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患者募集とは何か——治験を止める「見えない開発リスク」 #13

このシリーズのラインナップは→ 第1回の記事でご確認いただけます。


「患者が最大の希少資源だ」

製薬業界でよく使われるこの言葉は、決して比喩ではない。

Phase 3の設計がどれほど優れていても、実際に試験に参加する患者がいなければ、開発は前に進まない。
患者募集は、薬の開発スケジュール、開発費、そして企業価値まで左右する、臨床開発の最重要課題の一つである。

この記事では、治験における患者募集の現実を見ていく。

一見すると地味に見えるこの作業が、なぜ開発の命運を握るのか。
その理由を整理していきたい。



数字で見る「集まらない」の現実

患者募集の難しさは、感覚論ではない。
数字で見ると、その深刻さがよくわかる。

臨床試験の80%以上が、当初のスケジュール通りに患者登録を完了できず、試験期間の延長や施設追加が必要になるとされている。

しかも、この問題は改善どころか悪化している。
2012〜14年と2021〜23年を比較すると、1施設・1ヶ月あたりの登録患者数は、がん領域で14%減、がん以外の領域では54%減という落ち込みを示している。

つまり、多くの試験は「薬が効くかどうか」を確かめる前に、まず「患者が集まるかどうか」という壁にぶつかっている。

さらに、患者募集の失敗は、臨床試験中止の大きな理由でもある。ある分析では、公表された中止RCTの55%で、募集遅延が中止理由だったとされている。

資金不足でも、安全性問題でもない。
「患者が集まらなかった」ことが、試験中止の大きな理由になっている。

そして、患者を登録できたとしても、それで終わりではない。
長期試験では、通院負担、副作用、不安、生活上の事情などによって、途中で参加を続けられなくなる患者も少なくない。

患者が集まらなければ、試験は遅れる。
試験が遅れれば、承認も遅れる。
承認が遅れれば、その分だけ売上機会も失われる。

製薬開発で「患者が最大の希少資源」と言われる理由が、ここにある。


なぜ患者は集まらないのか

治験への参加までの流れは、一見するとシンプルに見える。

担当医が、自分の患者の中から適格基準に合う人を見つける。
患者に治験を紹介する。
患者が同意すれば、インフォームドコンセントを経て試験に登録される。

米国では、患者がClinicalTrials.govや広告を通じて自ら応募するケースも増えている。
日本でもjRCTなどで治験情報を検索できるが、患者が自ら治験を探して応募する文化はまだ十分に広がっているとは言いにくく、実際には医療機関からの紹介が重要なルートになっている。

しかし、このシンプルに見える流れが、実際には至るところで詰まる。

原因は一つではない。
大きく見ると、三つの壁がある。


壁① 選択基準が、患者の母数を絞る

治験では、誰でも参加できるわけではない。

年齢、病気の進行度、過去の治療歴、合併症、検査値、服用中の薬など、さまざまな条件で参加可否が決まる。

これは、試験の科学的な精度を高めるためには必要なことだ。
患者背景がばらばらすぎると、薬の効果が見えにくくなるからである。

しかし、条件を厳しくすればするほど、参加できる患者は少なくなる。

一般的な疾患でも、適格患者100人に声をかけて、実際に登録できるのは5〜10人という割合は珍しくない。
希少疾患では、そもそも世界中を探しても対象患者が数百人しかいないこともある。

つまり、患者募集の難しさは、募集活動の問題だけではない。

試験デザインそのものが、最初から患者の母数を絞っているのである。


壁② 患者も医師も、試験の存在を知らない

次の壁は、情報の壁だ。

多くの患者は、自分が参加できるかもしれない治験の存在を知らない。

米国の調査では、治験を知った患者の多くが、
「もっと早く教えてもらえれば参加したかった」
と回答している。

一方で、医師側にも限界がある。

日々の診療で忙しい中、すべての患者を治験の適格基準と照合するのは簡単ではない。
治験の存在を知っていても、どの患者が条件に合うのかを見つけるには大きな手間がかかる。

