嵐の宗谷岬アタック。最北端で食べた塩ラーメンと、パトカーの中の「ようこそ北海道」
士別の朝。
ホテルのベッドの中で目覚めた僕の耳に飛び込んできたのは、爽やかな小鳥のさえずり……ではなく、鉄筋の建物を揺らすほどの不穏な轟音でした。
ガタガタガタ……ヒュオオオオ!!
窓ガラスが悲鳴を上げ、カーテンが隙間風で揺れています。台風でもないのに、外は嵐のような暴風が吹き荒れているのです。 「マジか……」 普通のツーリングライダーなら、迷わず二度寝を決め込んで連泊を申し込むレベルの悪天候。 しかし、僕らは22歳の血気盛んな若造です。しかも昨夜、怪しげなバー「魔の巣」でサンタナのギターに酔いしれながら、「絶対に行くぞ! 日本のてっぺんへ!」と固い杯を交わしたばかり。

根拠のない自信と若さという武器だけを頼りに、僕らは出発を決意しました。 RZ250Rと友人のバイクに火を入れると、排気音が風の音にかき消されそうになります。 目指すは日本の最北端、宗谷岬。 これが、長く、寒く、そして熱い一日の始まりでした。
斜め45度の直進と、真夏の凍結
士別の市街地を抜け、北へ向かう国道に出た瞬間、強烈な洗礼を受けました。 「うおっ!?」 真横から見えない巨人に殴られたような風圧。 車重の軽いRZは、まるで木の葉のように舞い上がりそうになり、タイヤの接地感が希薄になります。 直線を走っているはずなのに、バイクは常に風上に向かって斜め45度にバンクさせていないと真っ直ぐ進まないという異常事態。 友人と二人、タンクに胸を押し付けるように伏せ、必死でハンドルを抑え込みます。

果てしなく続く牧場と牧場の間を貫く一本道。 視界を遮るものが何もない雄大な景色は北海道の醍醐味ですが、今日に限ってはその開放感が仇となり、風速は増すばかり。 そして何より、寒い。 カレンダーは7月。夏真っ盛りのはずです。 なのに、メッシュの夏用グローブを握る手がかじかんで感覚がなくなっていきます。ジャケットの隙間から入り込む冷気が、体温を容赦なく奪っていく。 「これが試される大地、北海道の夏か……!」 歯をガチガチ言わせながら、それでもアクセルを戻すことはプライドが許しませんでした。ひたすら北へ、北へ。
最北端の碑と、命の塩ラーメン
強風と寒さに耐え抜き、ついに到着した宗谷岬。 荒涼とした最果ての地に立った瞬間、達成感で震えが来ました。 「着いたぞー!! 日本のてっぺんだ!」 バイクを降りましたが、強風で立っているだけで体が持っていかれそうになります。
目の前には、有名な「日本最北端の地の碑」。 定番中の定番ですが、ここで写真を撮らなければ来た意味がありません。 「早く! 撮って! 寒い!」 「次、俺! ハイ、チーズ!」 代わる代わるポーズを決めますが、髪はスーパーサイヤ人のように逆立ち、顔は寒さで引きつっています。 もはや観光の記念撮影というより、耐寒訓練の生存記録です。

撮影を終え、逃げ込むように近くの食堂へ。 注文したのは、湯気を立てる熱々の塩ラーメン。 透き通ったスープをレンゲですくい、一口啜った瞬間、体中に電撃が走りました。 「う、うめぇ……生き返る……」 冷え切った内臓に熱がじわじわと広がり、胃袋の中だけが夏に戻った感覚。 この一杯のために、あの嵐の中を走ってきたと言っても過言ではありません。
地平線の赤い幻影と、忍び寄るサイレン
ラーメンでHPを回復し、名残惜しくも宗谷岬を後にしました。 帰路も相変わらずの強風ですが、追い風になった分、少しだけスピードが乗ります。 「寒い、寒い!」 かじかむ手をエンジンの熱で温めながら、とにかく早く士別へ戻って温かいシャワーを浴びたい一心でアクセルを開けます。 北海道の道は、地平線まで見渡せるほどの直線。 信号もなく、対向車も稀。ついつい、右手の開度が大きくなってしまいます。
気持ちよく飛ばしていたその時でした。 ミラーの端に、何やら赤い光がチラついた気がしました。 「ん? 疲れ目か? 夕焼けの反射かな」 特に気にも留めず、そのままクルージングを続けます。 すると今度は、風切り音に混じって**ウゥゥゥ……**というサイレンのような音が聞こえてくるような……。 「幻聴か? 寒さで頭がおかしくなったかな」

