人を右と左に分ける3つの価値観 ―進化心理学からの視座―
400字詰め原稿用紙:約290枚相当
まえがき
※本記事では敬称を略させていただきました。
本記事は、憲法改正、安保法、原子力発電等をめぐり右派政党と左派政党による意見の対立が目立つ日本に対し、海外における政治研究の成果を照らし合わせてみることで日本の右派と左派の意見の相違が生まれる背景を深く理解し、それを乗り超えるための視座を提案することを目的としています。
類書として、ジョナサン・ハイト(社会心理学者)による『社会はなぜ左と右にわかれるのか―対立を超えるための道徳心理学』(紀伊國屋書店)がありますが、本記事の内容は主に、タイラー・コーエン(経済学者)に「ジョナサン・ハイトの次のステップ」として推薦されている未邦訳の書籍『Our Political Nature: The Evolutionary Origins of What Divides Us』の大枠を参考にしています。
『歴史の終わり』で有名なフランシス・フクヤマ(政治学者)にも絶賛されているこの書籍には、人々の政治的志向(右派か左派か)を分けているものとそれらの進化心理学的基盤に関する興味深い知見が豊富に含まれており、例えば人の持つ様々な価値観の中から政治的志向を決定するものを抽出すると、次の3つの価値観に集約できることを紹介しています。
1.部族主義(Tribalism)か否か
2.不平等に寛容か否か
3.人間の本性を競争的なものと捉えるか、協力的なものと捉えるか
『Our Political Nature』ではこれらに基づいて右派と左派の価値観や行動原理の違いを快刀乱麻に説明していくとともに、これらの価値観に進化心理学的なルーツがあることを解き明かしています。しかし、この書籍が未邦訳であるためか、このような深い洞察が日本ではなかなか知られていません。
『Our Political Nature』(2013年発行)の邦訳を待つということも考えましたが、何年待っても一向に出ないこと、また内容がやや専門的なうえに、日本に関する記載が少ないことから、日本の政党・人物・トピック・主張と絡め、わかりやすい説明を心がけた記事を書く意義があると考えるようになりました。
また、『Our Political Nature』には含まれていませんが、次のようなトピックも関連付けることができると考えていますので、本記事ではこれらも合わせて統一的に右派と左派の違いについて論じています。
・エマニュエル・トッドによる家族構造と政治的志向の関係に関する議論
・速水健朗によるフード左翼とフード右翼の議論
・ヴァルター・ベンヤミンによる暴力に関する議論
・ウィリアムズ症候群と左派に関する議論
・小林哲夫によるシニア左翼の議論
これらに加えて、私自身が関係すると判断したトピック(スポーツや芸術との関係、人を左寄りにする薬、右派と左派のそれぞれの難点、民族的多様性による社会資本の腐食、ベストミックスの提案など)も盛り込んでいますので、やや詰め込み気味ですが、お付き合いいただけると幸いです。
第1章 人を右と左に分かつもの
米国における政治的対立
本論に入る前に、政治研究の盛んな米国における右派と左派による政治的対立について軽くおさらいしておきましょう。皆さんご存知の通り、米国では共和党が右派で、政府の介入を最小限にとどめる「小さな政府」を基本理念としているのに対して、左派の民主党は環境問題、人権問題、福祉などに積極的で「大きな政府」を志向しています。そして、この二つの政党が政権を奪い合う二大政党制によって、米国の政治は政権交代のたびに左右に揺れ動いてきました。
ただし、過去にさかのぼるとそのような整理が成り立たなくなります。例えば、ひと昔前にはこの二大政党の立場が逆でした。当初、共和党は左派の革新政党で、初期の中心人物には奴隷解放を唱えたことで有名なあのリンカーンがいました。つまり、強い連邦政府に反対する政党が共和党で、強い連邦政府に賛成する政党が民主党だったのです。
しかし、1930年代に民主党のルーズヴェルト大統領が、公共福祉の充実など社会主義に近い要素のあるニューディール政策を打ち出すことで、恐慌が生んだ膨大な失業者を救済してから、両党の立場が入れ替わります。このニューディール政策以降、巨大公共支出と政府の積極的な市場経済への介入が民主党の主張の根底になりました。戦後になっても民主党は、ケネディ、ジョンソン両大統領の下、人種差別を禁止する公民権法(1964年)を成立させることでマイノリティの支持も取り付け、左派政党としての地位を確固たるものとしていきます。
共和党と民主党が広く連合していた1970年以前には、民主党=左派、共和党=右派というような明確な整理は成り立ちませんが、1980年代に南部が民主党支持から共和党支持へと切り替えてからは、両党がほぼ完全に左右に分かれるようになり現在に至っています。
日本における政治的対立
次に、日本における政治的対立を振り返っていきましょう。1955年(昭和30年)に自由民主党が議会の約3分の2の議席数を獲得して政権を握ったのに対して、野党の日本社会党が憲法改正阻止に必要な3分の1の議席数を獲得し、議会で対立する構図となりました。55年体制と呼ばれる構図の成立です。
この体制下では、戦前の伝統的価値観への回帰か(右派)、戦後民主主義的な近代的価値の擁護か(左派)という対立のもとで、伝統的価値観を有する層が保守政党である自民党を支持し、反伝統的価値(近代的価値)を有する層が革新政党の社会党・共産党を支持していました。
右派の自民党が安定して政権を獲得・維持し続けたことに対抗するため、左派は投票以外にも様々な運動を行ってきました。特に、1960年代から70年代にかけて日米安全保障条約改定の是非をめぐる「安保闘争」や「学生闘争」、さらに「ベトナム反戦運動」などのデモ活動が大規模に行われてきました。
ただ、与党側の右派も、投票以外の運動をしてこなかったわけではありません。1990年代後半以降になると、「新しい歴史教科書をつくる会」による歴史修正主義的な教科書採択運動や、「在日特権を許さない市民の会(在特会)」による排外主義運動なども行ってきています。
このように、とりわけ安全保障や外交について右派と左派は激しく対立してきました。自民党(右派)は日米の緊密な協力を推進する一方、日本社会党をはじめとする左派は中立と日米安全保障条約の破棄を主張してきました。これと関連して、自民党は本格的な軍隊を保有し、北東アジアの安全保障に積極的な役割を果たすことを目的として戦後憲法の改正、特に戦争の放棄と戦力の不所持を定める9条の改正を主張してきました。一方、社民党は平和憲法の擁護者としてこれに抗い続けており、現在でも自民党と左派政党(立憲民主党、共産党など)の対立として継続しています。
ところで、憲法9条を守ろうとする護憲派が左派で、「革新」や「リベラル」と呼ばれる一方、憲法を改正しようとしている右派が「保守」と呼ばれる状況は、立場が逆になっているようにも見えます。そこで、ここで一旦「保守と革新(リベラル)」、「右と左」のうちどちらの対立構図で日本の政治的対立を議論すればよいのかを検討したいと思います。
日本政治は「右」「左」ラベルで議論すべき
日本国民は「保守と革新(リベラル)」、「右と左」の対立構図についてどのように認識しているのでしょうか。この参考になるのが早稲田大学政治経済学術院・遠藤晶久研究所が2014年2月~3月に実施した「地域と市民生活に関する世論調査」です。これは、3410名を対象としたウェブ調査で、「保守的」「革新的」、「保守的」「リベラル」、「右」「左」という3組のイデオロギー・ラベルに対して、各政党の位置を回答者に尋ねています。この調査をもとに、回答者の年齢ごとに各政党を位置づけた平均値を図示したものが、図1―1から図1―3です。

マイナス5=革新的;5=保守的
図1-1.「保守的」「革新的」ラベルにおける各党のイデオロギー位置の認識(データ:地域と市民生活に関する世論調査)

マイナス5=リベラル;5=保守的
図1-2.「保守的」「リベラル」ラベルにおける各党のイデオロギー位置の認識(データ:地域と市民生活に関する世論調査)

マイナス5=左;5=右
図1-3.「右」「左」ラベルにおける各党のイデオロギー位置の認識(データ:地域と市民生活に関する世論調査)
図1―1、1―2では、数字が正で大きいほど保守的、数字が負で大きいほど革新的ないしリベラルとして、各党の「保守的」「革新的・リベラル」のイデオロギー位置の各年代における認識を表しています。この図から、高齢層(50代~60代)は共産党を最も革新的でリベラルな政党と見ているのに対して、若年層(20代~30代)は日本維新の会を最も革新的でリベラルな政党と見ていることがわかります。ちなみに日本維新の会は、2012年9月に新しく登場した政党で、「地方分権」や「市場競争の重視」といった政策を通じて現状を打破することを公約としており、既得権益に挑戦することを有権者にアピールしていました。そのため、若年層の目には「何かを保守するよりも変えることを目指す政党」として映り、「革新的」「リベラル」として解釈されたと考えられます。
一方、「右」「左」ラベルでの政党位置を見たものが図1―3で、数字が正で大きいほど右、数字が負で大きいほど左の政党として見られていることを表しています。この図では、先ほどのような世代間のねじれは見られません。すべての回答者が最も右寄りの政党として自民党を挙げており、その次に右寄りの政党を日本維新の会だと認識しています。そして言うまでもなく、最も左寄りとみなされたのはすべての世代で共産党でした。
次に、政治的対立を適切に見ることができるラベルを把握するために、自民党に好感情を持つ人が他のどの政党に好感情を持っているのかを見てみましょう。
東京大学の谷口将紀研究室が朝日新聞社と協力して、政治家や政党に対する有権者の好悪の感情を感情温度計で計測した調査(2016年参院選時)(注1)では、自民党や公明党に好感情を持つ人は、おおさか維新の会(日本維新の会の母体)にも好感情を持っていることがわかっています。それにも関わらず、「保守と革新(リベラル)」という対比では、改憲派で核武装に最も積極的な「日本維新の会」が自民党の対極に位置づけられてしまうのです(若年層だけからですが)。そのため「右」「左」ラベルが、全世代に誤解なく日本の政治ダイナミクスを議論できる最適なラベルであると考え、本記事では統一して、政治的志向を右と左で整理しながら、その背後に潜む価値観や進化心理学的背景について紹介していきます。ただし、米国における政治的対立を議論する際には、日本のようなねじれは見られませんので、「右」と「保守」、「左」と「リベラル」を同じ意味で使用しています。
政治的志向は25歳以降で安定し、ある程度遺伝的要因がある
米国における共和党と民主党の対立、日本における自民党と日本社会党をはじめとする左派政党の対立を振り返ってきましたが、このような政治的対立を引き起こす政治的志向は、14歳から脳が完全に成熟しきる25歳までの間に大方形成されることがわかっています(注2)。この思春期の最も多感な時期に起きた重要な経済的・社会的・政治的出来事がその後のその人の政治的志向を形成し、その後の人生にも長期的な影響を与えるのです。例えば、世界恐慌や第2次世界大戦の時期に育った世代は、経済的な安全や身の安全が脅威にさらされなくなっても、そのような安全を追求する物質主義的価値観を保持し続ける傾向にあることがわかっています(注3)。
