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ゲルマン民族侵入と西欧社会-11

第2回ゲルマン人の王国という支配構造-2

王国は「征服国家」ではなかった

西ローマ帝国の領域には、

  • 西ゴート王国(イベリア・ガリア)

  • 東ゴート王国(イタリア)

  • フランク王国(ガリア北部)

などが成立しました。

これらはしばしば「征服王国」として説明されます。

しかし実態はそれほど単純ではありません。

ゲルマン人は、圧倒的多数派だったわけではありません。
むしろ人口の大半は、依然としてローマ人(旧帝国住民)でした。

つまり王国の構造は、

  • 支配層:ゲルマン人

  • 被支配層:ローマ人

という少数支配体制でした。

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