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第18話

 崩落と炎上が加速する地下空洞の、さらに狭い岩陰の隙間。
私は、自分の手元で完全に用済みとなった強アルカリ洗剤の空き瓶を、楽しげに弄びながらその場にしゃがみ込んでいた。
――いやはや、じつに見事なグランドフィナーレじゃないか。
地上の『サロン・ンカイ』のフロントで彼らにカルテを渡した時のことを思い出し、私は思わずクスクスと喉を鳴らした。あの時はただの迷い犬のようだった月城くんが、まさかここまで泥臭く、素晴らしい執念を見せてくれるとはね。
私が気まぐれに放り投げた火炎瓶の火文字を合図にするように、彼は泥の深淵から佐久間結衣を引き抜いてみせた。人間の「個の輪郭」なんて、本来はひどく脆くて曖昧なものだ。それをあの極限状態の焦燥感のなかで、力任せに現世へと繋ぎ止めた彼の蛮勇には、心からの拍手を送りたくなる。
弾切れの銃を手に、なおも吠えながら月城くんを先導して走る阿久津刑事の姿も最高だった。まったく、人間という生き物はどこまでも泥臭く、だからこそ愛おしい。
そんな彼らの必死の逃走劇を、私は岩陰から。そして頭上のガラス張り――あの「地下制御室」に佇む仕立ての良いスーツの男は、高みの見物と洒落込んでいた。
「ふふ……あちらの上位管理者(おえらがた)も、相変わらず冷徹でいい性格をしているねぇ」
見上げれば、制御室の窓に映る男の影は、私とはまた違ったベクトルで、この地獄絵図をチェスの盤面のように楽しんでいた。あらかじめ用意していた「逆転写呪文」の一音で、リーダーの誇大妄想のスープを台無しにし、ツァトゥグアの影ごと舞台を強制終了させる手際の良さ。彼もまた、この贅沢な喜劇を最高に面白おかしく演出した、偉大な表現者の一人というわけだ。
それぞれが自らの役回りを完璧に演じ、独自の意志でこの舞台を極上のエンターテインメントへと仕立て上げた。主役も、脇役も、そして観客までもが狂っている。これだから、この街の観劇はやめられない。
バタバタと遠ざかっていく月城くんたちの足音が、瓦礫の崩落音にかき消されていく。
彼らはきっと、少女を救い出したカタルシスに浸っていることだろう。だが、一度融解しかけた彼女の精神に刻まれた「黒い澱み」が、これからどんな変質をもたらすのか。あるいは、研究室に残されたあの殴り書き――。
「『血の色の狂信者ども』、だったかね? あちらの連中の『生贄の儀法』は、今回のスープなんかより、ずっと鮮烈で、ずっと野蛮な赤に染まりそうだ……」
次の舞台の凄惨なプロットを脳裏に思い浮かべるだけで、今からゾクゾクと胸が躍る。スープの融解劇は終わった。ならば次は、もっと刺激的な、文字通りの「血の惨劇」が私を待っている。
足元まで迫ってきた青白い炎が、私の靴を、そしてジャージの裾を舐める。だが、そこにはもう、焼かれるべき実体など残されていない。
「さて、今回の案内人の役目はこれでおしまい。次のカーテンコールで、また会おうかねぇ……月城くん」
私は手元に残った泥の雫をパチンと指で弾き、崩壊する地下の熱気のなか、文字通り、静かに広がる闇の影へと溶けるように消えていった。

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