思春期や青年期の環境と出来事によって形成された価値観は、その後の人生では比較的安定しています。例えば、政治的志向を30歳、40歳、50歳、60歳のときに尋ねた調査によって、その人の10年ごとの政治的志向の相関係数の平均が0.80と大変高いことがわかっています(注4)。これは、30歳以降になれば年齢を重ねても政治的志向は変化しにくく、極めて一貫していることを示しています。人は歳を重ねるにつれて保守的になるという俗説もありますが、政治学者のヤイール・ギッツァとアンドリュー・ゲルマンが20世紀の米国の有権者を対象に実施した分析でも、加齢とともに保守的な大統領に投票するようになるという傾向は見られないことが確認されています(注5)。
右と左のうち、どちらの政治的立場をとるようになるかについては、他のほとんどの性格特性と同様に遺伝します。海外での一卵性双生児と二卵性双生児の研究(注6)によれば政治的志向の40~60%は遺伝によって決まり、残りはさきほど触れたような環境的要因で決まることがわかっています。つまり環境的要因と遺伝的要因が大体半々ずつ関与していることになりますが、政治的志向の形成に関わる遺伝的要因とはいったいなんなのでしょうか。
政治的志向と関係する遺伝子と脳の部位
これを明らかにするために、シドニー大学のピーター・ハテミらが、1万3201人の遺伝情報を基に、人をリベラルと保守に分けている遺伝子の特定に挑みました(注7)。そしてDNA分析の結果、第4染色体、第9染色体、第2染色体、および第6染色体に政治的志向と有意な相関がある遺伝子を見つけたのです。このうち、最も可能性が高い遺伝子は、第4染色体で、これにはNARGI受容体という恐怖や不安に関わる遺伝子があります。次に可能性が高い第9染色体には、DBH受容体があり、これは、ドーパミンの放出と関係しています。このドーパミンは、新奇探索行動(いわゆる「新しいもの好き」)と深く関わっている神経伝達物質です。このように「新しいもの好き」で知的好奇心が強く、新しい経験に開かれている性格が左派と密接に関係していることは、第4章にて詳しく説明させていただきます。
リベラルと保守は遺伝子だけではなく、脳にも違いがあることを明らかにした研究もあります。この研究は、日本の神経科学者、金井良太が中心となって、イギリスの大学生90人を対象として実施したもので、それぞれに政治的信条について尋ね、「とても保守」から「とてもリベラル」までの5段階の中で自分を位置づけてもらった後に、MRIスキャンによって、脳の各部位の大きさを計測しました(注8)。
その結果、自身を保守と位置づけた学生は、自身をリベラルと位置づけた学生よりも大きな「右扁桃体」を持っていたのに対して、自身をリベラルだと自負する学生は保守を自負する学生よりも大きな「前部帯状回」を持っていることがわかりました。また、逆に脳のこれらの部位の大きさを見るだけで、その学生が「保守」か「とてもリベラル」かを72%の精度で言い当てることができたのです(ちなみにこの調査では自身を「とても保守」と認識している学生はいませんでした)。
自身を保守と位置づけた学生で大きかった扁桃体のおもな機能は恐怖信号を検知し感じることです。このため、右派は左派よりも安全保障を示唆するメッセージに反応しやすく、脅迫的な表情により敏感で反応しやすいことがわかっています(注8)。これは,さきほど触れた「NARGI受容体という恐怖や不安に関わる遺伝子が人をリベラルと保守に分けている遺伝子として最も可能性が高いものである」ということと合致します。
一方、自身をリベラルと位置づけた学生で大きかった前部帯状回は抑制や共感に関わる部位です。また、この前部帯状回は、「視点取得(相手の立場からものを見たらどう見えているのかを分析して理解する認知)」とも相関しており、これが左派の不平等への不寛容やよそものに対する差別的な考えを抑制し共感する基盤になっていると推測されます。
生命を脅かすような恐怖(テロや近隣国からの軍事的威嚇など)があると右派以外の人も恐怖に敏感になり右翼的なイデオロギーに共感したりそれを魅力的に感じるようになります。例えば、米国では2001年の同時多発テロの後、多くの人が保守側に転向したという調査結果が出ています(注9)。つまり、同時多発テロが引き起こした恐怖によって人々が保守側に引き寄せられたのです。
これは日本でも同様で、北朝鮮がミサイルを発射するたびに、国民の危機意識が煽られて右派政党の自民党が選挙で大勝したり、内閣支持率が回復するというような現象を引き起こしています。
政治的志向を最も精度良く予測できる右翼権威主義(RWA)指標
脳を検査しなくても、いくつかの設問に答えてもらうことでその人の政治的志向を把握できるものがあります。例えば、右翼権威主義(RWA)指標と呼ばれる指標では、右翼的な考えを表した設問と左翼的な考えを表した設問に回答してもらうことでその人の政治的志向を数値化します。その設問群とは例えば次のような趣旨のものです。
1.今日私たちの国で最悪の人々の一部は、私たちの旗を尊重しない人々であり、それは普通なら尊重されるべきだと思う。
2.高校や大学の学生たちは、慣習や伝統を批判することが奨励される*。
3.政府や宗教の適切な権威による判断は、私達の社会で人々の心に疑念を生み出そうと試みる騒がしい民衆扇動家に耳を傾けることよりも常に優れている。
4.無神論者や確立された宗教に反抗した人たちは、教会に定期的に通っている人たちと同じように疑いなく善良で高潔である*。
5.人々は聖書や他の古い伝統の形を取った宗教的指導にあまり注意を払うべきではなく、代わりに道徳的なものとそうでないものに関する基準を自身で発達させるべきである*。
6.ヌーディスト・キャンプには何も悪いことはない*。
7.婚前交渉には何も悪いことはない*。
8.性的道徳に関する事実のすべては、私達の道徳的基準を守るためには逸脱した集団やトラブルメーカー達を厳しく取り締まらなければならないということを示している。
9.謙虚さと性的な行動に関する役割の多くは単なる伝統的な慣習にすぎず、他の人々が従うものよりも優れているわけでも神聖であるわけでも必要なものでもない*。
10.扇動家や革命家が騒ぎを起こしている場合には、法律は慈悲なく施行されなければならない。
11.過激論者や逸脱者の権利を十分に保護することは重要である*。
12.独善的な「法と秩序の力」は、彼らが「急進的」で「無神論的」だと主張するほとんどのグループよりもはるかに私たちの国の自由を脅かしている*。
13.新しい考えは進歩的変革の源泉となることから、反対者は寛大さと開かれた心で待遇するのが最善である*。
14.今日、これほど多くのトラブルメーカーが社会に溢れているのは、親や他の権威が、旧式の体罰を忘れてしまったことが理由の一つであり、これは今だに人を適切に行動させるための最善の方法の一つである。
15.従順さと権威の尊重は、子供が学ぶべき最も重要な美徳である。
16.子供が慣習にとらわれなくなったり、権威に無礼になり始めたら、子供を普通の状態に戻すのが親の義務である。
17.父親が家族の長で、子どもたちは権威に自動的に従わなければならないと教わるような伝統的な家族構造は、すぐにでも取り除いたほうが良い。旧式のやり方には悪いところがたくさんある*。
18.この国では事態が進行しているため、トラブルメーカーや犯罪者、変質者を更生するための多くの強い薬が必要になる。
19.犯罪に関する事実と…近年の民衆暴動のすべては、私達の道徳的基準を守るためには、逸脱した集団やトラブルメーカー達を厳しく取り締まらなければならないということを示している。
ちなみに設問の最後にアスタリスクがある設問は、左翼的な考えを表したもので、これに「イエス」と答えると最終的に算出される数値(RWAスコア)が減ります。逆にそれ以外の設問は右翼的な考えを表したもので、これに「イエス」と答えた場合には、RWAスコアに加点される仕組みになっています。こうして、最終的に算出されたRWAスコアが大きい人ほど右翼的であり、小さい人ほど左翼的だと予測できるのです。
このRWAスコアは米国だけでなく、カナダやイスラエル、パレスチナでも、どんな人口統計学的変数(所得階層、性別、人種、宗教、社会経済的階級)や他の政治的志向を測るテストよりもはるかに精度良く右派政党と左派政党への投票を予測できることが確認されています(注10)。そして、これまでにも世界中の社会科学者によってテストの信頼性や妥当性が繰り返し確認されていきました(注11)。
このRWA指標の設問群は次の6つの価値観カテゴリーに分類することができます。
1. 自民族中心主義(設問1、2と関連)
2. 信心深さと集団的道徳(設問3~5と関連)
3. 性に対する寛容さ(設問6~9と関連)
4. 社会的権威と不平等(設問10~13と関連)
5. 家族的権威と不平等(設問14~17と関連)
6. 人間の本性に対する認識(設問18、19と関連)
このうち、1~3は「部族主義(Tribalism)」と呼ばれる価値観にまとめることができ、これによって自民族中心主義とゼノフィリア(よそもの好き)の対立や、信心深さと世俗主義の対立を見ることができます。また、4~5は、「不平等に関する寛容さ」にまとめることができ、これによって平等主義とヒエラルキーのどちらを尊重するかを見ることができます。6のカテゴリーは、人間の本性を競争的なものと見るか、協力的なものと見るかを測っており、設問18、19以外にも、「我が国を内側から毒している腐敗」や「こんな物騒な世の中に」といったフレーズの含まれた設問に同意しやすいかを見ることによって、その人の人間に対する捉え方を把握することができます。つまり、右と左の価値観の相違は次の3つに集約することができるのです。
1. 部族主義(Tribalism)か否か
2. 不平等に寛容か否か
3. 人間の本性を競争的なものと見るか、協力的なものと見るか
これら3つの価値観は独立なものではなく、相互に関係しあっています。例えば、人間の本性を協力的なものと考える人は「富める人は貧しい人に分け与えるべきだ」と考えたり、「よそものでも協力できる」と考える可能性があります。このような関係性についても、第2章以降で詳しく説明していく予定です。

右派と左派の価値観の相違を整理すると表1―1のようになります。右派は自民族中心主義的で、信心深く、性の規制に厳しい部族主義的な傾向にあり、左派はその対極の価値観を持っています。また、右派は人間の本性を競争的なものと捉え、「勝ち組と負け組ができるのは当たり前」と考えることから不平等に寛容です。これに対して、左派は人間の本性を協力的なものと捉え、不平等な状況では弱者への協力が必要だと考える傾向にあります。
ところで日本の場合にも、これら3つの価値観が自民党と左派政党のどちらに投票するかを決めているのでしょうか。それについても、第2章以降で詳しくお話ししますが日本の政争論点のうち、安全保障(先制攻撃、防衛力強化など)が人間の本性に関する認識に関わっており、排外主義や愛国主義が部族主義と関係しています。
不平等や格差については、与党である自民党が右派政党であるにも関わらず、不平等を是正する姿勢(同一労働同一賃金など)も手広く見せることで、左派からもかなりの支持を得ているために、日本ではあまり政争論点になりにくい背景があります。これについては、第3章で議論させていただきます。
第2章 人間の本性を競争的なものと捉えるか、協力的なものと捉えるか
社会を競争の場と捉える右派、協力の場と捉える左派
