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【連載】うろうろ🚶パレスチナ<4> マクルーバ

中東を中心に20年以上、活動をしているジャーナリスト、小田切拓さんの食中心のエッセイです。(平井)



 今回は本当に小ネタで。パレスチナを代表する料理のひとつ、「マクルーバ(Maqluba)」について。

 マクルーバとは、アラビア語で「ひっくり返したもの」という意味だ。オリーブオイルでカリフラワーやナスを炒め、それを鍋の底に敷き詰める。そこに米を入れ、鶏肉のだし汁で炊き上げる。最後に大皿の上で鍋をひっくり返し、山のように盛り付け、松の実やオリーブオイルで焼いた鶏肉を添えれば完成だ。

 今年(2025年)4月にヨルダン川西岸地区を訪れた際も、最初に振る舞われたのがこの料理だった。約1か月の滞在中、3〜4回は食べた気がするが、数え切れないほど頻繁に登場する。それでも家庭ごとに味が違い、サラダやヨーグルトと一緒に食べるので飽きることはない。

 かつては別の名で呼ばれていたが、1187年にキリスト教徒の支配からエルサレムを奪還したサラディンが「マクルーバ」と名づけたという逸話もある。そのため、「勝利の一皿」という意味合いが込められることもある。

 10・7以降、緊張が続く現地では、結婚式さえ質素に行われていた。ガザの惨状を思えば無理もない。女性が再び顔をベールで覆う光景も見られた。マクルーバがそうした宗教的象徴と関わるかどうかは分からないが、次回訪れた際には確かめてみたい。

 それはそうと、今回食べた中でも——いや、これまで食べた中でも格別だったのは、ベドウィン(遊牧民)の集落でご馳走になったマクルーバだった。

 その日はユダヤ人活動家を含む数人とともに、ベドウィンのリーダーにエルサレム東部の丘陵地帯を案内してもらっていた。周辺には岩山が連なり、その中に彼らの集落が点在している。遠くの木陰には野生のラクダの群れも目にした。こうした場所で何千年も、ベドウィンは遊牧生活を続けてきた。だが、イスラエルはこの地域で集中的に入植活動を行ってきた。エルサレムを堅持することが、その理由のひとつだ。

 そのため、付近のベドウィンには退去命令が通達され、集落の破壊も頻発している。最近では日本の報道でも取り上げられているが、エルサレム東側の「放牧地」に、イスラエルは大規模な入植地を新設しようとしている。エルサレムと、その東にある巨大入植地とを連結するためだ。また、ヨルダンへと続く東西の幹線道路周辺の地区からもパレスチナ人を排除しようとしており、ベドウィンの集落への圧力をさらに強めている。

 付近には、イスラエルの汚水を貯めた施設(処理施設か?)も複数あった。かつてはアラブ諸国と共同で空港を建設しようとしたこともあったが、今後、計画が再開されるかもしれない。(予定地は今も空き地のままだった。)

 そんな中、案内役の男性が言った。

「素晴らしい昼食をご馳走したい。時間はあるかい?」

 案内のペースが急に上がった。心の中で「きっとマクルーバだろうな」とつぶやいた。

 やはり、立ち退きを迫られているその集落に戻ると、他の参加者たちは真剣な面持ちで議論を始めた。私はその横で、子どもたちと変顔をしたり、ふざけ合ったりしていた。子どもたちがはしゃいでいたのは、久々のご馳走が楽しみだったこともあったに違いない。やがて案内役の妻が、大皿を運んできた。

 やはり、マクルーバだった。 

米粒が舌にまとわりつくほどの濃厚さで、オリーブオイルと鶏のだしの乳化具合が絶妙。脳に旨味が突き刺さる。ふと周囲を見渡すと、他の参加者はあまり食べていない。

 パレスチナでは、客人が完食すると子どもたちの分がなくなることがある。そのため「少し残す」のが気遣いとされている。だが、この時は違った。私は山ほど盛られたマクルーバを完食し、「最高だ……」と声に出していた。ホストは満面の笑みを浮かべていた。現地の味を一番理解しているのは彼だからこそ、彼の誇りと歓待に応えたかったのだ。

 子どもたちは、他の皿が空くやいなや目を輝かせて集まってきた。間近でこんな子どもたちを見るのは久しぶりだった。完食することは大切だ。だけど、食べ残すことにも意味がある——そう改めて感じた瞬間だった。



 食後は、すっかり親戚のように子どもたちがじゃれてきた。幸せなひとときだった。別れ際、私はあえて実費程度の金額を、握手とともに手渡した。男はぎゅっと強く握り返してきた。
(写真と文・小田切拓)

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