しかし、それは錯覚ではありませんでした。 ふと横を見ると、いつの間にか並走するように近づいてきた白黒の車体。 屋根の上の赤いランプが、クルクルと回っています。 拡声器から、無機質な声が響きました。
「そこのオートバイ2台、左に寄せて止まりなさい」
一瞬、他人事のように思えました。 「え、俺たち?」 状況を理解しようと脳がフル回転しますが、答えは一つしかありません。 「やっちまった……」 牧場の物陰、死角に潜んでいたパトカーに全く気づかず、走りに夢中になっていたのです。 北海道の警察は、広大な大地に溶け込む術を知り尽くしています。
パトカーの中の「おもてなし」
路肩にRZを止め、友人とは別々にパトカーの後部座席へ誘導されました。 「終わった……」 旅の資金が反則金に消える絶望感、そして違反点数への恐怖と共に、重いドアを開けて乗り込みます。 車内は暖房が効いていて暖かかったのが、逆に皮肉に感じられました。
すると、運転席の警察官が爽やかな笑顔で振り返りました。
「はい、北海道へようこそ! いらっしゃい!」

……え? 軽っ! 予想していた高圧的な態度とは真逆の反応に、思わずキョトンとしてしまいました。 「君たち、いいペースで走ってたねぇ。寒くないかい?」 まるで観光案内所のおじさんのような、フレンドリーな口調です。 淡々と調書を取られながらも、会話の端々に妙な温かみがあります。 「どこから来たの? 静岡? 遠いところをご苦労さんだねぇ」
説教されるどころか、北海道のおすすめスポットや、これからの道の注意点まで教えてくれる始末。 「せっかくの北海道だ、広くて気持ちよく走りたいのはわかるけどね。ここ等は鹿も飛び出してくるから危ないよ」 最後に切符(青い紙だったか赤い紙だったかは、若気の至りということでご想像にお任せします)を渡され、解放される時、警察官は優しく言いました。
「あまり飛ばしすぎないで、北海道を満喫してくださいね。気をつけて」
普通なら捕まって最悪の気分になり、一日中ふてくされるところです。 でも、なぜでしょうか。 パトカーを降りた僕たちの心には、不思議と**「ほっこり」**したものが残っていました。 「なんか……優しかったな」 「ああ、歓迎されちゃったな。高い入場料だったけど」 僕らは顔を見合わせて苦笑いしました。
士別の夜、武勇伝と反省会
無事に(?)士別へ戻り、ホテルへ帰る前に例の喫茶店へ直行しました。 「弘美さん! マスター! 聞いてよ! パトカーに乗っちゃった!」 ドアを開けるなり、今日の嵐の中の激走、宗谷岬の寒さ、ラーメンの味、そしてパトカーの中での「おもてなし」を一気にまくし立てました。 僕らの武勇伝(半分以上は失敗談)に、弘美さんもマスターも大笑い。

「バカねぇ、無事でよかったわよ。高い授業料だと思って気をつけなさい」 呆れながらも温かいコーヒーを淹れてくれる弘美さんの笑顔が、冷え切った心と体に染み渡ります。 これもまた、若かりし日の忘れられない思い出。 北海道の風は冷たかったけれど、人の心はどこまでも温かい一日でした。
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