第1章で述べたとおり、左派は共感や視点取得に関わる前部帯状回が大きい傾向にありました。そのため、人の本性を協力的なものと捉える傾向にあります。これに対して右派は恐怖信号を検知し感じる扁桃体が大きい傾向にあったことから、世界を敵意と危険に満ちた弱肉強食の世界だと感じる傾向にあります。このため、人の本性を協力的なものではなく、競争的なものだと見なしやすいのです。右派は実際の世界にとどまらず、睡眠中も世界を危険な場所として認識することから悪夢を見やすいということが米国で報告されています(注1)。具体的には共和党の支持者は民主党の支持者と比べて約3倍も悪夢にうなされやすいのです。
世界を「人種同士が覇権を争っているゼロサム・ゲームの闘争の舞台」であると捉えていたヒトラーは演説や著作で自身の信条を展開する際に頻繁に自然淘汰や適者生存を引き合いに出していました。社会ダーウィニズムや遺伝学の影響を受けた彼は、人種によって知能や勇敢さ、誠実さ、強靭さ、道徳心などが異なると信じていたのです。また、劣った人種が滅びるのは自然の叡智の一部であり、優れた人種の才気や美徳は遺伝的な純粋さによって保持され、劣った人種との交雑によって劣化してしまうとも書いています。このような信念に基づいてユダヤ人やジプシー、スラヴ人、同性愛者の集団虐殺を推し進めていったのです。1928年のバイエルン、クルムバッハでの彼のスピーチにも社会ダーウィニズムの影響が見て取れます。
闘争の概念は、生命そのものと同じくらい古いものであり、他の生物が闘争によって滅びることで、生命が保存されているだけである…闘争では、より強く、より能力の高い者が勝ち、一方で、能力の低い弱い者が負ける…人間が生きているのは、人間性の原則によってではなく、動物の世界の上に自分自身を維持することができるからでもなく、もっぱら最も残忍な闘争の手段によってのみである(注2)。
右派は恐怖信号に敏感で恐怖を覚えやすいことから、社会に対しても悲観的な捉え方をする傾向にあります。そのため、社会の退廃をより感じやすく、世界や道徳が悪化していると捉えやすいのです。さきほどのRWAテストでも「我が国を内側から毒している腐敗」や「こんな物騒な世の中に」というフレーズの含まれた設問に右派が同意しやすかったのはこのためです。本当にそれらが悪化しているかということは別として、「保守」という政治的立場はこれまでの古き良き状態を維持し、このような悪化や退廃を食い止めることを目指してきました。
日本でも、これまで右派の文化人や活動家が日本社会の退廃を嘆いてきました。例えば、石原慎太郎元東京都知事は、敗戦から続いてきた平和によって、日本民族が堕落してしまったと語っています。米国に国防のほとんどを任せっきりにして、国民はひたすら金銭欲、物欲、性欲の三つの「我欲」ばかりを追い求めてやまないことを嘆き、東日本大震災は、そうした堕落した民族に対する天罰だと発言して世間を騒がせました。
もっと古い例でいえば、三島事件に参加した右翼活動家、古賀浩靖も石原慎太郎と同じような退廃を感じ、裁判で次のように陳述しています。
戦後、日本は経済大国になり、物質的には繁栄した反面、精神的には退廃しているのではないかと思う。思想の混迷の中で、個人的享楽、利己的な考えが先に立ち、民主主義の美名で日本人の精神をむしばんでいる。(中略)その傾向をさらに推し進めると、日本の歴史、文化、伝統を破壊する恐れがある(注3)。
二人の発言の背景には、かつての日本民族は堕落していなかったという認識があるようです。ともに戦前に日本人がもともと持っていた気質や精神を取り戻すべきであるという右派らしい価値観が垣間見えます。
これに対して左派は、脅威にやや鈍感なところがあります。例えば、左寄りの政治を行ってきた鳩山由紀夫元首相は2018年2月のプリンストン大学での講演で、中国脅威論を否定しています。また、南シナ海問題についても、「中国は排他的な海洋支配を考えているのではない」と持論を展開したうえで、「安倍晋三首相は最近『反中国』の発言を少し控えているが、『中国脅威論』を掲げていることで有名だ」と当時の安倍首相と中国脅威論を批判しています。
性悪説VS性善説
人間の本性を協力的なものと捉える見方と競争的なものと捉える見方は、哲学における性善説と性悪説の対立と深く関係しています。人間の本性が善なのか悪なのかについては、紀元前から西洋東洋問わず、様々な思想家によって論争が繰り広げられてきました。
西洋では、紀元前385年に生まれた古代ギリシャの哲学者、アリストテレスが性善説的な主張を展開し、人間は社会的存在であることを説きました。そして、「すべての共同体は人間の本性によって存在」し、それらは例外なく、なんらかの善を目指すと考えていました。
「すべてのポリス(国)は、われわれの見るところ、ある種の共同体である。そしてすべての共同体は、なんらかの善を目指してつくられている。(何故ならば、すべての人は自分たちが善いと思うもののためにこそ、あらゆることをなすのだからである)それゆえ、あらゆる共同体はなんらかの善を目指すのではあるが、すべてのなかで最もすぐれ、他のあらゆるものを包含している共同体こそが、あらゆる善のうちでも最もすぐれた善を、最高の仕方で目指すものであるということ、このことは明らかである。そして、この最もすぐれた共同体こそが、いわゆるポリス(国)、あるいはポリス的共同体なのである。」(アリストテレス、『政治学』より)
アリストテレスは私欲の存在を否定はしませんでしたが、人々は協力し合う傾向を持っており、社会政治的関係がすべての人に相互に利益をもたらすと考えていました。そして、各人が持っている利己心は、好ましくない社会的環境から生じるものであり、人間の本性にはないものであると捉えていました。
現代でも、ギリシャ系アメリカ人の社会学者、ニコラス・クリスタキスが同じような性善説を最新の研究成果を踏まえた著書『ブループリント:「よい未来」を築くための進化論と人類史』で展開しています。
クリスタキスは、私たちの遺伝子には、社会性一式(ソーシャル・スイート)が暗号化されており、一人ひとりが「善き社会をつくりあげるための進化的青写真(ブループリント)」を持っていると論じています。そして、発育不全な人間が標準的な人間生理学を例証しないように、資源不足に対応した極端な社会的仕組み(マンガイヤ島における食人や人身御供)は本質的な社会秩序を例証しないと考えています。
アリストテレスと同じ頃に東洋でも、儒教で孔子に次いで重要な人物とされる孟子が性善説を唱えています。彼は、「人間の本来の性質が善であるのは、ちょうど水が低い方へ流れるのと同じようなものだ。」と語っており、協力的で親切な感情は重力を感じるのと同じくらい自然なものであると説いています。このような善は、聖人でも小人(つまらない人)でも皆が備えている性質で、人が時として不善を行うのは、この善なる性質が外的な要因によって失われてしまうからだと考えたのです。そのため孟子は、「大徳の人と言われるほどの人物は、いつまでも赤子のような純真な心を失わずに持っているものだ。」、「学問の道は外にはない、ただ、その見失った本来の心を求めることである。」と説き、人間が赤ちゃんの時から宿している善を取り戻すことで、不善を正すことができると説いています。ドイツの詩人、ゲーテも「真の教養とは、再び取り戻された純真さに他ならない」という名言を残していることから、孟子に近い考えを持っていたのかもしれません。
また孟子は、人間の成長を植物に例え、人の持っている良い心(四端)の成長を促すことが重要だと論じました。その「四端」とは「惻隠」(他者を見ていたたまれなく思う心)・「羞悪」(不正や悪を憎む心)・「辞譲」(譲ってへりくだる心)・「是非」(正しいこととまちがっていることを判断する能力)と定義されており、これらを努力して成育させることで、それぞれ仁・義・礼・智という4つの徳に到達できると考えました。そして、邪な人がいるのは、この「四端」が生育する環境に恵まれなかったことが原因だと捉えていたのです。
この性善説に対して、性悪説を唱えて対抗したのが荀子です。彼は、「本来、人の性質は悪(弱いもの)であり、それが善になるのは人為の結果である。」と主張し、人間は本来利己的な存在で、強情に向かうと考えました。身体の満足と社会的特権の希求は人間にとって根深いものであり、皆が欲望を満たそうとすれば、殺し合いや奪い合いが生じて社会が混乱し窮乏するため、それらを抑え込むために法や政府が必要だと唱えたのです。そして、本性(悪)を後天的努力(学問を修める等)によって修正して善へと向かい、正しい礼を身に付けた君子を目指さなければならないと説きました。
荀子は高貴な者と一般人との間の身分的・経済的格差も正当化しています。身分的・経済的差別は、欲望の衝立(パーティション)となって欲望が衝突することを防止していると考え、これをなくせば万人同士の欲望が衝突し、社会に混乱や窮乏をもたらすだけであると主張しました。
西洋でも、紀元前430~400年頃に活躍したギリシャの修辞学者、トラシュマコスが性善説とは正反対の快楽主義的なモデルを唱えています。このモデルでは、利己心は生得的なもので、人は自然に個人の楽しみを追求するものだと考えます。そして、アリストテレスの主張のように協力的な気持ちから自然に共同体ができるのではなく、共同体から利己心の抑制を学ぶことでのみ人は協力的になると説きました。
こういった考えは、それから約2000年後の17世紀前半に活躍したイングランドの思想家、ホッブスの考えにも通底しています。彼も人間は生まれつき善良なのではなく、生まれつき自己中心的な快楽主義者だと考えます。そして、人間社会が「自然状態(国家や法の規則が何も無い状態)」になり、人々が自己保存のために限られた資源をめぐって衝突したらどうなるかを想像します。そんな人生は「孤独で、貧しく、卑劣で、残酷で、短いものになり」、「万人の万人に対する闘争状態になる」はずだというのです。そうならないために、暴力と絶対的権威を独占的に与えられた国家を作り、その法と制度の下で平和な状態を保証する必要があると考えました。余談ですが、哲学者のカントも「人間の本性が堕落していることは、さまざまな国のあいだで成り立っている節度ない関係にあからさまに示されている」と述べています。
性善説と性悪説の対立をざっくりと見てきましたが、このように人間の本性に対する考えが異なると社会的な影響をあまり受けていない幼い子どもに対する捉え方も正反対になります。左派は性善説に基づき、社会的影響をあまり受けていない幼児は、きっと純真で素直な性格だと解釈する傾向にあるのに対して、右派は性悪説から、幼児というのはもともとわがままで自分本位だと解釈する傾向にあります。カンボジアの極左勢力、クメール・ルージュのスローガンに「汚れていないのは、生まれたての赤ん坊だけだ」というものがありますが、このように左派は子どもが成長するにつれて社会から悪影響を受けることで利己性や攻撃性、欲望が発芽すると考えます。身近な例でいえば左派は、子供がジブリアニメで描かれるような無邪気で純真な存在であると思いやすく、右派は子供を「クレヨンしんちゃん」や「ちびまる子ちゃん」に出てくるような生意気で自分勝手な存在として思い描きやすいと言えるかもしれません。
ところで、性悪説では、「限られた資源をめぐって人々が争う」と考えていましたが、人間でも自己保存の欲求が十分に満たされれば、利己的な欲望が抑制され、性善説のいうように協力的な本性が発揮されることになるのでしょうか。その参考になりそうな例が人の近親種である、チンパンジーとボノボです。
ボノボとチンパンジーは、百万年前に分岐した近縁の猿で、ボノボは現在、中央アフリカ・コンゴ川の左岸の熱帯雨林にのみ生息しており、右岸に住んでいるチンパンジーとよく比較されることがあります。
