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「三上於菟吉は一日千枚書く」

三上於菟吉といえば、大正から昭和にかけての大流行作家として、読者の皆さんにはよく知られていました。現代小説、時代小説を問わず、於菟吉はいつでもどこでも書くことができたようです。しかし、当時流行っていた探偵小説はあまり書きませんでした。その数は少なく、現在わかっているだけで「血闘」(『雄弁』大正13年11月号~大正14年9月号)「銀座事件」(『主婦の友』昭和5年1月号~10月号)「幽霊賊」(『キング』昭和10年1月号~12月号)の三編があるだけです。そのうち、「血闘」はヒラヤマ探偵文庫でも2023年1月に出版しております。


「銀座事件」は、昨年4月にMMPROJECTから発行されました。初出の『主婦の友』連載時には竹中英太郎の挿画がついていました。この文庫は、それらを全点掲載しているところに特徴があります。素晴らしいです。また文庫巻末の解説は、私が書かせていただきました。これはネット上でも読めます。興味のある方はご覧ください。
https://note.com/ymzbunkasai/n/n756a35c2d3b4


ところで、最初にも記したように、三上於菟吉は流行作家であり、たくさんの作品を生み出していました。ゴシップも出てきて、当時の『文藝春秋』などには「一日千枚書く」なんて、からかわれていました。

先日、『読売新聞』埼玉版(5月18日付)に三上於菟吉の紹介記事が載りました。ご当地を舞台にした「百万両秘聞」の説明を中心にした内容です。そこに於菟吉が「一日千枚書く」という紹介をされていたのです。当然ゴシップなので誇張して言っているのはわかります。でも、その典拠はどこにあるのでしょうか。それは、庄和高校地歴部から平成2年に発行された『三上於菟吉読本』にありました。「一日千枚書く」と述べられている部分を一つ紹介してみましょう。次の写真をご覧ください。

『文藝春秋』などに載っていたのがわかると思います。もっと詳しく知りたい方は、『文藝春秋』の原本にあたっていただけると、ありがたいです。

「一日千枚」という言葉は、たぶん「一日千秋」という四字熟語をもじって作られたものでしょう。ですから「千」という数字には「ひじょうに長い、多い」という意味が中心だと思います。

文壇人の行状などを紹介するときに、漢文などから言葉を持ってくるほうが読者に早くわかりやすく伝わると思っていたのかもしれません。佐藤春夫も弟子の数が多いということで「門弟三千人」と言われていました。「三千」という数字は、やはり非常に多いということを表しています。これは李白の「白髪三千丈」から来ているのでしょうね。(湯浅)

※「三上於菟吉読本」のことは、三上於菟吉顕彰会の盛厚三さんに教えていただきました。


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