人生はタイミング
🎧️車に乗っての曲を作りました♪
よかったら聴きながらお読み下さい♪
「早すぎたんです」
七十代くらいに見える男性は、少し照れくさそうに笑った。
男性とは、参加した発明研究会で出会ったばかりだった。
昼休み、一緒に喫茶店でランチを食べながら話をしていると、
こんなことを話してくれた。
「まだトイレが汲み取り式だったころです。
廃車のワイパーをもらってきて、足でペダルを踏むと水が出て、おしりを洗える器具を作ったんです。
お湯も出せました」
私は思わず顔を上げた。
「それ、ウオシュレットじゃないですか」
男性は照れ笑いを浮かべた。
「でも当時は、みんなに『そんな物、誰が使うんや』って笑われました」
確かに、その時代ならそうだったのだろう。
私は、その話を聞きながら、「エアバッグの考案者」といわれる
小堀保三郎さんのことを思い出した。
小堀さんは、一瞬で空気の袋を膨らませて人命を守る装置を考案し、
世界各国で特許を取得した。
しかし、その発想は時代が追いついていなかった。
私財を投じて実用化を目指したものの、多額の借金を抱える。
そして一九七五年、七十六歳で妻とともにガス自殺してしまった。
そのわずか五、六年後、西ドイツのメルセデス・ベンツがエアバッグを量産化する。
今では世界中の車に搭載され、多くの命を守っている。
もし、小堀さんがあと数年だけ長く生きていたら。
自分の発明が世界中に広がる姿を、見ることができたのかもしれない。
コーヒーを飲む男性を見ながら、私は思った。
もし、この人の発明も、あと二十年遅く生まれていたら。
あるいは、その価値を理解してくれる人と、
もう少し早く出会っていたなら。
世の中の評価は、まったく違っていたのではないだろうか。
そのとき、武田鉄矢さんが、お父さんのような仕事がしたいという
娘さんに話したという言葉を思い出した。
「お父さんは、たまたま運が良かっただけだ」
「お父さんに運があったからといって、お前にも運があるとは限らない」
短い言葉だが、どこか重みがあった。
努力をしても報われない人がいる。
一方で、努力に時代や巡り合わせが重なり、大きく花開く人もいる。
喫茶店を出るとき、男性は笑いながら言った。
「今なら売れたんですけどね」
私も笑った。
でも、その言葉は、帰り道になっても、いつまでも心に残っていた。
人生は、努力だけでも、才能だけでも決まらない。
そんなことを、あらためて考えさせられた一日だった。
