浮いているような浮遊感。 先ほどの恐怖のビートとも、安堵の演歌とも違う。 もっと速く、もっと激しく。 ダダダダダダダッ!! 胸の奥で、高速の16ビートが鳴り響き始めたのです。
「あ、これ……恋のドラムロールだ……」
そう思った次の瞬間、視界がブラックアウトしました。
知らない天井、マスターの秘密基地
「……おい! 目覚めたか」
聞き覚えのある野太い声で意識が戻りました。 目を開けると、そこは見知らぬ天井。 そして、覗き込んでいたのは……弘美さんではなく、マスター(宮地オサム似)でした。
「あ、マスター……ここは?」 体を起こそうとして、異変に気づきます。 部屋の雰囲気がおかしい。 妙にムーディーな照明、回転しそうなベッド、壁には鏡。 どう見ても普通の部屋ではありません。

「喫茶店の裏にあるラブホテルの一室だ。俺の家だよ」
……は!? 情報量が多すぎて処理できません。 話を聞くと、なんとマスター、バー「魔の巣」の他にも、このラブホテルを経営しており、その一室を自宅代わりにしているとのこと。 手広すぎるだろ、マスター。
「それはともかく、お前、熱があるぞ」
青春の正体は「風邪」
弘美さんにタオルを貰って、天にも昇る気持ちで意識を失った僕。 てっきり、恋の炎に身を焦がして倒れたのだと思っていました。 しかし、現実は非情です。

「雨に濡れて冷えたんだろ。完全に風邪だ」
そういえば、昨夜からなんとなく体が火照っているような感じがしていました。 それを僕は、「弘美さんに会いたい一心で胸が熱くなっている」のだと勘違いしていたのです。 「青春だなんて、恥ずかしくて言えない……」 ただの発熱でした。恋の病ではなく、ウィルス性の疾患でした。 穴があったら入りたい。いや、すでにラブホテルに入っているわけですが。
怪我の功名、ホテル暮らしのスタート
「まあ、ゆっくり休め。キャンプ場は逃げねえよ」 マスターの計らいで、風邪が治るまでの2〜3日、この部屋を格安料金で貸してもらえることになりました。 雨風をしのげる屋根、フカフカのベッド(回転はしないように固定済み)、そして食事のデリバリー(喫茶店から)。 ベースキャンプはそのままに、思わぬ形で快適な療養生活がスタートしました。

何気ない一日になるはずが、雷に打たれ(かけ)、恋に落ち(かけ)、最後はラブホテルで寝込む。 波乱万丈とはこのことです。 天井の鏡に映る自分の情けない顔を見ながら、僕は深く布団を被りました。
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