45年前の怪奇な日々
変わった家での体験
いま、夜の寝しなと、朝のまだ夜が明けきっていない時刻に目覚めたとき、平安時代の説話集をベッドで読んでいる。『今昔物語集』である。
文字が拡大できるKindleで購入した。現代語訳だった。「ラッキー!」とばかり読み進めるうちに、『今昔——』には、さまざまな物怪が登場する。
いうまでもないが、『今昔物語集』は平安時代の説話集である。だが、“絵空事”と納得できずにいる。ぼくも、ある借家でそんな怪異に翻弄されてしまったからだ。
霊感なるものがぼくにはまったくない。信じてもいない。愚息には不思議な力があり、霊感もあるそうだ。昨年、死んだ妻にそうした能力があったのかどうかは知らない。だが、30代なかばの4年間近くを翻弄されていたのは亡妻だった。
その家を借りるのに、ぼくは抵抗があった。外観は普通の鉄筋コンクリート造りの家だが、内部は変わっていた。壁はコンクリートが打ちっぱなし。部屋は南と北に分かれ、南の1階はリビング、北側は道路に面しており、寝室になっていた。
あそこで運命が一変した
どちらも吹き抜けになっていて、それぞれに中二階がある。南はキッチンと食堂、北は子供部屋だった。家に恵まれずに育った妻は、ぼくと一緒になってから引っ越しを繰り返していた。そんな変わった家にも住んでみたかったのだろう。
隣家の大学教授の老ご夫妻が、家主の娘さんに代わって管理していた。ご夫婦はクリスチャンだった。下見のとき、壁にかかった宗教画に抵抗を覚え、ぼくはその家を借りるのを渋った。しかし、「ああいう家に住んでみたかった」と妻に押し切られて入居した。
あとになって振り返れば、あの4年間は、愚息にとってはずっとイジメに遭った最低の時期だった。妻は階段から落ちて入院した。ぼくもいろいろあった。とくに転職を強いられ、絶頂からどん底へと、人生のあきれるような転機を経験した。
怪異は北側の中二階と寝室に集中していた。しかも、いくつもの怪異現象にさらされていたのは、その家にぞっこんだった妻だった。もっとも、ぞっこんだからこそ彼女は4年間近くをがまんしたのかもしれない。
何があったのかは、その家から引っ越し、しばらくしてから聞いた。寝室に備えつけとして置かれていた古びた洋服ダンスの扉が突然開いたり、白い影が見えたり、雨が降ってもいないのに壁が濡れたり、あるいは、床が激しく濡れていたこともある。
金縛りされる恐怖
きわめつけは、昼間、彼女が金縛りに遭っていた。同じころ、ぼくの弟がアパートで、頻繁に金縛りを経験している。ふたりが、金縛の体験を語りあっているのをぼくは脇で面白がって聞いた。
弟のほうは、若い女性の霊だという。天井から飛び降りてくる。妻のほうは子供だと思っている。妻から聞いたのではなく、ぼくの想像でしかない。きっと、あの家では娘さん夫妻に生まれた愛息が事故死している。
よくいえばモダンな、だが、奇をてらった構造の家なればこその事故死だった。ぼくの想像だが、さまざまな事例からの確信である。そう思うと納得できる。
引っ越しの日、子供を狙ったとしか思えない怪異現象があった。愚息のイジメもそのひとつかもしれない。
だが、怪奇現象も、そこから引っ越す1年ほど前、はからずも、わが家の子となった薄幸のシャム猫によって止んだと、ぼくを含め、家族は頑なにそう信じている。