チンパンジーの生息域は、食べ物が少ないために日頃から争いが絶えません。そこでは、メスや食べ物をめぐる争いが起きやすく、彼らはテリトリーを守ることに非常に敏感です。特に隣接する群れとは熾烈な敵対関係にあり,時には殺し合いの戦争に発展することもあります。このような事情のため、彼らは好戦的で、よそもの嫌いで、階層的なオス優位の父系社会を形成しています。つまり、チンパンジーの社会は性悪説的で、人間でいう右翼的な性格を備えているといえるでしょう。
一方、ボノボは比較的食べ物に困らない熱帯雨林に住んでいることから、協力的な性格を発展させてきました。個体間の闘争はチンパンジーと違ってほとんど観察されることはなく、個体間で緊張が高まると擬似的な交尾行動を行うことで衝突を回避します。彼らは、チンパンジーよりもよそもの好きで、バイ・セクシャルで、比較的平等で平和なメス優位の社会を形成しています。つまり、ボノボの社会は性善説的で、人間でいう左翼的な性格を備えているといえるでしょう。
比較的近くに住む近縁の猿がこれほど違うのは、やはり食べ物の豊富さが原因だと考えられています(注4)。ボノボは限られた資源をめぐって争うことが少ないために、競争的な本性よりも協力的な本性が選択的に発達してきたのでしょう。
戦争・平和に対する考え方の違い
左派は、人間の本性は協力的なものであり、もともと利己的な本能や邪悪な本能などないと捉え、戦争や争いは権力者の野心や誤解、近視眼、非理性的な熱情から生じる一種の病気であるとみなす傾向にあります。そのため、平和を実現するためには、本来必要のない軍備や軍事同盟を縮小したり、威嚇的な態度を減らし外交上のコミュニケーションを促進することが重要だと考えます。また、左派は慰安婦問題や戦争責任についても、謝罪することによって関係が改善すると考えます。
このような考え方は、近年でもメディアなどでよく目にすることがあります。例えば、2015年8月28日に学生団体「SEALDs」が主催する毎週金曜日の安保法案反対デモに参加した男子大学生が聴衆を前にマイクで次のように訴えています。
そんなに中国が戦争を仕掛けてくるというのであれば、そんなに韓国と外交がうまくいかないのであれば、アジアの玄関口に住む僕が、韓国人や中国人と話して、遊んで、酒を飲み交わし、もっともっと仲良くなってやります。
僕自身が抑止力になってやります。抑止力に武力なんて必要ない。絆が抑止力なんだって証明してやります。
軍備による抑止力よりもコミュニケーションを重視する彼らの価値観が垣間見える主張です。このような心理的背景があることから左派は軍拡競争的な思考や性悪説的な思考をしにくく、戦争を放棄した憲法9条を擁護するだけにとどまらず、自衛隊は違憲ですべての軍備を放棄すべきだと日本の非武装を主張することもあります。また、日本国内に米国の軍事基地を置かせる日米安保条約に反対し、朝鮮戦争、ベトナム戦争からイラク戦争に至るまであらゆる戦争に反対し、平和を訴えてきました。
例えば、1951年に日本が敗戦後の占領状態から脱して独立国家として認められるために、世界中の国々と再び講和条約を結ぶ際にも右と左で国論が二つに割れました。右派の吉田茂首相と自由党政府は、米国などの西側諸国のみと講和する条約に調印し、ソ連などの東側は無視することで、どちらの陣営に与するかを明確にしました(片側講和)。これと同時に日米安保条約が結ばれ、占領終了後も米軍に国土を提供することになったのです。これに対して、左派である社会党、共産党などは東側も敵視せず、双方と同時に講和条約を結ぶべきであると主張しました。また、安保条約などはどこの国とも結ばずに米軍には出ていってもらい、非武装永世中立国として出発すべきだと訴えたのです。なぜなら、もし東西冷戦が核戦争に発展したら、ソ連やチャイナの核ミサイルが米軍の不沈空母である日本の米軍基地を真っ先に破壊するために飛来すると考えたのです。このような核戦争に巻き込まれないためには、日米安保条約を解消し米軍に撤退してもらうしかありません。
その9年後の1960年に、岸信介内閣が米軍の日本防衛義務を明文化するために、安保条約を改定強化しようとすると、左派はこれを阻止するために大規模な反対運動(60年安保闘争)を展開しました。こうした根強い反対はありましたが、70年代までには、駐留米軍と小規模の自衛隊による安全保障という戦略(吉田ドクトリン)が国民的な合意として定着します。
ところで、左派が主張するように日本が非武装永世中立国として出発した場合に日本が侵略されたら、どのように対応するのでしょうか。その参考になるのが、日本を代表する経済学者の一人である森嶋通夫が展開した平和論です。彼は、月刊『文藝春秋』(79年7月号)に掲載された「新『新軍備計画論』」の中で次のように述べています。
万が一にもソ連が攻めて来た時には自衛隊は毅然として、秩序整然と降伏するより他ない。徹底抗戦して玉砕して、その後に猛り狂うたソ連軍が殺到して惨澹たる戦後を迎えるより、秩序ある威厳に満ちた降伏をして、その代り政治的自決権を獲得する方が、ずっと賢明だと私は考える。日本中さえ分裂しなければ、また一部の日本人が残りの日本人を拷問、酷使、虐待しなければ、ソ連圏の中に日本が落ちたとしても、立派な社会―たとえば関氏が信奉する社会民主主義の社会―を、完全にとはいえなくても少くとも曲りなりに、建設することは可能である。
のちに社会党委員長となる石橋政嗣はこの文章に感銘を受け、「われわれは一九四五年八月一五日に降伏した経験を持っているのです。あれは間違いだったと言う者がほとんどいないのも事実ではないでしょうか」と「無条件降伏」を前提とする非武装中立を唱えました(稲垣武『「悪魔祓い」の戦後史』文春文庫)。
最近でも左系芸能人の筆頭と目されている室井佑月がテレビで、「中国が攻めてきたら「そういう野蛮なことはやめてください」と毅然というべき」とコメントしています。やめてで済むなら自衛隊など必要ないと思うのですが、戦争になったら無条件降伏すればいいという主張や抗議すればいいという主張は、楽観的で性善説的な左派らしい考え方だといえるでしょう。日本から米軍基地を撤廃させたらどうなるかについて参考になるのがフィリピンの事例です。フィリピンは冷戦終結後、米軍基地を撤退させた途端にチャイナに周辺島嶼を侵略されています。
左派が戦争に対してこのように考えるのに対して、右派は「戦争をなくすために軍隊をなくそうというのは、犯罪をなくすために警察をなくそうというのと同じ倒錯である」と考えます。人間の本性を競争的なものと捉え、性悪説を支持する傾向にある右派は、戦争や犯罪は人間の本能に基づくごく自然なものだとみなす傾向にあります。そのため、平和を実現するためには侵略されないように軍備や軍事同盟を増強し、自国の抑止力を高めることが重要だと考えるのです。なかには、「一水会」のように核を含む武装自立を唱える団体もあるくらいです。また、慰安婦問題や戦争責任についても右派は謝罪して下手に出ることが、つけいる隙を与えることになり情勢を悪化させてしまうと考えます。
軍備や軍事同盟を増強し、自国の抑止力を高めることが平和につながるという右派の主張には根拠があります。国際政治学者のブルース・ラセットとジョン・オニールが1886年から1992年に渡る膨大な戦争データを基に実証分析を行った結果、有効な軍事同盟を結ぶことと、相対的な軍事力を増すことが戦争発生のリスクを低減させる効果があることを確認しているのです。その研究の集大成が2001年に出版された『Triangulating Peace: Democracy, Interdependence, and International Organizations』という書籍で、その171ページには、有効な軍事同盟を結ぶことで40%、相対的な軍事力が一定割合(標準偏差分)増すことで36%、戦争発生のリスクが減少することが示されています。
軍事同盟を結ぶことや、相対的な防衛力を高めて軍事力を均衡させることは、戦争を仕掛けようとしている国を思いとどまらせる効果、つまり抑止力として働くということです。例えば、安保関連法による集団的自衛権の行使はこの軍事同盟の強化に当たりますので、平和につながるということになります。これら以外の要素では、経済的依存関係が一定割合(標準偏差分、以下同じ)増すことで43%、民主主義の程度が一定割合増すことで33%、国際的組織への加入が一定割合増すことで24%、戦争発生のリスクが減少することも明らかにされています。
これまで見てきたような軍事・防衛・外交に対する日本の右派と左派の価値観の対立は、これまでの政党公約のテキスト分析でも専門家調査でも繰り返し確認されています。また、自身の政治的立場(右か左か)や政策争点に関わる質問に答えてもらったウェブ調査(2014年2月に実施)に基づく相関分析(注5)でも、政治的志向による軍事・防衛・外交に対する価値観の相違が顕著であることが確認されています。表2―1がその結果で、数値が正で値が大きいほど右と相関、値が負で大きいほど左と相関していることを表しています。

これを見れば、外交・安全保障政策争点(自衛隊の拡充、集団的自衛権、在日米軍の維持、国防軍の保持、憲法改正の発議要件、首相による靖国神社公式参拝)が軒並み右派の価値観と高い相関を示していることがわかると思います。
第1章で、思春期(14歳から25歳まで)の最も多感な時期に起きた重要な経済的・社会的・政治的出来事がその後のその人の政治的志向を形成し、その後の人生にも長期的な影響を与えることについて触れました。これが本当なら戦争とその後の惨状を経験した世代が戦争に反対する左派になりやすいと推測できます。
実際に、2015年の8月から9月に安保関連法案をめぐって国会前で行われた反対集会には、若い世代よりも60歳以上のシニアがはるかに多く集まっていたことが報告されています。同じことは反原発集会や沖縄・辺野古基地反対運動にも言えることで、これらの参加者もシニアが多数を占めていたことが報告されています。これを受けて、教育ジャーナリストの小林哲夫は彼らを「シニア左翼」と呼び、著書『シニア左翼とは何か』のなかで、その社会的背景や心理について論じています。
特に、彼らの平和思想の背景について次のように述べています。
戦争体験による平和思想
戦後派、1950年代、60年安保の3世代は直接、戦争を知っている。70代半ば以上で、空襲警報の響きや暗闇が炎で染まった赤い色を体験している。したがって戦後70年経っても、戦争の恐ろしさを忘れることはできず、そして、それを戦争をまったく知らない世代に伝えなければならないという考えを持っている。「戦争反対」というコールには熱く反応。戦争をしてはいけない、平和を築かなければならない、という意識が強く、憲法9条への思い入れは、シニア左翼6世代のなかではもっとも強い。(『シニア左翼とは何か』、193ページ)
戦争や戦後の混乱を体験した世代だからこそ若者に平和の尊さを説き、愛国心は戦争や徴兵制につながると考え、安倍政権に猛烈に反対してきたのでしょう。ただ、近年東アジアには、軍事力を膨張させ続ける独裁国家(チャイナ)がありますので、日本の左派が本当に平和を願うのであれば、日本が軍事力を高めたり、軍事同盟を強化・拡大することに反対すべきではありません。むしろ、チャイナや北朝鮮のような独裁国家の民主化運動を支援し、極東における戦争発生のリスクを下げることに注力すべきでしょう。
刑罰・銃規制に対する考え方の違い
犯罪についても同様で、左派は性善説に基づき、これを不合理なものだと捉えるのに対して、性悪説を信じている右派はこれを本能に基づく合理的な行為だと捉える傾向にあります。このことから左派は犯罪者を貧困や差別、疎外感、劣悪な家庭環境、身近にある銃、不十分な教育制度などのような「人を犯罪に関わるようにさせてしまった社会的な外的要因」の犠牲者であるとみなします。そのため、彼らに寛大な態度を取ったり、人を犯罪に関わるようにさせてしまった環境的要因を除去しようとします。
