オレンジ色に薄荷の風
結婚する前も、してからも。私の通勤手段は、いつも自転車でした。
田舎の小さな町に住み、なんとか会社に勤め始めたときも自転車にまたがり、育った家から通っていました。
毎日、山の上から自転車で走り下り、雑草茂る土手を走り、電車の走る姿を眺め、桜の季節には花見をしながら。冬は、県道におりると気温差にホッとしながら。
絵に描いたような、田舎の風景です。
20年は前の話です。
就職してしばらくしてから、出会いがありました。
結婚をして、出産を経験しました。
妊娠をすると、お腹の子供に良くないということで、通勤手段は徒歩になりました。
住むところから職場も近かったこともあり、私の自転車は家で静かに止まっていました。
ある時義理の両親が、使っていないなら自転車を貸してほしいというので貸しました。
産後身体が落ち着くまで、使うこともないのだから良いかと思い、すぐに。
それからおよそ数ヶ月後、生まれた子どもを連れて義理の両親の住む家に挨拶に行きました。なんとなく自転車を探しました。
私の、銀色の自転車。
見当たらない⋯。
陰においてあるのかと思いました。
違いました。
眼の前の錆びついた自転車
水やりの終わった植栽の中に埋もれていました。銀色だったカゴも、ぼろぼろです。
10年近く乗っていた自転車でした。それなりに愛着を持ち、大事にしていた私のものでした。
しばらく見つめました。
これから買い物などをどうしようかと考えましたが、私が家計から自転車を買うことは反対されました。
育児や通院、買い物のための移動手段は、私がどうにかしなければいけません。
当時はパートタイマーでしたが、社会保険に加入しており立場はほぼ正社員と同じでした。
産後8週間すると仕事に復帰しなければなりません。子供は保育園に預けなくてはいけません。
仕事を辞めれば考えることは少し減ります。
けれど、仕事を続けることを選びました。
なので、それに付随して発生することは、私の責任で処理しなければいけないことでした。
子どもが増えたこれからの生活の構築を全部一人で考えて、育休中の足りない生活費は独身時代の貯金から補填して。
そんななかで、自転車を新しく買うことにためらいがありました。
今なら必要経費なのだからと、すぐに買うこともできます。
けれどそのときは、そういう考えに至りませんでした。なんだか、今思えば投げやりのような。
なので雨の日でもいつでも、窓を思いっきり開けて家中に風を通すことくらいしか、私にできるストレス発散法はありませんでした。
畳はいつも、少し湿気ました。
私が選んだのは、実家に頼ることでした。
今思えば本当に悪い手でした。
そこに。子どもの親が、もう一人いるのに。
週に一度、実家の母に頼み車を出してもらい買い物に行き、たまに代わりに買ってきてもらったりもしました。
けれど母が入院するほどの怪我をして、それを頼むことが難しくなりました。
そこで妹が、
「母親にいつまでも面倒をかけてはいけない。そちらの家庭のことなのだから」
私の目を見て、生活の様子に気がついたのかも知れません。
「…でもね、今は席はあっても会社から給料が出ているわけではないし、新しく自転車を買うことさえ難しいのかもしれない。自分がプレゼントするから、これで頑張れ!」
と、励ましとともに自転車を購入してくれました。
「色はオレンジ色が好きだよね。」
「これで自分にしてもらったから何かを返そうとか思わなくていいから、ちゃんと子育てして。元気出して!」
と言われて、おずおずと受け取りました。
すぐにはありがとうの言葉も出ませんでした。
でも嬉しかったんです。
自転車のフレームには、見たことのない言葉が書いてありました。
Fresca
ポルトガル語で、涼しい風という言葉でした。
調べたそれを妹に伝えると、
「合ってるね!自転車好きじゃん!子供乗せて行っておいで!」
と。
それ以来「Fresca」が好きな言葉です。
薄荷草というペンネームは、そこからイメージして作りました。
草を撫でる風。
これがペンネームの由来です。
それからずっと、この言葉を常に心に持っています。
通りすがりに読んでくださり、ありがとうございました。あなたの毎日にも、清々しい風が吹きますように。
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次回は、この度noteを始めようと思い至った経緯についてお話ししたいと思います。
創作混じりになりますが、気持を込めて。
では、また。
御縁がありましたら。