患者側は、試験の存在を知らない。
試験側は、条件に合う患者を見つけきれない。

この情報のすれ違いが、患者募集を難しくしている。


壁③ 「施設に来ること」が前提になっている

三つ目の壁は、通院の負担だ。

従来の治験は、患者が定期的に医療機関へ通うことを前提に設計されてきた。

しかし、すべての患者が簡単に施設へ通えるわけではない。

遠方に住んでいる患者。
仕事や育児で通院が難しい患者。
体力的に移動が負担になる患者。
家族の付き添いが必要な患者。

こうした患者にとって、治験に参加すること自体が大きな負担になる。

つまり、参加したい気持ちがあっても、現実的に参加できない患者がいる。

これは地理的な問題であると同時に、試験デザインの問題でもある。


「試験が患者のところへ来る」という発想の転換

では、この問題に対して、製薬業界は何をしているのか。

中心にあるのは、発想の転換だ。

従来の治験は、基本的に

患者が施設へ行く

モデルだった。

しかし、いま広がっているのは、その逆である。

試験が患者のところへやってくる

という考え方だ。

この壁を越えるために、業界では大きく四つの取り組みが進んでいる。


① 分散型臨床試験(DCT)

一つ目は、分散型臨床試験(Decentralized Clinical Trial:DCT)である。

DCTでは、患者がすべての検査や診察のために施設へ行くのではなく、自宅や地域の医療機関から試験に参加できるようにする。

たとえば、

  • 服薬状況やバイタルデータをスマートフォンやウェアラブルデバイスで記録する

  • 診察の一部をビデオ通話で行う

  • 採血キットを自宅に郵送する

  • 一部の検査を近隣施設で実施する

といった方法がある。

ただし、DCTといっても、すべてを自宅で完結させるわけではない。重要な検査や安全性確認は医療機関で行い、それ以外の一部をリモート化する「ハイブリッド型」が現実的な形になることも多い。

DCTによって、地理的に遠い患者や、通院が難しい患者も試験に参加しやすくなる。これまで治験から事実上排除されていた患者層に、リーチできる可能性が広がっている。


② デジタル広告と疾患コミュニティ

二つ目は、患者に治験の存在を届ける取り組みである。

これまで治験の情報は、主に医療機関を通じて患者に伝わっていた。
しかし、そのルートだけでは、すべての患者に情報が届くとは限らない。

海外では、SNS広告、検索広告、患者向け疾患コミュニティサイトなどを通じて、治験情報を患者に直接届ける動きが広がっている。

日本でも、jRCTなどを通じて患者が治験情報を検索できる仕組みがあり、製薬企業のウェブサイト、患者団体、疾患情報サイトなどを通じた情報提供も行われている。

ただし、日本では未承認薬の広告規制との関係もあり、治験情報の伝え方には慎重さが求められる。

重要なのは、患者に参加を強く促すことではない。
患者が自分で情報を見つけられるようにすること。
自分の病気に関連する治験を検索できるようにすること。
疾患コミュニティなどを通じて、治験の存在に気づけるようにすること。

こうした仕組みによって、患者と治験の距離を縮めようとしている。


③ EHRとAIを使った患者マッチング

三つ目は、電子カルテ(EHR)やリアルワールドデータ、AIを活用した患者マッチングである。

治験の適格基準は複雑だ。

年齢、診断名、検査値、治療歴、合併症、服薬状況など、さまざまな条件を確認しなければならない。

これを医師や治験スタッフが手作業で行うには限界がある。

そこで、電子カルテやレセプト、検査データなどを活用し、治験に合う可能性のある患者がどの施設に多くいるのか、あるいは施設内でどの患者が候補になり得るのかを見つける取り組みが進んでいる。

これは、製薬企業が患者に直接連絡するというより、治験施設の選定や、医療機関内での候補患者の発見を支援する仕組みと考えるとわかりやすい。

海外では、リアルワールドデータを使って、対象患者が多そうな施設を選び、そこから候補患者のスクリーニングにつなげる取り組みが広がっている。日本でも、医療データ会社や医療機関ネットワークを活用した施設選定・患者リクルート支援が行われている。

もちろん、プライバシーや個人情報保護への配慮は欠かせない。
最終的に患者に治験を説明し、参加を検討してもらうのは、医師や医療機関の役割である。

それでも、EHRやAIを使った患者マッチングは、治験に合う患者を見つける精度とスピードを高める重要な手段になりつつある。


④ 患者アドボカシーグループ(PAG)との連携

四つ目は、患者アドボカシーグループ(Patient Advocacy Group:PAG)との連携だ。

特に希少疾患では、PAGの存在が大きい。

同じ疾患を持つ患者や家族のコミュニティは、患者の実態や困りごとを深く理解している。
患者レジストリを持っていることもある。
そして何より、患者コミュニティから信頼されている。

