「効率」を捨てて「エモい」を選ぶ贅沢
映画『
スパイナル・タップ
』には名言が多いが、中でも最高にアイコニックなものがある。今日のブログ「GO RETRO!」は、まさにこのセリフから始めたい。
ナイジェル: このアンプはね、目盛りが「11」まであるんだ。
マーティ: 普通のアンプは10が最大だよね? 11にすると音が大きくなるのかい?
ナイジェル: ……10より「1つ」大きいだろ?
この「GO TO ELEVEN(11まで上げる)」という考え方は重要だ。単に音が大きいだけじゃない。私にとって「GO RETRO!」とは、現代の基準を超えた「1つ上の美学」を持つということなんだ。
iPadのような現代の驚異的なツールは、たしかに素晴らしい。薄くてスタイリッシュで、黒やシルバーの輝きは美しい。だが、それは「レトロ」が持つあの独特の魅力と比べた時、本当に「美しい」と言えるだろうか?
例えば、私の手元にある1980年代の赤いダイヤル電話を見てほしい。
現代で使えるように改造されたこの電話は、最新のノートパソコンのすぐ隣、ダイニングテーブルの上に鎮座している。どちらが「美しい」か。……ヒントを言おう。パソコンではない。
この赤電話は高速インターネット(ルーター)に繋がっているが、できるのは「かかってきた電話に出ること」だけだ。
まるで、レジナルド・ペリンが経営するあの架空の店「GROT(グロット)」で売っていそうな、**「最先端と、輝かしいほどの実用性のなさ」**が同居した代物だ。
自分からかけることはできない。自動音声に「5番を押してください」と言われても、押すことすらできない。……ああ、なんて素晴らしいんだろう。
この赤電話は、決して「無用な長物」ではない。これは、つながりすぎた現代社会への、ささやかな**「抗議」**なのだ。
レッジ(レジナルド)が退屈な日常から逃れるために「GROT」という不条理を作り出したように、私はこのダイヤル電話を使って、単調な「人生のトレッドミル」から抜け出そうとしている。
私のデスクは、1970年代の英国シットコム『レジナルド・ペリンの復活』にインスパイアされている。会社から逃げ出すために自分の死を偽装した男の物語だ。この「洗練されたユーモア」は、きっと日本の読者の皆さんにも、どこか懐かしくて切ない**「エモさ」**として伝わるのではないだろうか。
「赤い電話」と聞いて、多くの人が思い浮かべるのは2つのアイコンだろう。
バットマン(アダム・ウェスト版): それは世界を救うための「緊急指令」であり、責任と義務の象徴。
レジナルド・ペリン: それは対照的に、効率性を拒絶し、ゆっくりとした会話を楽しむためのツール。
私はジョーカーと戦っているのではない。現代のデジタルな忙しさと戦っているのだ。
日本のヒーロー番組(特撮)でも「専用回線」は定番だが、そのヒーローの電話をあえて「ただの雑談」に使う。このアイロニーこそが、最高にクールな生き方だと思う。
「GO RETRO!」の第1回を楽しんでいただけただろうか。
おっと、赤い電話が鳴っている。ピンク・パンサーのクルーゾー警部風に言えばこうだ。
「それは私への電話だ(That'll be for me.)」
