「あの日の選択」(第八回古賀コン応募作品)
「モンゴメリーさん、長い間お疲れ様でした。あなたの素晴らしい功績は今後も子どもたちに希望を与えるでしょう。引退を機に、ふるさとに銅像を建てる計画があるそうですが」
「最初はやめてくれと言ったんです。けれどユシフは、計画をした古い友人ですが、こう言いました。チャーリー・モンゴメリーの功績を子どもたちに伝えるのに、銅像はぴったりなんだと。それで、大変おこがましいですが、世の中の役に立つならと承諾しました」
「ベニングスさんにも報告したのですか」
「ええ。この話をもらったとき、真っ先にサムと話しました。サムも喜んでくれて……ずっと一緒にやってきましたから。すごく誇らしいことだって言ってくれて、その言葉が結果として背中を押してくれた気がします」
「改めて、子どもたちに今、何をいちばん伝えたいですか」
(俺のようにはなるな。それだけだ)
私は控えめな笑いを浮かべ、インタビュアーに言った。
「――そうですね、いつでも希望を忘れずに、両親の言うことをよく聞いて、そして自分を信じていてほしいです」
「では最後に。いつかあなたを超えるアスリートが登場すると思われますか」
「もちろんです。私を凌駕するアスリートがたくさん出てきてくれることを心から願っています」
「競技を見る私たちも楽しみです。今日は本当にありがとうございました。引退後の人生が実り多いものとなりますように」
「どうもありがとう。私も自分自身の幸運を祈っています」
正面を向くと一斉にフラッシュが焚かれる。笑顔を貼り付け、撮影されるがままにすること三十分。ようやく解放され、会見場を後にした。
地下鉄に揺られながら、昨夜サムに言われたことを考える。自転車競技を知り尽くした男、サム・ベニングス。彼は言った。
「自己輸血したこと、後悔しているのか。勧めた俺を恨んでいるのか」
いや、と私は答える。サムは続けて問うた。
「もしタイムマシンで、あの日に戻れたらどうする? おまえは、また俺の指導を受けるか?」
私は十分と思えるほどの時間をかけて考え、そして言った。
「分からないよ、サム。私には分からない」
サムは呆れたような、ホッとしたような顔をした。もちろん、私がそう感じたというだけのことだ。
何度同じ試練にさらされても、同じ決断をするとは限らない。一方で、もちろんだよサム、何度戻ったって同じさと、そう言えたなら、どんなに楽だろうかと思う。結局、中途半端なんだ……。
アパートに帰り着くと、私はベッドに倒れ込んだ。もう、血を抜かなくてもいい。自分に注射したあと、ドーピング検査に脅えなくてもいい。心からの安らぎを感じながら、私は眠りへと落ちていった。
「ねえったら、ねえ、お願いだよ、僕に自転車を教えてくれよ」
子どもの懇願する声がする。誰だ。近所の子か? もう少し寝かせてくれ……そう思いながら寝返りをうつ。と、今度は背中を何度も叩かれた。
「ねえったらお願いだよ、ねえ――」
「うるさい!!」
叫んで飛び起きると、子どもが目の前にいる。
「お前は誰だ、ここは俺の部屋だぞ」
「知ってるよ、だから来たんだ。僕はチャーリー・モンゴメリー。ねえベニングスさん、僕に自転車を教えてくれよ」
チャーリー・モンゴメリーだって?
「お願いです、サム・ベニングスさん、僕に自転車を教えてください」
少年が頭を下げる。私は何も言えないまま、彼のつむじをずっと見つめていた。
