ミッドウェーの悲劇

https://www.youtube.com/watch?v=5u0M3k4qknY

映画「ハワイ・ミッドウェイ大海空戦 太平洋の嵐」。

魚雷での艦隊攻撃という正攻法を取ると決まり、急遽爆弾を取り外し、魚雷装備へ変更せよと指令が飛んだ。

しかしその間に、味方索敵機から敵の艦載機が大挙して接近中と無電が入った。急がないと間に合わないと、整備兵だけでなく、パイロットやその他の兵も皆共同で爆弾を外し、魚雷を装備する。

その時、遂に米機動部隊から発進した急降下爆撃機が攻撃を仕掛けてきた。

第一航空戦隊の空母赤城、加賀、第二航空戦隊の空母蒼龍に爆弾が命中し、大火災がおこった。

戦後、日本の空母三隻が被弾、炎上する直前に赤城では攻撃隊の戦闘機が発進しようとしており、あと5分あれば攻撃隊は発艦できたとする話が紹介された。

これは「運命の5分間」として広まったが、第一航空艦隊参謀長だった草鹿龍之介が『文藝春秋』の昭和24年10月号に書いた手記「運命の海戦 ミッドウエイ洋上、五分間の遅れが太平洋全海戦の運命を決した!!」が最初である。

昭和26年に出版された淵田美津雄(海戦時、病気で横になって赤城の発着指揮所から見ていた)と奥宮正武との著書でも「運命の5分間」が書かれた。

「被弾した時(日本の三空母が急降下爆撃された時)、各空母甲板上には発進準備を終えた戦闘機隊、雷撃機が整列しており、アメリカ軍の攻撃があと5分遅ければ全機発進できた」と淵田中佐は記述している。

しかし、戦史叢書『ミッドウェー海戦』には、第一航空艦隊の戦闘詳報を元に「この時点で攻撃隊の発艦準備は終了していない」と記載されている。

蒼龍雷撃隊の森拾三兵曹は被弾後に搭乗員待機室から外に出た際に、「艦爆搭載の250kg爆弾が格納庫の中で誘爆している」と聞いたという。

草鹿参謀長や淵田中佐が、攻撃隊の発艦準備が整っていなかったにもかかわらず「あと5分の余裕があれば」と劇的なストーリーに脚色したことについて、南雲司令部の決断ミスによって敵空母対策が後手に回った失態を包み隠そうとしているとの意見もあるが、草鹿参謀長は著書で敵空母への攻撃が後手になった責任を記述している。

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戦車兵 チップありがとうございます!!無理なさらず御覧頂けたら幸いです。