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第9回:大人も学びたい!中学生からの租税教育

 今回は、『税から紐解く、歴史と現在 ⑧日本の歴史と税』についてお話いたします。一緒に楽しく勉強していきましょう!

 税のはじまりは邪馬台国の時代と言われています。税の視点で、ご覧の4つの時代に分けて見ていきましょう。
 税の仕組みは、歴史の転換期に大きく関わっており、税と権力は、切っても切れない関係ということを感じ取って頂ければと思います。

 日本で本格的な税の仕組みが確立されたのは、飛鳥時代。701年、大宝律令の制定と言われています。公地公民の考えのもと、満6歳以上の男女に口分田という土地が与えられ、租庸調という税が課せられたのです。口分田は一代限り。持ち主が亡くなると国に返す決まりになっていました。これを『班田収受の法』と言います。

 では租庸調について、もう少し詳しく見てみましょう。特に庸・調の運送負担や、土木作業の労役の重い税負担に耐えられず、口分田を捨て逃亡する人も出てきました。

 困った朝廷は743年、墾田永年私財法という法令を出し、土地の私有地化を認めました。これまでの公地公民からの大きな転換です。しかし実際に土地を開墾したのは貴族や寺社。開墾された土地は荘園と呼ばれ、荘園の領主に夫役や年貢の税が納められました。
 そして室町時代後半には、農民による土一揆が広がりました。

 戦国時代の後半に、新たな税の仕組みを作ったのが豊臣秀吉です。秀吉は「太閤検地」を実施し、検地帳に田畑の持ち主の名前と予想される生産量(石高)を記録、百姓から確実に税を徴収しました。
 更に江戸時代になると、五人組という相互監視制度が作られました。

 最後に、明治以降のお話です。1871年の地租改正令物納から金納に変わりました。大正から昭和初期にかけて、戦費調達のため増税が続きました。現在ある税の仕組みが出来始めたのもこの頃で、1940年に源泉徴収制度が採用されました。そして戦後、1950年にはシャウプ勧告に基づく税制改革が行われ、今日の税制度の基盤が出来ています。
 今回は『税から紐解く、歴史と現在 ⑧日本の歴史と税』ということで、日本の税の変遷のお話をしました。

<以上となります。最後まで読んで頂き、ありがとうございました。>

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