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熊野皇大神社(碓氷峠):境界の調べ、汽笛の余韻

境界の調べ、汽笛の余韻


1. 画面越しの終着駅

​1997年9月30日。夜のニュース番組は、ある場所の熱狂を繰り返し映し出していた。

群馬県、横川駅。ホームを埋め尽くす人々、焚かれるフラッシュ、そして何度も響き渡る長い汽笛。

私はそれを、転勤先の埼玉の自宅で、ひとり静かに見つめていた。

​「明日からは、もうあそこを電車は走らないのか」

​画面の中では、最後の特急『あさま』がゆっくりと動き出していた。

学生時代、私はあそこを通学で通っていた。

時には贅沢をして特急のデッキに忍び込み、時には各駅停車のボックス席で、横川駅や軽井沢駅の連結作業をぼんやりと眺めていた。

仕事に追われていた、あの頃の自分にとって、あの峠の記憶は遠い過去のものになりつつあったが、鉄路が断たれるという事実は、胸の奥に冷たい風を吹き込ませた。

​2. 二十数年目の「号砲」

​それから二十数年。時代は令和へと移り変わり、私の生活からも「峠」の気配は消えていた。

そんな折、一冊の本に出会う。土橋章宏氏の『幕末まらそん侍』。

安中藩士たちが己を鍛えるため、安中城から碓氷峠の頂上を目指して駆け抜ける「安中遠足(とおあし)」。そのゴール地点が、峠の頂に鎮座する神社だと書かれていた。

​「……ここだったのか」

​愕然とした。学生時代、電車だけでなく、時にはバイパスの料金を浮かせようと旧道(18号)の184ものカーブを必死に曲がり、信越本線の線路脇を横目に車を走らせていた、あの峠の頂上。

文字通り「そのすぐ下」を毎日、通っていたのに、私はそこに幕末の侍たちの執念が宿る聖地があることなど、露ほども知らなかったのだ。

​3. 二つの名を持つ社

​導かれるように、私は再び碓氷峠へ向かった。

辿り着いた『熊野皇大神社』は、奇妙で、どこか神聖な境界だった。

本殿の真ん中に一本の線が引かれ、右は群馬の『熊野神社』、左は長野の『熊野皇大神社』

二つの風が吹いている。

かつて私が電車や車で、無邪気に、あるいは若さゆえの「冒険(キセル)」を孕みながら越えていた県境が、ここでは目に見える実体として、静かに私を迎え入れてくれた。

​4. 展望台からの景色

​参拝を終え、すぐ下にある茶屋『しげの屋』へ立ち寄る。驚くほど手入れの行き届いた綺麗な化粧室で身なりを整えてから、展望台へと足を進めた。

そこからは、群馬方面の山々が一望できた。

​眼下に広がる深い緑の谷。あの中を、かつての信越本線が走っていた。私が揺られていた電車や列車が、重厚なモーター音を響かせて登り下りしていた場所だ。

視界がふいに、熱いもので滲んだ。

​二十数年前、埼玉のテレビで見たあの日の喧騒。

それよりもさらに昔、この景色の中を、若かった自分が必死に、あるいは漫然と通り過ぎていた日々。

侍たちが駆け抜けた道と、自分が駆け抜けた青春が、今この展望台で、ようやく一つの「線」として繋がった気がした。

​5. 結末:新しい一歩

​しげの屋で食事をとった後、私はもう一度、足元の県境を見つめた。

失われた鉄路。知らなかった神社。けれど、それらはすべて今の私の中に、確かな手触りを持って生きている。

​私はゆっくりと、県境の線をまたいだ。

それは、過去にたどり着いたのか、未来に触れたのか、自分でも分からなかった。

:tokisuke

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