「つよく言えない人」 みてるよ。きづいてるよnote
子どもが駅の階段の手すりにのぼろうとしていた。
まわりの目が少しずつ集まりはじめる。
「危ないから、やめて」
彼女は言った。声は小さかった。
本当は怒りたくない。でも止めなきゃ。 人前で感情を出すのが苦手で、「うるさい親」とも「何も言えない親」とも見られたくない。 そのあいだで、彼女の気持ちは揺れていた。
そんな空気のなかで、私の視線は彼女に向いていた。
肩が少しすぼまり、カーディガンの袖を指でいじる。
視線は子どもと階段のあいだを行き来している。
子どもは止まらない。
「ちゃんとしなきゃ」「でもできない」──そんな葛藤が、沈黙のなかで立ち上がっていた。
「やめなさい!」
その声だけ、駅の音のなかではっきりと響いた。
言えた安堵と、言ってしまった不安が、彼女の表情に同時に走った。
子どもは気にせず先に進んでいく。
彼女は少し遅れて歩きだす。こちらは見ない。
私は誰でもない通りすがりの誰か。
でもそのとき、彼女の「気持ちの跡」だけが、空気に残っていた。
私はそれを、いまも少しだけ憶えている。
テーマ:「みてるよ。きづいてるよ」noteシリーズ|“女性の社会性”と“男性の知覚”の交錯点を描く短編エッセイ
