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「その物差し、まだ使う?」今度は外から聞こえてきた

主人と、レンゲショウマの群生地へ行った日のことです。

主人は写真を撮るのが好きです。

以前はよくカメラを持って
出かけていましたが、
最近は「撮りたい気持ちが湧かない」と
言うことが増えました。

カメラを持って行っても、
ほとんど撮らずに帰ってくる。
スマホで何枚か撮って終わり、
という日もあります。

そんな主人が、レンゲショウマの群生地で、
一人のおじさんと話し始めました。

その方は折り畳みの椅子に座って、
レンゲショウマの写真を撮っていました。

話を聞いていると、レンゲショウマの写真コンテストで
特賞に選ばれたことがあるそうです。

そのときの写真は、
森の木々を背景に、たくさんのレンゲショウマが写っている写真。

森の中に咲くレンゲショウマを見て、
「提灯みたいだなと思って」
そういう景色を撮ったのだそうです。

他の作品には、一輪のレンゲショウマを
美しく撮ったものが多かったそうです。
レンゲショウマ、と言えばそんな構図を
確かによく見かけます。

でも、その方は言いました。

花に近づいて、それだけを撮るなら、
家の鉢植えでも同じような写真が撮れる。
それじゃ、つまらないでしょう、と。

そして、こんな話もしていました。

コンテストなんて、
自分がいいと思って撮ったものを、
選ぶ人もいいと思うかどうか。

人がどう思っても、自分がいいと思えばいい。
写真なんて、そんなものだよ。

主人はその言葉を聞いて
「僕もそう思っているんですよ!」
「あぁ、また撮りたい気持ちが湧いてきました」
と話していました。

隣で聞いていたわたしは、
別のことを感じていました。

人からどう見えるか。
どう評価されるか。
どのくらい反応してもらえるか。

そんな外側から見え方を、
わたしはずっと重要に思っていました。

でも最近、わたしの中にいる頭ちゃんが
『他人からの評価』という物差しを手に持って、
「これ、まだ使う?」と、
わたしに差し出してきたような感覚がありました。

使ってはいけないわけじゃない。
捨てなければいけないわけでもない。

ただ、
「今のわたしには、いるのかな?」
そんなことを考えたばかりでした。

そこへ、レンゲショウマの森で出会った人が、
「人がどう思っても、自分がいいと思えばいい」
と言いました。

その方はただ
主人と写真の話をしていただけです。

それが、わたしには
「君はどうだい?」
とでも言われたように聞こえました。

自分の中から出てきた、
「『他人からの評価』、まだ使う?」
という問い。

そして今度は、外の世界から聞こえてきた、
「自分がいいと思えばいいんだよ」
という言葉。

同じことを、内側と外側の両方から
差し出されたような、
不思議な気分になりました。

外の世界が答えを教えてくれている?
なんて一瞬思ってしまいました。

そんなわけない、と思いつつ・・

自分の中だけで感じていたことが、
外からも、もう一度差し出されたような気がする。

わたしはこれからどうしていきたい?

今年のレンゲショウマの森で、
花だけではなく、そんな問いまで見つけました。

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