「納得」とは、生じた事象が自分の価値観では受け容れられない時に、その差異を解消したり、受け容れたりする試みである
2026年8月8日に、第13回松戸deてつがくカフェを開催しました。
テーマは、「納得」とは何か?
ちょっと6月お休みしてしまったので、私がファシリをするのは、4ヶ月ぶりになってしまいました。
皆さんは、話し合いで何を大切にしていますか。
私は、「納得」ではないかと最近、思っています。
結論には合意できても、腹落ちして納得しないと、
なかなか動けなかったりします。
話し合いでの納得、
仕事についての納得、
人生の納得、
色々あると思います。
が、そもそも「納得」って何でしょうか?
それがわかったら、どうしたら「納得」できるかも、
見えてくるかもしれません。
みんなで「納得」を求めて、楽しく対話してみませんか?
そんな問いかけから、
本質観取がスタートしました。

1 問題意識の共有
松戸駅近くのレンタル会議室に、我々スタッフ2名も含めて、4名が集まりました。暑い中、ようこそ、おいでいだたきました。
カフェマナーなどを共有してから、チェックインし、それから、なぜ、「納得」の本質を考えてみたかったのか、それぞれの問題意識を共有しました。
<カフェマナー>
・誰もが対等な参加者である
・好奇心をもって、人の話を聴き、自分の考えを表現する
・その時の気持ちも含めて自分の体験を語る
(外的な知識を持ち込まない)
・できるだけ皆が納得できる共通了解をめざす
(正しい答えはない)
・沈黙も尊重する
<問題意識>
・納得とは、政治そのものではないかと感じている
・仕事の役に立ちそうだ
・仕事でも家庭でも、納得の大切さを伝えられるようになる
・一緒に生きていきやすくなる
・もっと人を大切にできる
・納得していなくても、前に進めるかもしれない
・もっと他者の納得を意識できるようになるかもしれない
自分自身のためになる、それ以上に、他者を気遣えるようになる、そんな期待が感じられました。
それとともに、納得なしに前に進む可能性というのが、私には、新鮮で、そんなことが可能なんだろうか、でも、場面によっては、当然、そうせざるを得ない時もあるよな、そんなことを感じつつ、中身に入っていきました。
2 体験例の共有
次の段階として、それぞれの方の具体的な事例を共有してもらいました。
どんな体験例を出してもらうのか、ちょっと悩みました。
実際に、お願いしたのは、こんなエピソードです。
・モヤモヤしていたけど、「やっと納得したよ」と思えた経験
・「何だか納得できず」モヤモヤしてしまった経験
・「納得してないけど」合意してしまった経験
これだと、自分自身の中で起きた「納得」だけですが、
相手に「納得」してもらえたという体験も付け加えればよかったかなというのが反省です。
でも、実際の話し合いでは、皆さんから多様なエピソードが出てきました。
<納得できた経験>
・自分の仕事の成果に満足できた
・最初は納得できなかったが、背景、目的がわかったので納得できた
・納得するときには、頭で理解することと、身体性からくるものがあった
<納得できなかった経験>
・上司の指示が自分にとって良いと思えなかった
・上司の揺るがせられない権威性に無理に納得させられた
・説明は理解できたが、納得できなかった
・話し合うコスパがないと思い、納得するのが面倒になった
・前に進むためには100%の納得はいらないと思い、途中で諦めた
(妥協した)
・いきなり言われても納得できない、プロセスを大切にしてほしかった
・結論が最初から決まっているような一直線感を感じると、納得したくなくなった
<他者の納得に関連する経験>
・全員の納得を目指すと雰囲気が悪くなり、人間関係が壊れると思った
・誠心誠意、正直に対応したことが相手の納得につながった
でも、こうしてみると、圧倒的に納得できなかった体験が多いですね。やっぱり、ネガティブな体験の方が印象に残るのでしょうか?