これに対して、右派は犯罪者の道徳心の弱さのような内的要因が犯罪の原因であると考えたり、罪を犯しても捕まらないと考えて行為に及んだと考えます。そのため、罰則を厳しくしたり、監視を厳しくするなど、「犯罪の抑止力」を高めることで犯罪を減らそうとします。第1章で述べたRWAテストでも、右派は「逸脱した集団やトラブルメーカー達を厳しく取り締まらなければならない」と考え「トラブルメーカーや犯罪者、変質者を更生するための多くの強い薬」を求めているのはこのためです。
このような価値観の違いは米国の各州を対象とした統計調査でも確認されています。これはカナダの心理学者、スティワート・マッキャンが行った調査で、米国の保守的な州では州内での殺人事件発生率、暴力犯罪発生率、非白人の割合が増えると死刑宣告や死刑執行が増えるのに対して、リベラルな州では逆に、これらが増えると死刑宣告や死刑執行が減ることが報告されています(注6)。つまり、右寄りの州は犯罪が増加すると処罰を厳しくして対処しようとするのに対して、左寄りの州は厳罰の方向に進まないということです。
銃犯罪とその規制も米国で右と左が対立するトピックになっていますが、これも軍事力に対して双方で意見が分かれるのと同じ心理的背景に基づいています。左派は、兵器や銃のようなものは、所有しているだけで使ってみたくなるために戦争や銃犯罪のリスクを増大させると考えます。つまり、その所持自体が、人に戦争や銃犯罪を誘発するような悪影響を与えると考え銃規制を訴えるのです。これに対して右派は「銃を所有していればそれが抑止力となって銃犯罪を防げる」と考えることから、銃規制には消極的です。
例えば、右寄りの政策や発言で有名なトランプ元大統領は南部フロリダ州の高校で17人が死亡した銃乱射事件を受けて、「校舎に銃を持った人がいれば、銃撃事件は起きない。彼ら(犯罪者)は臆病者だから、20%の教師が銃を持っていれば侵入しない」と発言しています。また、教師にボーナスを支給して訓練を受けさせることも提案しています。トランプ元大統領が学校での銃乱射事件を防止するための切り札とみる「武装教師」は、銃で反撃されることを恐れる「臆病者」に犯行を思いとどまらせる抑止効果を狙ったものであり、右派の考え方が顕著に現れた例であるといえるでしょう。
競争としてのスポーツ、協力が重要な芸術
著者の個人的な考えで恐縮ですが、スポーツのような競争的なものに関わっている人は保守、国粋、ナショナリズムの傾向がある一方、芸術のように協力が重要なものに関わっている人はリベラルで左翼的な傾向が強く、異国のものにも関心が高いことが多いように思います。例えば、スポーツの代表的な祭典であるオリンピックやワールドカップでは、応援席に国旗が溢れ国歌が鳴り渡る中、メダルやトロフィーの獲得競争が繰り広げられます。この光景を政治学者の片山杜秀は、次のように明哲に論じています。
これが平和の祭典か? オリンピックとは、ぼくの目には、ナショナリズムの祭典、諸国家が軍隊の代わりにスポーツ選手を動員して行う、疑似戦争イベントとしか映らない。(中略)ついこの前までのオリンピックに於ける、米ソ間の過激なメダル獲得競争。あれなんぞは、世界大戦の立派な代償行為になっていたのでは? 四年に一度の、死者の出ない疑似世界大戦。あれのおかげで、本物の戦争への欲望が発散され、現実の世界大戦が防げていたとしたら……。(『ゴジラと日の丸』、184ページ)
スポーツに関わる人のナショナリズム傾向が強いと私がしばしば実感するのは、観客の外国人選手に対する態度です。彼らに対する差別的な投稿や発言、ヤジなどがよくニュースで話題になることが多いのですが、こういった話を芸術の世界で聞くことは(少なくとも私は)ほとんどありません。例えば、オーケストラやバンドメンバー、美術団体に外国人がいたからといって彼らに観客の矛先が向くなんてことはほとんどないのではないでしょうか。そもそも、芸術では国や地域で競い合うということが少なく、むしろ海外のものを貪欲に吸収したり、コラボしたりすることが重要だとされています。
国際政治学者の三浦瑠麗が「日本のアーティストというのはほとんどが左翼である」と発言して物議を醸したように、協力を重んじる芸術家には左寄りの人が多い傾向にあります。それを象徴する名言を、米国を代表する指揮者兼作曲家であるバーンスタインが残しています。彼は、男性と必要以上に親密に振る舞うことが多かったため、妻に「もう男といちゃつくのはやめて!」と注意された際に次のように答えたそうです。
「なに言っているんだい? 芸術家ってのはホミンテルンなんだぜ」
ちなみにこの「ホミンテルン」とは、彼がホモとコミンテルンを合わせて作った造語で、芸術家に同性愛者と共産主義者が多いということを喝破しています。
日本でも、映画監督では、宮崎駿、山田洋次、高畑勲、降旗康男、井筒和幸、山本晋也、大森宣彦、作曲家では、三枝成彰、池辺晋一郎、坂本龍一らが左翼的な発言を展開してきました。芸術家にも右翼的な考えを持った人がいないわけではありませんが、本記事の整理が正しければ、おそらく左派よりも競争的な作風・価値観の人が多いと推測されます。実際に、先程登場した、政治学者の片山杜秀が、著書『音盤考現学』のなかで、戦後を代表する保守主義の芸術家(三島由紀夫、福田恆存、石原慎太郎、黛敏郎)がみな共通してスピード狂であることを指摘しています。三島は自衛隊のジェット戦闘機に志願して乗り込み、そこでの音速体験を基に『F一〇四』を書いています。福田も芝居の演出家として俳優に台詞を素早く喋らせたがるスピード狂でした。石原は速度感あふれるボクシング小説やジャズ小説の書き手で、映画『接吻泥棒』では、役者の団令子と宝田明に速射銃のように台詞を喋らせ、自動車で疾走させた挙げ句、衝突事故を起こすというスピーディな映画の原作を書いています。これに急テンポのジャズ音楽を書いたのが黛で、彼の魅力的な楽曲はどれもたくましい速度感と結びついていました。ちなみに、黛は戦後日本のクラシック音楽の代表的な作曲家の一人であるだけでなく、近年、憲法改正運動や安倍政権とのつながりで注目を集める「日本会議」の設立にも深く関わっています。黛は、日本会議の前身団体である「日本を守る国民会議」と「日本を守る会」が大同団結し日本会議となる際に、二つの組織を束ねる上で重要な役割を果たしたキーパーソンで、日本会議の初代会長に就任する予定でしたが、発足直前にガンで他界しています。
このように名だたる保守主義者が揃いも揃ってスピード狂である理由について片山は自由主義・資本主義と結びつけて解釈しています。
三島らは日本を守るべきだと主張したのであり、その守るべき日本とはむろん、天皇のいる日本でもあるが、また自由主義・資本主義の日本、情報や商品が加速度的に流通し、日々絶え間なく変容してゆくスピーディな日本でもある。なら、保守主義者がスピード狂でもいいだろう。(『音盤考現学』、77~78ページ)
「右派は人の本性を競争的なものとして捉える」という事実を補助線とすることで、右翼とスピード、自由主義・資本主義の連結が徐々に浮かび上がってきました。
経済・資本主義に対する考え方の違い
そもそも右と左というラベルは伝統的に経済思想の対立と関連付けて論じられてきました。つまり、右派は資本主義やそれに伴う競争、個々人のインセンティヴを志向するのに対して、人の本性を協力的だと考える左派は平等を追求して富の再分配や国家の役割の増大を志向します。
極左は結果の平等を求めるあまり、競争自体にも反対することがあります。もともと資本主義は社会経済における進化論のようなもので、競争に伴う切磋琢磨、適者生存によって優れたものが生き残ることで製品やサービスの質が向上していくことを肯定するのですが、共産主義や社会主義のような極左はそうした競争原理自体を認めません。そのため、生産・流通・分配・金融を国家が統制し、経済を運営する「計画経済」と呼ばれる競争のない経済体制を採用していました。極左が利己主義的な資本主義を「諸悪の根源」と非難するのに対して、右派は社会主義的な経済のコントロールが競争の追求を妨害し、人々のモチベーションを奪うことで、効率の悪化や生産性の低下を招くとしてよくこれを批判しています。
競争を締め出し平等を追求した共産主義や社会主義とは反対に、競争を追求するのが「新自由主義」と呼ばれるイデオロギーです。これは、平等より自由や市場原理を重んじ、政府による個人や市場への介入は最低限とすべきと考え、小さな政府、規制緩和などを志向します。そのため税金はなるべく取らずに、経済は企業任せで、社会保障や福祉には消極的です。格差が生じてもそれは個人の責任だと考え弱肉強食を正当化することから、この価値観で経済政策を進めるようになった政党は右傾化したとみなすことができます。
日本では、2001年から2006年までの間に、自民党の小泉純一郎首相が「聖域なき構造改革」と称して、医療、介護、福祉、教育などの分野にまで競争原理を導入する新自由主義的構造改革を行いました。これにより公共事業や補助金は選別され縮小に向かい、郵政・道路公団等の民営化、「三位一体改革」による補助金カット、社会保障の縮減などが実施されました。また、雇用も自由な労働市場の秩序に委ねようとしたために、日雇い派遣労働者やワーキング・プアが増え、ネットカフェ難民やマック難民、雇用難民などをつくり出す結果となり、格差や貧困を深刻化させました。
ちなみに「反構造改革」のカラーを色濃くしていった民主党による政権交代が実現した2009年時点でも、競争主義の考えを持つ人は自民党を支持し、選挙でも自民党に投票する傾向がみられたことが確認されています(注7)。一方、民主党は競争よりも富の分配などの左派的価値観に基づく経済政策を志向しています。民主党の基本理念策定に関わり、代表代行に就任したこともある中野寛成は、98年5月12日の衆院本会議で、次のように述べています。
民主党が掲げる民主中道は、自由放任、弱肉強食に通ずる社会を目指す動きとは一線を画すものであります。私たちの経済政策も、市場原理を基本といたしますが、その前提として、あくまでも適正な富の配分、公正、透明な競争確保、環境との調和、完全雇用実現等に資するシステムの確立に最重点を置いております。
経済政策のうち、原子力発電所の利用推進・反対についても、日本では右派と左派が激しく対立してきました。右派は経済成長を優先する競争重視の姿勢で、大企業などの既存の権力に味方するため、国や産業界、電力会社が推進する中央集権的なエネルギーである原子力発電を推進する傾向にあります。実際に、表2―1で紹介した「政策争点態度と左右の自己位置の相関」でも、原発再稼働の相関は0.25と比較的大きく、右派ほどこれを支持する傾向にありました。2017年に実施された調査でも、自民党の安倍首相に対する評価に強い効果を確認できたのは「愛国主義」と「原発に対する意見(原発を利用し、経済成長を重視する価値観)」であることが確認されています(注8)。
これに対して左派は被災者などの弱者に共感するため、原発反対の姿勢を取ります。社会の一定の地域や集団(首都圏の住民、政府など)が、自らの都合や活動の結果生み出した環境負荷を引き受けずに、それを離れた別の地域や集団(作業員や近隣住民)に押し付けるような不平等な構図、いわゆる「環境負荷の外部転嫁」を左派は許しません。そのため、2013年と2017年に脱原発志向の規定要因を調べた調査でも、「反新自由主義」と「政治不信」が脱原発志向に強い影響を持つことが確認されています(注9)。
