リュック1つで行く釜山の旅の後の、地元での旅人たちとの出会い
フェリーで韓国に行ったあと、なぜか旅人との出会いが続いた。
長崎に帰ってから出会ったのは二組。ひとりはドイツから来たゲストだった。
ちょうど私の釜山旅行と彼の長崎滞在がすれ違っていたけれど、鹿児島に着いてから再び連絡をくれて、水曜日に会うことになった。1日かけて地元を案内し、最後は隣の市の港まで見送った。
駐車場を出たすぐあと、薄暗い道でヒッチハイカーに出会った。
いつもではないけれど、気づいたら車を停めて会話を始めている時がある。
頭で考える前に、心で動くとはこういうことなんだろうなと思う。
(もちろん、毎回ヒッチハイカーを見かけるたびにとまるわけではない。スルーすることがほとんど。でも、気づいた時にはもう車を停めていることがある、というのがある。今回もそんな感じだった。)
彼らはイスラエルから来た若いカップル。観光客でも旅行者でもなく、旅人だった。
3ヶ月、四国、鹿児島、熊本とまわって、隣の市の港から長崎へ向かう途中だった。
フェリーで韓国に渡った直後に、フェリーで渡ってきた人たちと出会う。
そんな偶然が、なんだかおもしろかった。
この日、鹿児島に滞在していたドイツ人のゲストはこの旅でたくさんの友達を作り、
スマホの充電が切れても、日本語と英語で助けてもらいながら旅を続けていたという。
別府温泉では出張中の日本人や地元の人と仲良くなり、みんなでカラオケまで行ったそう。
ハートが開いている人は、自然と縁を引き寄せるのかもしれない。彼にとって、日本はドイツよりハートが開く土地なのかな。人によってそれぞれなんだな。
博多から釜山へいく船の上でも、私自身も印象的な出会いがあった。
同じ相部屋で、食堂で1時間ほど話した日本人女性とSNSを交換したら、なんとお互いにnoteをやっていた。
「こんな時ほど、noteをしていて良かった」と思ったことはない。これからも、noteで綴っていこうと思った。彼女のおかげで、来年チャレンジしたいと思うことができた。行きの船の中で、話題に上がった彼女の経験が私の頭の中に残っていたらしく、帰りの釜山から博多のフェリーの中で自然と私もやってみようかな、と思ったのが不思議。
同じ船に乗っても、旅の目的はそれぞれ。noteがあるから、釜山駅で別れた後のことも、noteを通して読めるのがうれしい。
話は戻り、水曜日は、ドイツ人の彼と歴史の話をした。
戦後の教育、そして「記憶」とどう向き合うか。
私はドイツ人の生徒さんとも、相手の方から話題を出した時はレッスンでもこのトピックを話すことがある。第二次世界大戦で、どちらも敗戦国ということもあるのかもしれない。
同じ時代を生きる者同士の静かな対話だった。
イスラエルのカップルはこのあとタイ、インド、スリランカへ。
旅人はなぜインドに惹かれるのか。釜山行きのフェリーで出会った女性も、インドに縁を持つ方だった。
まだ行ったことのない私は、その理由をいつか自分の目で確かめたいと思いつつも、ひとりで気軽に行ける場所ではない気がしている。
だから今は、「タイミングが来たら行けたらいいな」くらいの、
ふわっとした気持ちを胸のすみに置いておこうと思う。
と、noteを書きながら思い出したことが。
1年に1〜2回ほどレッスンに来てくれるインド人の生徒さんがいる。
彼女が住む北インドには、いつか建築を見に行きたいという思いが、私の中にずっとあったのだったな、と。
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