北朝鮮:その後の記憶~現在へ#5/謎の電話-あの人たちは今
第五話 謎の電話と出会った人たち
最初の北朝鮮訪問から、35年。
私は、その頃までの人生よりも、その後の人生の方を、すでに長く生きている。それでも、旅で出会った人々を、時折、思い出す。
1.朴さん
体調を崩した私を診てくれた医師の朴さん。
言葉は通じなかった。一緒に漢字を書きながら、私の症状を確かめてくれた。
ある程度の年齢だったから、存命である可能性は高くないのかもしれない。
2.元山で再会した兄妹
元山では、30年ぶりの再会をした兄妹を見た。
その場面を見た時の私は、ただ再会を喜ばしいものとして受け止めていた。
その後、拉致問題を知り、帰国した人々と家族の再会を見ることになる。
同じ「再会」でも、その背後にある事情はまったく違う。
あの兄妹はその後、どのような人生を送ったのだろう。
3.ホテルの売店にいた女性
金剛山ホテルの売店にいた女性店員。
大学卒業間際、私の恋愛に影響を及ぼしてくれた女性だ。
(第一部あとがき記載)
生きていれば50代だろう。
結婚し、子どもがいるのだろうか。彼女にも、その後の35年があったはずだ。
4.平壌の学校で見た生徒たち
平壌市内の生徒たち。
優秀だった。歌。踊り。科学。数学。すべてにおいて。
私たち外国人に見せるために選ばれた生徒だったのかもしれない。
彼らはその後はどうなったのだろう。
国の中で重要な仕事に就いた者もいたのだろうか。
中には、いわゆる「喜び組」などへ選ばれた者がいたのではないかと考えたこともある。
しかし、それは私の想像にすぎない。私が知っているのは、あの日、教室にいた彼らの姿だけだ。
5.一緒に北朝鮮へ行った人々
北朝鮮で出会った人々だけではない。日本から一緒に友好使節団へ参加した人たちもいる。
団長は、かなり以前に亡くなったと聞いた。
ほかにも、すでに亡くなった人がいるという話を耳にしたことがある。
少し年上だった市役所勤めの人。彼も既に定年を迎えている年代だろう。
旅の途中で話をした色々なこと。当時は、その後もつながりが続くような気がしていた。
しかし、日本へ戻り、それぞれの生活が始まると、連絡は途絶えた。
6.通訳のチェさん
通訳のチェさんも忘れられない。
立ち居振る舞いや話し方が、どこか印象に残る方だった。
彼女は今、どうしているのだろう。その後も通訳を続けたのだろうか。
生きているとすれば、彼女も相応の年齢になっている。
確認する手段はない。だから、35年前の姿のまま、私の記憶の中にいる。
7.謎の電話
北朝鮮から帰国した後、私の実家の固定電話に、時折、奇妙な電話が入った。
私は長く実家を離れていた。そのため、本当はもっと多くの電話があったのかもしれない。
渡航した当時、携帯電話はなかった。渡航に際して伝えていた連絡先も、実家の固定電話番号だった。
電話の相手は、こんなことを言った。
「一緒に北朝鮮へ行った者です。元気でしたか」
あるいは、
「あの時、病気でしたよね。その後、大丈夫ですか」
「北朝鮮で出会った者です」
そうした電話が、期間を空けて何度かあった。
実際に一緒に北朝鮮へ行った人なのか。どこかで私のことを知った別人なのか。今となっては分からない。
中でも、明らかにおかしい電話があった。
「あの時、一緒に北朝鮮へ行き、通訳をしたチェです。お元気ですか」
そのような内容だった。
私は、すぐに嘘だと思った。
チェさんは北朝鮮側の通訳だった。日本から私たちと一緒に北朝鮮へ行った人物ではない。
では、電話の主は誰だったのか。なぜ、チェさんの名前を知っていたのか。
8.調査していたのか
私は考えた。北朝鮮側が、私の様子を調べているのではないか。
北朝鮮を訪れた日本人が、帰国後、何をしているのか確かめている。そう想像した。
反対に、日本の側が調べているのではないかとも思った。
北朝鮮を二度訪れた人物を、何らかの意味で要注意人物として見ていたのではないか。
もちろん、証拠はない。電話の主が北側だったのか、日本の機関だったのか、あるいは単なる悪戯か、今も分からない。
ただ、私は、北朝鮮からも日本からも、警戒される人間になってしまったのではないかと感じた。
自分は、ただ北朝鮮を見てみたかっただけだった。
しかし、国境を越えたことは、自分の考え以上の意味があったのかもしれない。
9.得たものと失ったもの
二度の北朝鮮渡航から、私は多くのものを得た。一方で、失ったものもあったのではないかと思う。
人からどのように見られていたのか。何を警戒されていたのか。
それを確かめることはできない。
最後に奇妙な電話があったのは、もう10年ほど前になる。
いい加減、「お咎めなし」になったのかもしれない。
そう考えることにしている。
35年前に北朝鮮で出会った人々。日本から一緒に行った人々。
そして、正体の分からない電話の主。
彼らが今、どこで何をしているのか、私には分からない。
でも、それも含めて、私の大切な思い出である。
:tokisuke
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