最初は、ポジティブな納得できた体験、納得してもらえた体験を出してもらって、後から、対比として、納得できなかった体験も出してもらった方が良かったかもしれません。これも反省点です。
でも、話し合っている中での私の発見は、納得できないことがあったとしても、必ずしも、そのまま引きずるわけではないことがあるということでした。
自分にとって、それほど価値がない問題、差異であれば、それは、そのままにしてしまって、納得したわけではないが、そのまま、放置することもあるというのが、面白かったです。
自分のこだわり(価値観)と人との関係性、どちらに重きを置くのかによる、それぞれの個性があるんだなと感じました。
3 共通の特徴(本質契機)
体験例の共有の後、その体験の中から、共通の特徴(キーワード)を見つけていきました。専門的には、本質契機、つまり、本質の要素となるものです。
<共通の特徴>
対立、違い
自分の価値観(こだわり)
身体性、感覚(腹落ち)
<人によって、あるいは状況によって異なるが大切>
統合(止揚)、共通了解
背景、理由の理解
相手への信頼、信用
相手の熱量
未来への期待
まず、共通の違いとして挙げられたのが、「対立・違い」です。
対立というほどのものでもないこともあるので、「違い」あるいは、自分の中で生まれた「違和感」で良いのではないかということになりました。
そうした違い、違和感がなければ、そもそも「納得」はないということです。
その違い、違和感は何から生まれるかです。
それは、「自分の価値観(こだわり)」ではないかということになりました。
つまり、自分の価値観(こだわり)がなければ、差異があったとしても気にならない。そこに固執する理由が生まれないということです。
「自分の価値観(こだわり)」がないところには、そもそも「納得」はないと考えました。
では、その「違い・違和感」がどうなったら、納得したと言えるのでしょうか?
最初は、「統合」されて、違いが解消された時と考えました。
つまり、共通了解が生まれたときと言っても良いのかもしれません。
しかし、必ずしも、「統合」されて違いがなくなった時にだけ、納得があるわけではないのだろうかという話になりました。
相手の「背景・理由」が理解できた時、相手に対する「信頼・信用」が生まれた時、相手の「熱量・情熱」に圧倒された時、結論から「未来への期待」が生まれた時に納得は生じるけれども、でも、それは、納得の条件の一つだけれども、どの事例にもあてはまる 共通の特徴とは言えないということになりました。
そこで、再浮上したのが、「身体性・感覚(腹落ち感)」です。
違いや違和感があっても、それでも良いと感じられる身体性(腹落ち感)が納得の本質ではないかということになりました。
4 「納得」とは何かを言葉にする(本質定義)
本質観取の最後のプロセスになりますが、「納得」には、こんな特徴があることがわかったとして、それを一つの文章・言葉に表してみました。
実は、時間切れで、二つできてしまいました。
・「納得」とは、自分の価値観に基づいて、違いを受け容れられる状態である
・「納得」とは、自分の価値観から生まれた違和感を受け容れられる状態である
松戸deてつがくカフェとしては、いったん、ここまでとして、チェックアウトで感想を述べて終了としました。
5付記
その後で、自分なりに思考してみた結果を付記したいと思います。
自分の価値観から出発するというのはいいような気がしました。
そこに何かが生じる。それは、上司の指示だったり、自分の作品だったり、話し合いでの結論だったりするわけです。
その何かを知覚したときに、自分の大切にしている価値観・こだわりとの差異を感じる時に、「納得できない」が発動するのではないでしょうか。
この「納得できない」差異を埋める試みが始まる時がある。
(始まらずに、「納得できない」で終わる時もある)
上司とのコミュニケーション、ネゴシエーションだったり、より良い作品を作ることだったり、話し合いで違和感を表明することだったりが、差異を埋める試みです。
その結果はやっぱり2つあるのではないかと思いました。
1つは、差異が解消されることです。
お互いに差異がなくなるまで話し合う、自分の理想とする作品を完成させる、共通了解を生み出すことです。
でも、必ず、そこまでいけるとは限りません。
2つ目は、差異を維持したまま、受容することです。
お互いに差異があることを認識し合います。その上で、差異を受け入れることで納得することもあると思いました。
カフェでの話し合いでは、2つ目に話が集中してしまったような気がしました。もしかすると、そこがモヤモヤで残ったのかもしれません。
そうすると、本質定義は、こうなります。
「納得」とは、生じた事象が自分の価値観では受け容れられない時に、その差異を解消したり、受け容れたりする試みである
「納得」って、共通了解を目指さないと生まれないけれども、共通了解だけがゴールではない。お互いの差異を認め合うことで、「納得」が生まれることがあるというのが、今回の私の学びでした。
では、みんなの「納得」を生み出すためには、どうしたら良いのかが、次の問いですね。
ここまで、お読みいただいて、ありがとうございました。
「好き」や「フォロー」「コメント」にもいつも感謝しています。
「松戸deてつがくカフェ」は、毎月第一か第二土曜日の午前10時から12時で開催しています。
次回は、2026年9月12日(土)午前10時からを予定しています。
ご案内は、以下のXアカウントで行っていますので、よろしければ、フォローお願いします。
このnoteでは、今後も、松戸deてつがくカフェの開催結果などをお伝えしていけたらいいなあと思っています。