製薬企業がPAGと早い段階から連携できれば、試験設計や募集方法を患者にとって現実的なものに近づけられる。

逆に、PAGとの関係を軽視すると、コミュニティ内に試験への不信感が広がり、募集が難航することもある。

希少疾患領域では、PAGの理解と協力が、試験の成否を左右することがある。


業界全体でも標準化が進んでいる

患者募集や試験運営の非効率は、個社だけでは解きにくい課題であり、業界横断で標準化や効率化を進める動きもある。

たとえば、Pfizer、Roche、Novartis、武田薬品など大手製薬企業が参加するTransCelerate BioPharmaは、臨床試験の効率化や標準化を業界横断で進めている。


患者募集は試験デザインそのものだ

患者募集を「試験が始まってから考えること」と捉える企業は、失敗しやすい。

過去の記事で見たように、Phase 3では

どの患者を対象にするのか

が重要だった。

しかし、この問いは承認後の市場規模を決めるだけではない。

その患者を、実際に集められるのか

という実現可能性ともセットで考えなければならない。

包含・除外基準が厳しすぎれば、科学的な精度は上がるかもしれない。
しかし、患者が集まらなければ試験は進まない。

一方で、基準を緩めすぎれば患者は集まりやすくなる。
しかし、患者背景がばらつき、薬の効果のシグナルが見えにくくなるかもしれない。

つまり、患者募集は単なる運用の問題ではない。

科学的な厳密さと、現場での実現可能性のバランスをどう取るか。
この判断は、試験設計の段階から始まっている。

製薬業界のデジタル化という話題が出るとき、AIやビッグデータの活用として語られることが多い。

その多くは、

患者が集まらない

という根本問題を解決するためにも使われている。

DCT。
EHRマッチング。
患者レジストリ。
eConsent。
患者コミュニティとの連携。

こうした取り組みが急速に進んでいる背景には、多くの試験が患者募集で遅れるという産業的な現実がある。

薬を開発するとは、分子を設計することであり、統計を設計することでもある。

しかし最後に問われるのは、

現実の患者を、一人ひとり試験に招き入れられるか

である。

その部分が、最も難しく、いま業界が本気で取り組んでいる課題でもある。


おわりに

患者が集まらなければ、試験は遅れる。
試験が遅れれば、承認も遅れる。
承認が遅れれば、その分だけ開発費は増え、売上機会も失われる。

こうした壁を越えるために、DCT、EHRマッチング、患者レジストリ、PAGとの連携など、さまざまな取り組みが進んでいる。

患者募集は、試験が始まってから慌てて考えるものではない。
試験デザインの段階から組み込むべき、臨床開発の中核である。

患者の壁を越え、試験が完走したとする。

しかし、それで終わりではない。

臨床データが揃っても、承認申請には「この薬を、どう作るか」という別の関門が待っている。

次回は、CMC——製造という、承認を左右するもう一つのリスクを見ていく。


注記

本記事は、公開情報・規制資料・AIを活用したリサーチをもとに、筆者が内容を確認・編集して整理したものです。筆者は臨床開発の実務担当者ではないため、実際の運用は企業・国・試験内容・疾患領域によって異なる点にご留意ください。


参考資料

  • McKinsey & Company(2024)"Accelerating clinical trials to improve biopharma R&D productivity" — Phase 3試験における登録患者数の減少トレンド、患者・施設エンゲージメント、AIを活用した施設選定

  • Desai M.(2020)"Recruitment and retention of participants in clinical studies: Critical issues and challenges" Perspectives in Clinical Research — 患者募集・患者維持の課題

  • Kasenda et al.(2014)"Prevalence, Characteristics, and Publication of Discontinued Randomized Trials" JAMA — 中止RCTにおける募集不良の重要性

  • Alturki et al.(2017)"Premature trial discontinuation often not accurately reflected in registries" Journal of Clinical Epidemiology — 公表された中止RCTにおけるslow recruitmentの割合

  • National Academies Press(2010)"Transforming Clinical Research in the United States" — がん臨床試験における患者参加率、最低登録数未達、患者参加の障壁

  • FDA(2024)"Conducting Clinical Trials With Decentralized Elements" — 分散型要素を含む臨床試験に関するガイダンス

  • JPMA「How to Find a Clinical Trial - jRCT's Guide」— 日本における治験情報検索と患者向け情報提供

  • TransCelerate BioPharma — 臨床試験プロセスの標準化・効率化に関する業界横断の取り組み

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