エドワード・アデルソンのだまし絵と整形外科
上の図はアメリカ・マサチューセッツ工科大学のエドワード・アデルソン教授により発表された錯視図形です。タイルAとタイルBを比べてみてください。Aはチェッカーボードの黒いタイル、Bは白いタイルに見えます。つまり、AとBの色はあきらかに違って見えますよね。でも実は、このAとBの色は全く同じ色なのです。脳が勘違いをしてしまっているのです。
Adelson, E. H. (1993). Perceptual organization and the judgment of brightness. Science, 62, 2042-2044.
今日、整形外科の医局でドクター同士が話をしているのを聞いていました。患者さんはとても痛みを訴えているのだけれども、その痛みの原因が分からず、結局そのドクターの一人は患者さんに寄り添うことしかできない、と嘆いていました。痛みを取り除くことができない、と。
整形外科医が、整形外科の知識や技術を使って患者さんの痛みを取り除くことができるケースはかなり限られています。たとえば、変形性股関節症に対する人工股関節置換術は多くの患者さんの痛みをほとんど取り除くことができる素晴らしい治療法です。しかし、そのような数少ない素晴らしい技術をもってしても術後に慢性疼痛が残るケースが少ない日本でも5%程度あるという報告を以前にご紹介させていただきました。
上記のような手術までしなくても良くなってしまう痛み、いわゆる急性痛のほとんどはおそらくドクターが介入しなくても自然によくなる痛みがほとんどですが、痛みが自然に良くなるまでの期間を少し楽に過ごせるようにお薬や注射や物理療法などが功を奏することはあります。ただ、その場合にも「痛みとは」あるいは「何で痛いのか」の考え方の一つでも患者さんにお話しし、それを知ってもらうことも痛みの治療に有用だという報告も以前にご紹介させて頂きました。
それでも痛い慢性疼痛、これが存在するのが現実です。そして、この慢性疼痛、もともとあった痛みの「原因」がすでに無くなっているのに痛い、つまり、脳が勘違いをしてしまっている痛みが多く含まれていることが分かってきました。
「痛みとは」もともと、危険を知るためのシグナルです。痛みを感じるということは体や心に危険が迫っているという意味です。だから、それ以上危険にならないように痛みを感じるような動きを避けるように脳は考えます。痛みを感じるような動きを避け、次第にすべての動きを避ける。そうした不動化は痛みを悪化させ、(そのメカニズムには今は触れませんが)その不動化によって余計に痛みを感じるようになるので、余計動かなくなる。
危険を知らせるシグナルを侵害受容器が知覚し、神経などを通して脳に伝わり、脳がそれを痛みと解釈していたはずなのに、痛みを長く感じ続けてしまうことや上記のような悪循環が起こることで、もともとあった痛みの「原因」がすでに無くなっているのに脳が勘違いをして痛みを感じていると解釈し続けてしまうのが慢性疼痛(あるいは痛覚変調性疼痛など)の多くを占めているのではないかと思います。
さて、一番上の絵を思い出してください。あなたの脳は勘違いをして、タイルAはタイルBより黒いと解釈しています。AとBは同じ色だよ!って何度聞いてもそんな風には思えませんよね。
痛みの「原因」、正確には痛みとして解釈すべき侵害刺激はもうありませんよ!だから痛いはずないですよ!と何度も脳に訴えてもそれは修正できないと思います。すぐには。だって痛いと解釈しているのは脳だし、痛みとは脳の解釈だからです。侵害刺激の有無=痛みの有無ではないからです。
だから、誰が何と言おうとその人の脳が痛いと解釈していれば痛いんです。ただし、その痛みが存在しているのは事実だとしても、それは体や心に危険が迫っていることを意味する痛みとは違う痛みですよ。だから、それ以上危険にならないように動くのを避けなくても大丈夫ですよ。大丈夫な痛みですよ!そう言ってあげることは出来るかもしれません。
そう言っただけでも少し楽になってくれる患者さんもいらっしゃいますが、そこから少しずつ痛くてもできることを見つけて小さなことからやれること、やりたいことをやってみる。痛くてもできた、痛くても動けた、そうか危険が差し迫っているわけではないかもしれない、痛いんだけど動いていいのかも、やってみていいのかもしれない、そうやって少しずつ脳に、痛いって解釈してたけど少し違うのかも、と思わせられるようになれば、痛みも少しずつ減るかもしれません。
でもいいんです、痛み自体は減らなくても。
なぜなら、大丈夫な痛みなんですから。

