ドニチカ切符の旅「資生館界隈」
ドニチカ切符の旅はススキノで下車し、ラーメン屋「炎神」で芳醇味噌ラーメンを食べた後、さてどうするか・・・。
ドニチカ切符の旅だから地下鉄駅へ向かおう、ススキノ駅がいいか・・・漠然と考えていた。
とにかく陽射しが強く暑くてたまらない。
てくてく歩く。

目的も無いままに歩くと言うのは締まらないもので、どこ行こうか・・・という行きあたりばったり。
目的が無いというのは困ったもので・・・、ただ何か決めて予定を立ててしまうと性格的に時間に縛られ、今の身体にはしんどく、この歳になってそういう計画的なのは一旦止めて思いつくままに歩こうと思っていた。
だって知らない所って言ったって地元で自分の住んでいる街だからね、なんとかなるさ。
陸橋がある、最近めっきり減って学校近くでしか見なくなった。
ここを暑いなか登る、しんどいよ。

陸橋からすすきの駅方面を見る。
繁華街から遠く飲食店も付近には少ない。
青空の中ぼーーっと眺める。
さてどこへ行こうかな・・・・。
陸橋から降りると小学校がある。
資生館小学校、その一角の木陰に何やら記念碑と銅像がある。

まぁ、以前から知っていたけどね。
ただ詳しくは知らなかった。
知っているのは「どんぐりころころ」の碑であるということだけだった。
童謡の「どんぐりころころ」である。

「どんぐりころころ」は、大正時代に作られた唱歌、広義の童謡。
作詞青木存義(1879年 - 1935年)、作曲梁田貞(1885年 - 1959年)。
七五調四行詩のいわゆる今様の形式の作品であり、2番まである歌詞は起承転結のはっきりとした物語性のある構成となっている。
青木の没後、終戦直後の1947年(昭和22年)に小学校用の教科書(音楽)で使用されたことを契機に広く歌われるようになり、その普及ぶりから金田一春彦に「日本の三大童謡の一つ」とも評されている。
2007年(平成19年)に「日本の歌百選」に選ばれた。
作詞、作曲ともに日本国内での著作権の保護期間が満了しており、パブリックドメインとなっている。

作曲者の梁田貞の故郷である札幌市には楽譜碑がある。
梁田の胸像と並んだこの楽譜碑の建立は、1968年(昭和43年)であり、作詞した青木存義の縁の地である松島町のものよりも歴史が古い。
梁田の母校である札幌市立創成小学校校庭に当初は作られたが、2004年(平成16年)の小学校の統廃合に伴い、同校跡地に新設された札幌市立資生館小学校に移管されている。
建立は梁田と生前交流のあった小原國芳が中心となって企画したもので、梁田の教え子である安田周三郎が胸像を制作した。
楽譜碑には、五線譜に描かれた楽譜と歌詞が刻まれている。
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