農業・食に対する考え方の違い
食や農業の分野で自由経済、市場原理に任せてしまうと規模の経済、つまり集約的・大量生産の方向に向かうことになります。それは「集約的な農業の生む自然破壊」や「家畜動物の不当な扱い」、「農薬や化学肥料、遺伝子組み換え食品の導入による食の安全性の危機」につながると、左派からよく槍玉に挙げられています。左派はこれとは反対の「小規模でのこだわりの農法」や「自然破壊に反対するエコロジー思想」を重視する傾向にあります。また、動物への共感から動物性の食べ物を嫌忌することもあります。
ライターの速水健朗は、著書『フード左翼とフード右翼 食で分断される日本人(朝日新書)』の中で、日本で食の消費傾向が政治意識と結びつくことで食の分断が起きつつあることを指摘しています。
左派は反農薬、反化学肥料、反大規模農業、反巨大バイオ企業、反ファーストフードを志向し、地産地消やベジタリアン、有機農業(オーガニック)、ローフーディズム(食材を極力生で摂取する食生活)、マイクロビオティック(動物性のものはあまり食べず、無農薬・自然農法の穀物や野菜を中心とした食生活)、スローフード運動(健康的で、環境に負荷を与えず、生産者が正当に評価される食文化を目指す社会運動)を支持する傾向にあるというのです。
一方、右派は産業化の進んだ食のユーザーであることから、一般のコンビニ、ファーストフード、ファミレスで流通する食品を好み、化学肥料や農薬、遺伝子組み換え食品をあまり気にしない傾向にあるということが、この書籍では紹介されています(表2―2)。

第3章 不平等に寛容か否か
右派は不平等に寛容、左派は平等を求めて行動する
第1章のRWAテストの設問群で見てきたように、右派は社会に古くから存在している伝統的な権威や家族構造を支持する傾向にある一方、左派は新しい考え方に寛容で、旧式の伝統的なやり方や既存の権力にも改善の余地があると考えます。そのため、右派は既存の権力や伝統に歯向かう扇動家や革命家、過激論者、逸脱者に厳しいのに対して、左派は彼らに寛容な態度を取ります。
このように左派と右派で価値観が分かれる背景には「不平等に関する寛容さ」があります。つまり、既存の権威や伝統的な家族構造が内包する不平等(世襲制や貴族制、身分制度、宗教的権威、皇室、家長制)に対して寛容で権威主義的な人が右派政党を支持し、これらに不寛容で平等主義的な人が左派政党を支持するということです。このような平等主義は当然経済政策にも反映されるため、左派は富の再分配や大きな政府を支持しますが、右派は平等よりも個人のインセンティブや自由、競争原理を重視し、貧困を「能力ややる気の無さなどに起因する自己責任によるもの」だと考えやすく、それによって勝ち組と負け組が分かれてしまうことをある程度許容します。
このように不平等に対する寛容さは、第2章で紹介した価値観(人間の本性を競争的なものと捉えるか、協力的なものと捉えるか)と密接に関係しており、左派は不平等な状況では弱者への協力が必要だと考えます。そのため、難民や移民、少数民族、病人、障害者、公害病の被害者、LGBT、動物などの社会的弱者の側に立ち、抑圧された人々の権利を勝ち取ることに力を注ぎます。
日本では、社会党や共産党が、不充分な社会保障や福祉、公害のような環境の悪化とその被害者、なお残る被差別部落への差別などの遠因を、資本主義や日本社会の遅れ(前近代性)に求め、その解決策として社会主義を主張してきました。左派があらゆる戦争に反対してきたのも、政府や軍部のような権力者の都合によって国民が戦場に駆り出され、生存権などの人権を侵害されるからに他なりません。原発や米軍基地問題に反対するのも、それが権力者の都合によって一般市民が負担を強いられているように見えるからでしょう。
企業のような権力者に搾取されている労働者に対しても、左派は常に弱者の側に立ち救済を叫んできました。日本では、社会主義、共産主義を標榜する政党が、「日本労働組合総評議会―社会党ブロック」や「全日本労働総同盟―民社党ブロック」のような連帯を形成し、労働者の利害や権利を代弁してきました。現在、日本の労働組合におけるナショナル・センター(全国中央組織)で最大のものは日本労働組合総連合会(連合)ですが、この連合の第一支持政党は立憲民主党で、選挙のときには同党の候補の応援をしたり、それぞれの組合活動で実績のある人を同党の候補として擁立したりすることがあります。
これに対して、右派政党は経営者などの権力者側に支持される傾向にあります。例えば、現代の米国の中小企業経営者は、民主党のような左派政党よりも圧倒的に右派の共和党を支持してます。その理由の一つは、自分たちの経営方針に関して、労働者やマイノリティ、消費者、環境の保護を名目に、政府にあれこれと指図されるのを嫌っているからです。
税金についても、右派は他国との競争力やインセンティブの観点から、法人税や高所得者への増税に反対し、大企業や資本家のような権力者の味方をします。これに対して、左派は消費税、住民税などの増税に反対し、庶民の生活を守ろうとします。
このような右と左の価値観の相違は、オバマ政権中に発生した2つの運動「ティーパーティー運動」と「ウォール街を占拠せよ」で顕著に現れました。
「ウォール街を占拠せよ」を合言葉としたアメリカ経済界、政界に対する左派の一連の抗議運動は、2011年9月17日から米国ニューヨーク市マンハッタン区のウォール街で発生しました。この運動の主催者たちは、高額所得者に対する税制優遇措置を廃止して、所得上位1%に集中する富を残りの99%に分配することで格差を是正することを訴えたのです。また、金融関連企業を代表とする企業減税の廃止も訴え、大企業や資本家のような権力者を槍玉に上げました。同時に、教育、医療、介護等の公共サービスに対する予算削減の阻止や平和の要求など左派らしい要求を掲げています。
一方、「ティーパーティー運動」は、右派がオバマ大統領の就任式の直後に始めた運動で、医療保険制度改革(オバマケア)などの「大きな政府」路線に対する抗議運動です。彼らは、自由な競争によって生じる社会的・経済的不平等よりも、自由市場における個人のインセンティヴを重視し、収入を平等にしようとする政府の介入に抗議しました。
ちなみに、米国にて行われた調査で、民主党支持者が共和党支持者に比べて5倍もウォール街占拠運動を支持することが確認されています(注1)。一方の共和党支持者は民主党支持者に比べて6倍もティーパーティー運動を支持することが別の調査で明らかにされています(注2)。
不平等に敏感になる薬
最近の研究で、ある薬を投与することで、人を不平等に敏感して左寄りの考え方にすることができるかもしれないことが報告されています(注3)。それは、パーキンソン病の薬である「トルカポン」で、これを投与された人は、経済的格差を気にするようになるというのです。
米国カリフォルニア大学バークレー校を中心とした研究グループは、18人の女性を含む35人の参加者に対して2回の別々の来院の際に、片方のグループにはトルカポンを、もう片方のグループにはニセ薬(プラセボ)を投与した後に、見知らぬ人との間でお金を分配し合う簡単な経済ゲームをしてもらいました。その結果、トルカポンを投与された人は、ニセ薬を投与された人よりも、見知らぬ人により公平で平等な方法でお金を分配するという変化が起きることが判明したのです。ちなみに、トルカポンは脳内麻薬の一種であるドーパミンの効果を延長させる薬で、快感や動機の気持ちに関係しているためにこのような心理的な変化が起こったのではないかと推測されています。
まだ、確定的なことは言えないかもしれませんが、格差の激しい国や地域で、高所得者に投与してみるとジニ係数(所得格差を表す代表的な指標)が改善するかもしれません。
平等に対する考え方の違い
そもそも右派と左派では、平等や公正(フェア)に関する考え方が異なるという話もあります。20世紀を代表する自由主義の思想家であり、経済学者のフリードリッヒ・ハイエクは、
「人間が生まれつき平等だと考えるのは正しくない。……もし彼らを平等に扱ったとしたら、その結果はその人の実際の位置に対して不平等になるにちがいない。……[したがって]平等な位置に置く唯一の方法は、さまざまな扱いをすることであろう。よって法の前の平等と実質的な平等は、異なるだけでなく、たがいに衝突する」
と書いており、哲学者のアイザイア・バーリンやカール・ポパー、ロバート・ノージックも同様の指摘をしています。
能力や才能が違う生徒に同じ教育を施したり、仕事上の成果や業績に関係なく平等な給料を支払うことは逆に、不平等だと右派は考えます。彼らは、平等に反対しているわけではなく、働きや能力に即した配分こそ平等でフェアだと考える傾向にあります。そして、怠け者や能力のない者を援助するために、勤勉で才能あふれる人々から税金や給料を横取りし、再配分することの方が不公正だと考えます。このように頑張って働いた分だけ、あるいは成功した分だけもらえるという「因果応報(比例配分)」を右派は重視し、人々が自分の努力に見合った利益を確実に手にする一方、働かざる者が分不相応な利益を得られないように配慮します。たとえば「一番よく働く社員が、最大の報酬を受け取るべきだと思いますか?」などといった道徳観に関する質問をすると、左派は否定こそしないものの、あいまいな態度を取ることが多いのに対して、右派は、たいがいその種の見方を熱心に支持します(注4)。
左派があいまいな態度を取るのは、比例配分としての公正が、彼らが重視する思いやりや、抑圧への抵抗、平等主義と衝突する場合があるからです。左派は、「因果応報(比例配分)」における報酬や仕事上での成功・失敗は、幸運や環境に大きく依存すると考え、富の偶然性を強調します。そのため、貧しい人たちや下層階級の中にも優れた人が埋もれており、彼らが差別や偏見などの社会的要因によって抑圧され、ケイパビリティ(潜在能力)を十分に発揮できていないと考えます。これらの社会的要因によって給料の安い仕事にしか就けないため、子どもに高等教育を受けさせることができずに、貧困の悪循環にハマっている人がたくさんいると感じているのです。下層階級の中にも優れた人がいるというのは事実で、これまでにもシェークスピア、フランクリン、パスツール、リンカーン、ファラデーなどの天才や偉人が下層階級から輩出されてきました。
結局のところ、大志ある人のインセンティヴを削ぐぐらいの平等社会ではなく、貧困層に転落した人たちのケイパビリティ(潜在能力)が台無しにならないぐらいのバランスのとれた社会が最も活力があるといえるのかもしれません。
男女の不平等
不平等に不寛容な左派の矛先が、男性支配的な文明と社会に向けられることがあります。これがフェミニズムで、これまでにも女性解放、男女平等、女性の権利拡大などを訴えてきました。事実、日本のフェミニズム運動は、明治末の「青鞜」から1970年前後のウーマン・リブまで、社会主義、共産主義、新左翼などの運動と人脈的にも深い関わりを持ちながら、ともに歩んできました。現代のフェミニズム陣営最大の知識人、上野千鶴子が「マルクス主義フェミニズム」の立場を打ち出しているのもその象徴といえるでしょう。
たとえば、現在、多くの先進国で定着している成人男女の普通選挙制度は、昔の左派が強く主張して実現したものです。これに対して、右翼思想家の代表ともいえる北一輝は『日本改造法案大綱』などで婦人参政権を否定していました。
最近の日本では、選択的夫婦別姓の導入をめぐって慎重な右派と積極的な左派の対立が見られました。日本では伝統的に、結婚した女性が男性側の姓に合わせて改姓することになっていますが、夫婦別姓が認められればそのような必要がありません。そのため、この制度は男女の平等をさらに推し進める試みであるといえるでしょう。
