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【読書感想文】ケストナー『わたしが子どもだったころ』で知る 幼年時代の価値

子ども時代って、思っているより、その後の人生に影響を与えているのかもしれません。

子どものとき、ドイツの作家エーリッヒ・ケストナーが好きで、くり返し読んだのを覚えています。

エーリッヒ・ケストナー(1899年〜1974年)は、ドイツを代表する児童文学作家です。

世界中で愛されている彼の特徴を、3つのポイントでわかりやすく説明します。

1. 代表作がとにかく有名

日本でもなじみのある名作をたくさん残しています。

  • 『エーミールと探偵たち』:少年たちが力を合わせて泥棒を捕まえる、児童ミステリーの先駆け。

  • 『ふたりのロッテ』:離れ離れに育った双子が入れ替わる物語。映画『ペアレント・トラップ』の原作としても有名です。

  • 『飛ぶ教室』:寄宿学校の少年たちの友情と成長を描いた、クリスマスの定番文学。

2. 「子どもの味方」であること

ケストナーの物語の大きな特徴は、子どもを「未熟な存在」としてではなく、一人の人間として対等に描いている点です。
大人の都合に振り回される子どもの悲しみや、貧困などの現実的な問題も隠さずに書きますが、そこには常にユーモアと温かいまなざしがあります。

3. 正義を貫いた勇気ある人

彼はナチス政権下のドイツで、自由な発言を制限され、自分の本を焼かれる(焚書)という辛い経験をしました。それでもドイツを離れず、ペン一本で権力に抵抗し、戦後は平和の大切さを訴え続けました。


一言でいうと…
「ユーモアと鋭い観察眼で、子どもの心に寄り添い続けた、児童文学の神様のような人」です。

大人になってから読み返しても、ハッとさせられるような深いメッセージが込められているのが、ケストナー作品の魅力です。




今回、ご紹介する自伝『わたしが子どもだったころ』は、60歳ごろ(私と同じくらい)のケストナーが、子ども時代を振り返って書いた作品です。

私が小学生のころ、何十回も読んだお気に入り本です。
自分が作者と同じくらい年取ってから読み直すと、また新しい発見がありますね。

この本のなかにこんな言葉があります。

「いちばん価値があるのは、楽しいにせよ、悲しいにせよ、幼年時代である」


この一行が言っていることは、「人生の土台は幼年時代でほぼ決まる」という、かなり厳しくて現実的な考え方です。

そういえば、ケストナーは、けっこう現実主義的な人でした。


幼年時代の価値とは?

「一番価値があるのは幼年時代」というのは、楽しかったから価値があるのではありません。
また、子どもは純粋だから尊いという話でもありません。

理由はシンプルです。

幼年時代は、その後の人生の“感じ方・考え方・世界の見え方”を無自覚のうちに決めてしまう時期だから。

大人になってからの選択、失敗の受け止め方、人との距離感など、人には考え方に癖がありますね。
「どうせうまくいかない」
「期待すると痛い目を見る」
こういう考え方の癖は、ほぼ幼年時代に作られます。

この例は、まさに私のことです。
幼稚園時代から、ささいなことで泣きやすい子でした。

「幼年時代が一番価値がある」と聞くと、違和感があるかもしれません。

  • え、今じゃなくて?

  • 楽しい思い出がない人はどうなるの?

  • 過去がそんなに大事?

と、思うかもしれません。

これは“思い出の美しさ”の話ではないのです。

自分では「性格」とか「考え方」「現実的な判断」だと思い込んでいることが、子ども時代に決まっているとしたら?

だから幼年時代は価値があるんですね。
良くも悪くも、取り返しがつかないほど影響力が強いから。


「悲しいにせよ」というのは?

ここ、重要です。

ケストナーは「幸せな幼年時代が最高」とは言っていません。

悲しい幼年時代にも、同じだけの価値があると言っています。

なぜなら、どちらも人生に影響を与えることに変わりはないから。

  • 楽しかった人は「世界は安全だ」という前提を持つ

  • 悲しかった人は「世界は信用できない」という前提を持つ

どちらにせよ、その人の人生を強く方向づける“核”になるからです。

価値がある、というのは、単に思い出として美しいという意味ではありません。
人生を決定づけるという意味です。


私の経験で考えてみましょう

① 今の私の性格が、作られたところ

・人に期待しない
・うまくいく前提で考えない
・望まなければ失わない

私のこういう考え方、大人になってから急に思いついたわけじゃないはずです。

子どもの頃、そう考えないと自分を守れなかった場面があったのかもしれません。

幼年時代の価値は、それが「正しかったか」どうかが問題ではないのです。
「生き延びるために必要だったか」にあります。


② 喜びより、痛みを避けたい考え方

私はずっと楽しいことを追う人生より、痛みを避ける人生を選んできた感覚があります。

  • なぜ私は最初から期待しないのか

  • なぜうまくいく前提で考えられないのか

  • なぜ失わない選択をしてしまうのか

それらは性格ではなく、幼い頃に身につけた生き延びるための知恵だったのかもしれません。
そう考えれば、少し自分にやさしくなれますね。

それは弱さじゃないのでしょうか。

幼い頃に「期待→失望」を何度か経験した人が自然に身につける知恵なのでしょうか。

私は、幼年時代に、喜びの作り方より絶望の避け方を学んでしまったのかもしれません。

そんな私の子ども時代でさえ、ちゃんと価値があるとしたら?


③ 書くことで、自分を振り返る

私が note でやっていることは、振り返りかもしれません。

もう過ぎてしまった幼年時代はやり直せません。
でも、振り返ることはできます。

  • 言葉にする

  • 振り返る

  • 書いてみる

書いて言葉にすることで、自分の形を知ることができます。
無意識だった影響を「自分のものとして扱える」ようになるのです

子ども時代にはやり直せない価値があります。
だからこそ、何度も思い返してしまうのだ、と思います。

幼年時代に言葉にできなかった感情を、私は今になって回収しているのかも。

子どもの頃は、できごとの意味を完全に理解することができません。

  • 理由を説明できなかった

  • 反論できなかった

  • 意味づけできなかった

だから今、私はくり返し書いています。

子ども時代の「価値」は、人生の終わりまでずっと消えません。
過去に閉じ込められたものは、今も生きて作用しているのです。


最後に

子ども時代に価値があるという言葉は、慰めでも希望でもありません。
かなり冷たい現実認識です。

人生でいちばん価値があるのは、もう二度とやり直せない時期だという真実。

だから人は、何度もそこに帰ろうとするんですね。
私の場合は、書くことで。

書き続けること、それ自体が、人生の価値の証明になるのだと、私は思います。




ハードカバーの古い本、50年以上前の刊行ですが、まだ流通していました。
今、私の手元には、1995年発行の岩波書店のハードカバーがあります。

※この記事にはAmazonアソシエイトリンクが含まれます。


たぶん、文庫本でもあるはず。

Amazonは、なんでもありますね。
文庫本は訳者が変わったんですね。
おそらく読みやすくなっていると思いますが、私は1962年版の高橋健二さんの訳がなつかしいです。




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