【実話怪談】ほんとうにあった怖い話 時を歩むつわもの達
---潮風が頬を撫で、エメラルドグリーンの海が眩しく輝く。私たちは友人4人で、旅行である離島にいた。都会の喧騒を離れ、ただひたすら美しい景色に癒される。そんな最高の旅になるはずだった。
島の唯一の宿泊施設である民宿は、絵に描いたような古民家だった。黒光りする太い梁、使い込まれた障子、そして広々とした縁側。歴史を感じさせるその佇まいに、私たちは歓声をあげ、到着早々カメラを構えた。
「見て!この雰囲気、最高じゃない!?」
「うんうん、映画に出てきそう!」
シャッターを切るたびに、期待と興奮が胸いっぱいに膨らんでいく。友人たちがはしゃぎながら先に玄関をくぐると、奥から女将さんの朗らかな声が聞こえてきた。
「いらっしゃいませ!」
私もそれに続いて足を踏み入れた、その瞬間だった。
「ゾワッ!!!」
背筋を這い上がる冷たい感覚。全身の毛穴が開き、皮膚の奥から針で刺されるような悪寒が走った。まるで、夏だというのに真冬の凍える風にさらされたかのような感覚だ。
「どうしたの?急に黙り込んで」
振り返った友人の心配そうな声が、遠くで聞こえる。平気なふりをして、無理やり笑顔を作った。
「ううん、なんでもない。ちょっと、暑かったから」
熱のこもった視線が、どこからか私を射抜いている気がした。この民宿は、ただ古いだけじゃない。そんな言い知れない確信が、私の心を支配し始めていた。
---観光を終え、美味しい海の幸を堪能した私たちは、遊び疲れて民宿へと戻った。潮の香りが染み付いた体を風呂で洗い流し、温かい布団に潜り込む。友人たちはすぐに規則正しい寝息を立て始めたが、私だけは違った。
昼間、玄関で感じたあのゾワッとする感覚が、どうしても拭い去れない。目を閉じても、瞼の裏に民宿の薄暗い廊下が浮かび、得体の知れない不安が胸を締め付ける。
どれくらいの時間が経っただろうか。うつらうつらとしていた私の耳に、微かな音が届いた。
ザッ、ザッ、ザッ、ザッ……。
最初は気のせいかと思った。だが、その音は徐々に大きくなり、はっきりと聞こえるようになる。まるで、大勢の人間が足並みを揃えて歩いているような、不気味な足音。
ザッ、ザッ、ザッ、ザッ!
それは、歩いているというよりも、行進に近い。規則正しく、重々しい足音が、民宿の外から聞こえてくる。たまらず、私は布団から飛び起き、カーテンに手を伸ばした。
そっと隙間から外を覗く。しかし、そこには誰もいない。月明かりに照らされた庭は静まり返り、風に揺れる木々の影が、不気味に蠢いているだけだ。
まさか、夢でも見ているのか?
そう思い、私は部屋の電気をつけた。眩しい光が部屋に満ち、その瞬間、一人の友人がうめき声をあげて目を覚ました。
「う〜ん、何?どうしたの?」
寝ぼけた声に、私は慌てて謝る。
「ごめん、起こしちゃって。なんでもないから、寝てていいよ」
その時だった。
ザッ、ザッ、ザッ、ザッ!
再び、あの足音が聞こえる。今度は、先ほどよりもはっきりと、すぐ近くから。友人もその音に気づいたようだ。
「今の音、なに?」
友人の問いかけが終わるか終わらないかの瞬間、部屋の電気が激しく点滅し始めた。
パッ、パッ、パッ、パッ……。
そして、次の瞬間には、プツン、と音を立てて完全に消えた。
「イヤっ!何!?」
暗闇の中で、友人の悲鳴が響き渡る。私もまた、全身を硬直させ、息をすることさえ忘れていた。
部屋の電気が消え、闇に包まれた私たちは、恐怖に震えながら布団に潜り込んだ。しかし、それきり何も起こらない。張り詰めていた緊張が少しずつ緩み、友人が小さく悪態をついた。
「もー、何だったのよ、今の?」
安堵感が広がり、再び眠りに就こうとした、その時だった。
ザッ、ザッ、ザッ、ザッ!
再び、あの行進の音が聞こえてきた。だが、今度はさっきとは明らかに違う。外からではない。民宿の中から聞こえてくるのだ。
ザッ、ザッ、ザッ、ザッ!
しかも、その音は確実にこちらに近づいている。私は布団の中で必死に祈った。
(頼むから、通り過ぎてくれ!)
ザッ、ザッ、ザッ、ザザッ!
行進が止まった....。
私たちの部屋の目の前だ。友人は布団の中で小刻みに震えている。そして私は、肌で感じる。まとわりつくような、重苦しい視線が、こちらをじっと見つめている。
絶対に見てはいけない!
直感がそう叫んだ。私は決して、扉の方を見なかった。ただただ、布団の中にうずくまり、ひたすら願う。頼む、通り過ぎてくれ。冷や汗が背中を伝い、止まらない。その時だった。
ザッ、ザッ、ザッ、ザッ!
再び行進が始まり、足音が遠ざかっていく。私たちは助かったのだ。安堵感と、尋常ではない疲労に襲われ、そのまま意識を手放した。
どれくらい眠っただろうか。まだ夜中のはずだ。私以外の友人たちは、全員深い眠りについている。あの行進の音は一体何だったのか。ぼんやりと考えていると、
ギシィ、ギシィ、ギシィ……。
と、ゆっくりとした足音が廊下から聞こえてくる。今度は何だ? またしても恐怖に襲われ、私は無意識に布団の奥へと潜り込んだ。
足音が、止まった...。
その瞬間、部屋の中に一人の男性が立っているのが分かった。シルエットははっきりしているのに、顔は霞んで見えない。何かを喋っているようだが、声は全く聞こえない。口パクのように、懸命に何かを訴えかけている。
そして、男は最後に敬礼をし、くるりと回れ右をして部屋から去っていった。
再び、全身に鳥肌が立つ。
ザッ、ザッ、ザッ、ザッ!
また、行進の音が始まった。今度は外からだ。私は引き寄せられるようにカーテンを開け、外を見た。
月明かりが辺りを照らす。そこにいたのは、およそ数十名の日本兵だった。彼らは整然と、しかし颯爽と行進し、夜の闇へと消えていった...。
私は恐怖に慄き、ただただ声を出せずにいた...。
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---翌朝、鳥の声で目を覚ました。友人たちは皆、ぐっすりと眠っている。昨夜の出来事は、やはり夢だったのだろうか。しかし、布団を握りしめた手のひらには、まだ冷や汗の感触が残っていた。
チェックアウトを済ませ、民宿を出る。女将さんは相変わらず朗らかな笑顔で見送ってくれたが、私にはその笑顔の奥に、何かを隠しているように見えてならなかった。密かに女将さんに聞いてみた。
「あの〜、ここって兵隊さんが...」
「あなた視える人なのね?たまにそういう話をされる事があるのよね。昔は軍の訓練所が近くにあったみたいだけど。私もね、足音はよく聞こえるのよ。」
足音を一緒に聞いた友人には絶対に真実は伝えまい。恐怖で耐えられないだろう...。
あの日、あの民宿で、私たちは確かに時を超えた出会いを果たしたのだ。彼らが何を訴えたかったのか、なぜその姿を見せたのかは分からない。だが、彼らの存在は、この美しい島の歴史の中に、確かに存在している。
潮風が私の頬を撫でる。それは、まるで彼らの声が、私に語りかけているかのようだった。
完