このテーマに関して、右派政党の自民党では保守派の根強い反対があるだけでなく、支持団体である神社本庁などの強い反対もあり国会での議論がなかなか進んでいないのが現状です。このような支持団体にアピールするために自民党は、民主党に政権交代していた時期の2010年の参院選の際に公約として夫婦別姓反対を打ち出していました。そして政権を取り戻した後も、安倍首相が夫婦別姓に反対ということもあったために議論は凍結され、2019年の参院選に向けた党首討論では、安倍首相が党首のなかでただ一人、夫婦別姓に賛成しませんでした。第2章の表2―1で紹介した「政策争点態度と左右の自己位置の相関」でも、夫婦別姓の相関はマイナス0.24と比較的大きく、右派ほどこれを支持しない傾向があることが確認できます。
これに対して、立憲民主党の枝野幸男代表は2021年1月20日の衆院代表質問で、選択的夫婦別姓の実現を強く訴えています。自民党内で賛否が分かれていることを念頭に置いて、関連法案の国会審議の際に所属議員の採決行動を縛る「党議拘束」を外して採決しよう、とも呼びかけていますが、菅義偉首相は対応の明言を控えています。
2021年6月に、最高裁判所が別姓を認めない現行法の規定を合憲と判断した際にも、党内で意見の分かれる自民党は意見集約を次期衆院選後に先送りしています。これに対して、立憲民主党の安住淳国対委員長は記者団に「自民党とわれわれの一番の違い。世界標準に改めることを総選挙で訴えたい」と話しており、次期衆院選で別姓推進を訴えることで自民党との対立軸を鮮明にする方針を表明しています。共産党の穀田恵二国対委員長も会見で「国会で壁になっているのは自民党の一部。理屈にならない理屈で反対している。時代錯誤だ」と指摘し、伝統的な家族構造に固執する自民党の慎重派を批判しています。
米国を見てみても、出産の際の女性の権利をめぐって右派と左派が対立してきました。右派は、「プロ・ライフ(命を支持)」の立場から「胎児の命を守れ」と人工妊娠中絶を否定するのに対して、左派は「プロ・チョイス(妊娠している女性の選択の自由を支持)」の立場に立ち、女性が産む産まないを自己決定する権利を優先して中絶を肯定しています。
また、女性の機会均等に関する政府の保証を支持する割合(図3―1)を見てみても、米国の左派の大多数は、女性の機会均等のための政府の支援を支持しているのに対して、右派の半数以上は男女平等に政府が介入することに否定的です(注5)。ちなみに、この調査では男女の意見に顕著な差は認められませんでした。

もっと視野を広くして世界各国の男女の不平等について調査・分析を行ったのが、オランダの政治学者ジョス・メールーンです。彼は84の国を対象に分析を行い、右翼的な権威主義国家ほど、男女の不平等が大きく女性の生殖能力を内部で管理しようとする傾向にあることを見出しました(注6)。このような権威主義国家は北アフリカや中東、南アジアに多く、政府はたくさんの男性を軍隊に従事させる必要があるために、女性は他のなによりも子ども(特に男の子)を産むことに専念させられます。合わせて、女性が外国人男性に惹かれたり、結婚相手を自分で選んだり離婚を選んだりする自由を制限します。その結果として、これらの国では早婚が多く出生率が高い水準にあります。
出産は女性側に大きな負担や犠牲を強いるのに対して、男性はほとんど負担なく自分の遺伝子を受け継いだ子孫を増やすことができます。そのため、一般的に男女の不平等が大きい国ほど出生率が高く、女性に多くの負担を背負わせる傾向にあります。逆に、女性の「産まない自由」を尊重するような男女の平等が進んだ国では出生率が低い水準となります。また、右翼的な権威主義国家は男女の婚姻が不平等な「一夫多妻制」を採用していることが多いこともあり、男性は妻の数に比例してたくさんの子どもを持つことができます。女性が外国人男性に惹かれるのを制限するのも、女性がよそものの子孫を残すのに利用されてしまうことを防ぎ、一夫多妻制のもとで着実に同族の子孫を増やそうとするためです。例えば、右翼的な権威主義国家であるサウジアラビアでは、女性が許可なく出国するのは違法とされており、女性が出国しようとすると彼女の保護者である男性のもとにテキストメッセージが届くSMS警告システムがあります(注7)。
このような国では、離婚する際にも男女の間に大きな不平等があります。例えば、インドに住むイスラム教徒のハナフィーの伝統では、男性はたった1分で離婚することができます。具体的には、二人の男性の証人の立ち会いのもと、3回「離婚」と唱えるだけで離婚が成立してしまうのです。このように離婚を言い渡された女性はたった3ヶ月分の扶養手当しか受け取る権利がありません。いくつかのスンニ派の伝統では、男性側からの離婚に、このような3回「離婚」と宣言することや証人すら必要としないものもあるくらいです。
女性側が離婚したい場合には、こうはいきません。シャリア(イスラム法)の下では、女性は男性のみによって運営されている宗教裁判所に離婚を申請しに行かなければなりません。ときには、彼女の夫の同意すら必要となる場合もあるのです。
自民党は反平等主義か
日本では、男女の不平等と関連した選択的夫婦別姓の導入のようなテーマで、右派政党と左派政党の対立がありましたが、経済的不平等に関してはそうともいえないようです。なぜなら、日本の有権者の政党への評価は経済における国家の役割の議論よりも、安全保障の議論と関連してきたことが世論調査分析によって示されているからです(注8)。実際に、政党公約を分析してみても、自民党と社民党の経済問題に関する位置は見分けがつかないことがほとんどであることが報告されています(注9)。経済政策が主要な論点になる欧米の民主主義国家とは異なり、日本は「経済政策が支持政党を規定する要因になりにくい」という例外的な特徴を持つということです。この理由については、政治学者の遠藤昌久とウィリー・ジョウが、著書の中で次の3つを挙げています。
第一に、戦後期においては、経済格差が比較的穏当であった時期が長く、経済のパイの拡大はその分け前がすべての層に行き渡ることを意味した。
第二に、「保守政党も革新政党も福祉サービスの拡大を主張し」、政府による経済への干渉について合意が存在したため、経済的な亀裂は発展しなかった(Otake 2000, 123; 樋渡 1995も参照)。
最後に、近年のグローバル化の進展は、自国経済をコントロールする国家の能力を弱体化させ、厳しさの増す予算制約を通じて、寛容な福祉政策の財政的基盤を侵食した。そのため、有権者は経済的困難を政治的に解決することを期待しなくなった(齋藤 2004,2-3)。(『イデオロギーと日本政治』、31ページ)
保守政党も革新政党も福祉サービスの拡大を主張し実現してきたことは事実で、たとえば自民党は保守政党でありながら、福祉国家を目指す岸信介首相の下で、国民皆保険、国民皆年金、最低賃金制度を次々と実現しました。さらに、田中角栄首相は1973年を「福祉元年」と位置づけて、70歳以上の高齢者の自己負担をなくす老人医療費無料制度の創設、高額療養費制度の導入、年金の給付水準の大幅な引き上げなど、社会保障の大幅な拡充に踏み切っています。
近年でも、安倍首相が企業収益の拡大を労働者の処遇改善に結び付けるために、経済団体に対して春闘の賃上げ率3%を「社会的要請」として求めるだけでなく、最低賃金の引き上げも押し進めました。2012年末の第二次安倍政権発足以降、最低賃金の上昇幅は、18年度までで合わせて125円になりますが、これは過去の歴代政権と比べても、かなり急激な引き上げ幅です。安倍首相が引き上げにこだわったのは、もちろん最低賃金法を成立させた祖父、岸信介首相の存在があったからでしょう。
当初の安倍政権(第一次安倍政権)は、小泉―竹中路線を継承し、財政緊縮路線をとることで「小さな政府」を志向していました。ところが、第二次安倍政権になると緊縮財政を放棄し、「異次元の金融緩和」をスタートさせ、「機動的な財政出動」によって経済成長を促すような「大きな政府」を志向する政策運営に転換しました。実際、アベノミクスを評価する海外の経済学者(ノーベル賞経済学者のジョセフ・スティグリッツやポール・クルーグマンら)は、筋金入りのリベラル派です。
安倍政権はこれにとどまらず「女性が活躍する社会」を目指し、「教育無償化」を掲げ、「同一労働同一賃金」を実現しました(2020年4月1日より施行)。「子どもを産んでもハンディキャップにならない社会をつくる」「すべての国民が高い教育を受けられる」「同じ仕事をしているのに待遇が異なる差別をなくす」というこれらの政策は言うまでもなく左派の政策です。このように、与党である自民党が右派政党であるにも関わらず、不平等を是正する姿勢も手広く見せるだけでなく、これらを徐々に実現することで左派からもかなりの支持を得る結果となり、現代でも経済的不平等が政争論点になりにくいのです。
このような状況について、マルクス経済学者の松尾匡教授は、取材で次のように述べています。
安倍さんが左翼の政策を奪ってやって、景気良くなって、失業率も下がった。自民党の支持率が上がり、選挙をやったら、勝っている。安倍さんがもっともやりたいのは憲法改正だろうが、そういう右翼的野望のために、欧米では左派と位置づけられる経済政策が道具に使われるのだと思うと、おそろしいと思う(『安倍晋三と社会主義』、187ページ)。
自民党が左派からもかなりの支持を受けているということは国際的に比較してみるとよくわかります。世界価値観調査(World Values Survey, WVS)のうち、第二次安倍政権だった時期の第6波(2010年から2014年)のデータで若者(39歳まで)に着目してみると、日本では左派の間ですら、3割近い有権者が自民党に投票すると回答しており、この割合は民主党に投票する割合とほぼ並んでいます。これに対して、米国では、左派の若者で共和党に投票する人は10%以下しかいません。二大政党制ではないオーストラリアでは、右派は「保守連合」、左派は「オーストラリア労働党」と「オーストラリア緑の党」という2つの選択肢がありますが、ここでも左派の若者は14%しか保守連合に投票しないことがわかっています。
政治的志向の背景には家族構造がある
ところで、世界を見渡してみると、親の相続の際に兄弟間で不平等がある地域とそうでない地域があることをご存知でしょうか。
たとえば、米国やイギリスのようなアングロサクソン国家では、親の財産は兄弟のなかの誰か一人に相続されますが、それは遺言に依拠しており、明確には決められていません。そのため、兄弟間の平等意識は希薄で相続をめぐる争いがよく起こります。また、結婚した男性は親とは同居せずに別居して別の核家族となるため、親の権威は永続的ではありません。このような家族構造は「絶対核家族」と呼ばれています。
ドイツや日本も兄弟間は不平等で、親の財産は兄弟の中の一人(多くは長男)のみに相続されます。次男以降と女子は相続に預かれないか、財産分与を受けて結婚後に家を出ます。一方、相続した子どもは両親と同居するのが原則です。このように親と同居する場合には、親の権威が永続的になりますので、親子関係は権威主義的になります。このような家族形態を取る地域が「直系家族」と呼ばれるグループを形成しており、ドイツや日本のほかには、オーストリア、スイス、スウェーデン、ノルウェー、ベルギー、チェコ、スコットランド、アイルランド、韓国などが含まれます。
これに対して、兄弟間で相続の分配が平等で、結婚後も兄弟が皆、両親と同居し大家族となる家族構造を「外婚制共同体家族」と呼びます。この家族形態では、父親の権力が強く、兄弟は結婚後もその権力に従います。父親が亡くなると財産が平等に分割されて、別々の家に住む形になります。ロシアやチャイナ、セルビア、ボスニア、ハンガリー、ブルガリア、マケドニア、ベトナム北部などの地域がこのような家族形態を取ります。
フランスの人類学者エマニュエル・トッドは、世界の家族構造を調べ、これらの家族類型とイデオロギーの間に相関があることを発見しました。具体的には、父親の強い権力のもとで、兄弟間の平等が実現されている外婚制共同体家族が支配的な社会では共産主義(政治的には極左)が優勢になりやすいのです。実際に、この家族形態が優勢な国が共産主義国家となるだけでなく、共産主義国家ではない西側諸国でも共産党の得票数の高い地域は外婚制共同体家族が存続していることが多いことがわかっています。たとえば、外婚制共同体家族が多いフランスの中央山塊地域では、共産党の得票数が突出して高い傾向にありました。また、イタリアのトスカーナ地方とローマからミラノ周辺は、外婚制共同体家族地域ですが、ここも共産党の得票数が非常に高いことがわかっており、特にトスカーナ地方は、「イタリア共産党」という当時のヨーロッパで最強の共産党の最も強力な支持基盤でした。
これに対して、親の権威が永続的でなく、兄弟間が不平等な絶対核家族では、個人主義的で、個人のお金儲けの自由や損得勘定、投資の自由などの考え方が優勢になりやすく、競争意識が活発になりやすいため、自由主義や資本主義(市場経済)、小さな政府、株主資本主義といった右寄りのイデオロギーが発達しやすいとトッドは指摘します。
また、権威主義的で兄弟間が不平等な「直系家族」は「縦型の権威主義」や「不平等主義」と結びつくことで、プロイセンや江戸時代の旧套墨守のような極端な保守主義、地域分権型の自民族中心主義に繋がります。そのため、自民族中心主義、ファシズム、会社資本主義などの右寄りのイデオロギーが優位になりやすいというのです。
以上を要約すると「兄弟間ですでに不平等があるような地域では、競争主義や権威主義などの右翼的なイデオロギーが発達しやすい一方、兄弟間での平等を尊重する地域では、左翼的なイデオロギーが優勢になりやすい」ということになります。このような指摘は、「不平等に寛容か否かが人を右と左に分ける」という本章における主題とすんなり整合します。
共産主義のモデルは平等だった原始社会
家族構造の話で、極左として共産主義が登場しましたが、このモデルとなったのが不平等の元凶である富が存在しない(と思われる)狩猟採集民社会です。マルクスとエンゲルスは、「人類はもともと富が存在しない平等な状態から始まり、その後、富が創造されたことで持つものと持たざるものに分かれた」と考え、狩猟採集民社会をヒントに「原始共産制」を考え出しました。つまり、原始人は狩りをして得た肉をみんなで平等に山分けしていたはずだ、と考えたのです。
しかし、最近の人類学者による調査によれば、狩猟採集民の社会は想像以上に不平等であることがわかっています(注10)。狩猟採集民の富(家、小舟、狩猟と採集の収穫物など)から彼らのジニ係数を算出するとその平均は0.33となり、2012年のアメリカの可処分所得のジニ係数とそれほど変わらない値になるというのです。このような研究報告は、進化心理学者スティーヴン・ピンカーの著書にある具体的なエピソードを読めばイメージしやすいでしょう。
定住している狩猟採集民の社会は明らかに不平等で、たとえばサーモン、ベリー類、毛皮動物などが豊富にとれるアメリカの太平洋岸北西部の先住民の場合は、世襲貴族が存在し、その貴族は奴隷や贅沢品を所有し、ポトラッチと呼ばれる盛大な儀式で贅沢な贈り物をすることで富を誇示する。また、非定住の狩猟採集民は確かに肉は分け合うが、植物性食物はあまり分け合わない。(中略)採集は努力しだいであって、見境なく平等に分けていたら手抜きをする仲間が出てくるので、植物性食物はそうしない(『21世紀の啓蒙 上』、198ページ)
平等を求めた結果、不平等な独裁国家に
モデルとした狩猟採集民社会はともかくとして、共産主義は平等な社会を実現できたのでしょうか。残念ながら、こちらも共産主義体制を維持することを優先してしまい左派本来の理念である平等を実現できていないことが多いようです。
たとえば、国連開発計画(UNDP)による人間開発報告書から世界各国における経済的不平等(ジニ係数)を見てみましょう。この報告書によれば、デンマークや日本、スウェーデンといった政治的に中道の民主主義国家のジニ係数はだいたい0.25程度で、格差問題がよく話題となる米国では1980年代中盤に0.34だったジニ係数が、2010年には0.41まで上昇しています。これに対して共産主義国を見てみると、たとえばベネズエラの2010年のジニ係数は0.43で、チャイナは1980年代中盤には0.28でしたが、2010年には0.47に跳ね上がっています。これらはどれも、格差で悪名の高い米国よりもひどい数値です。他の共産主義国を見渡してみても、ラオスで0.33、ベトナムで0.38と概ね高い水準にあります。
性的な平等についても、本来であれば共産主義国が先陣を切って採用すべきであるにも関わらず、未だに同性愛を認めようとしない国が多いのが実態です。
例えば、ロシアは同性愛に対する嫌悪感(ホモフォビア)が強く、ソ連時代には刑法典で「犯罪」と位置づけられており、ソ連が崩壊した2年後の1993年まで同性愛を犯罪とする条項が削除されませんでした。最近でも、同性愛を含む「非伝統的な性的関係」を喧伝することが児童の精神的発達に悪影響を与えるという理由により、サンクトペテルブルグ市、モスクワ市といった自治体で「非伝統的な性的関係のプロパガンダ」を禁止する条例が相次いで制定されています。2013年にはこれらが連邦法となり、ロシア全土に適用範囲が広がりました。
チャイナでも、ロシアと同じように同性愛が「犯罪」ないし「病気」とみなされてきた歴史があります。具体的には、1984年に流氓(りゅうぼう)罪が制定されたことで、男性同士の性行為が1997年になるまで犯罪とされてきました。また、チャイナの精神疾患の診断基準である「CCMD」の第二版(1989年発表)では、同性愛は治療を必要とする病気であるという内容が盛り込まれています。そしてこれは2001年の第三版で同性愛の一部が脱病理化されるまで続いていましたが、2019年の時点でも性自認と身体的な性が一致していない「トランスジェンダー」は病気とされています。
最近でも、政府当局が同性愛関係をはっきりと示す表現を規制しており、メディアは同性愛を扱うコンテンツを自主的に削除・検閲する傾向にあります。特に、英国のロックバンド「クイーン」の軌跡を描いた映画『ボヘミアン・ラプソディ』が、チャイナで公開された際には、ボーカルのフレディー・マーキュリーが同性愛者だったことなどが検閲され大きな批判を浴びました。具体的には、マーキュリーの性指向が示されている部分や「ゲイ」という単語が使われている部分だけでなく、クイーンのメンバー全員が女装している『ブレイク・フリー (自由への旅立ち)』のミュージックビデオのシーンも全てカットされたのです。
それだけでなく、マーキュリー役で主演男優賞を受賞したラミ・マレックのアカデミー賞授賞式でのスピーチの際に、動画配信サイトの芒果(マンゴー)TVが同性愛に言及した部分を検閲(「ゲイの男性」という言葉を「特別な集団」と置き換えて翻訳)して大きな批判を浴びています。
また、共産主義(極左)は本来ならば少数民族にも民族や宗教の壁を超えて平等の理念を適用しても良いのですが、そうはなっていません。次に列挙するように、共産主義の下で少数民族が二流市民かそれ以下の扱いを受けている例は枚挙にいとまがありません。
・スターリン時代のソ連におけるユダヤ人
・東側諸国における非ロシア人
・チャイナにおける漢民族以外の少数民族(チベット、ウイグル等)
・ベトナムにおける華僑と山岳民族
・チャウシェスク統治下のルーマニアにおけるハンガリー人
・中央ヨーロッパにおけるロマ人
共産主義国では、このような少数民族を迫害するだけでなく、彼らの文化や宗教の破壊も試みてきました。たとえば、ソ連ではイディッシュ語で書かれた文書が抑圧されていますし、チャイナでは文化大革命で、ウイグル族のコーランが焼却されています。このような国内の文化的・宗教的差異を均質にしようとする荒業が、団結した一枚岩の共産主義社会を形成するために実行されてきました。つまり、共産主義は文化や宗教の多様性よりも独裁体制を優先するということです。
もともとマルクスは社会主義、共産主義が実現するには「プロレタリア独裁」という過渡期を経ざるを得ないと主張し、一時的な独裁を肯定しています(マルクス『ゴータ綱領批判』)。左翼革命によって社会主義者、共産主義者が権力を掌握しても、複数政党制をそのまま維持していたら、資本家が支持する野党が躍進して政権交代を実現してしまう可能性があります。1970年に社会主義を目指したチリのアジェンデ大統領の人民連合がその実例で、複数政党制を維持した結果、反対勢力の伸長を抑えられず3年後に軍部のクーデターで壊滅させられています。このような事態を防ぐためには、共産党の指導者が全権を握り(民主集中制)、資本家側とみられる政党を禁止した体制、すなわちプロレタリア独裁を樹立しなければならないという理屈です。このプロレタリア独裁は一時的なものが想定されていましたが、実際には国内外に共産主義を嫌う人が多かったため、永続的なものとなりました。さらに、秘密警察によって政権に敵対的な人間や外国のスパイと見なされた人を取り締まり、次々と強制収容所に送るようになっていったのです。そして、裕福な人は、他の人から搾取してきた証拠であり、強欲・犯罪性の証拠だとみなされ平等主義の名のもとに数々の残虐行為が実行されてきました。ソ連ではブルジョア農民がレーニンやスターリンに殺され、チャイナの文化革命では、教師や旧地主、富裕な農民が侮辱され、拷問され、殺されました。クメール・ルージュ体制下のカンボジアでは、都市の住人や読み書きのできる専門職の人たちが酷使されたり死刑になったりしています。
これらの残虐行為と合わせて、国際的にもハンガリー動乱、多くの亡命者、中ソ紛争、チェコ事件、ポル・ポト政権と中華人民共和国のベトナム侵攻などが発生したこともあり、どう考えても戦後平和主義の左翼が味方と仰ぐような「平和勢力」でも「理想の社会主義国家」でもない現実が、60年代から70年代にかけて露呈してきました。
共産主義による経済的平等(ブルジョワジーとプロレタリアート間の階級闘争)の追求とは対照的な、「政治権力的な不平等に対する無頓着さ」に関連して、社会学者の竹内洋は著書の中で次のように述べています。
マルクス主義は古くなったとはいえ、マルクスの社会変動理論の骨格(構造的緊張理論)は、古びてはいない。社会主義国における共産党員と非共産党員の葛藤をも階級対立とみることさえできれば(『社会学の名著30』、54ページ)。
右翼的暴力と左翼的暴力
ドイツの思想家、ヴァルター・ベンヤミンは、ノーマルな暴力の形を次の二つに分類しています。第一の暴力は、ある秩序を守ろうとする暴力です。これはすでに出来上がった権威や力関係を保つために振るわれる暴力で、警察や自衛隊が行使するタイプの暴力が該当します。他にも軍事政権や独裁政権が体制を維持するために行使する暴力(天安門事件など)もこのタイプでしょう。
一方、第二の暴力は、ある秩序を壊し、新たな秩序を作り出そうとする暴力です。たとえば、国の転覆や改革を図る革命家が行使する暴力などはこのタイプだといえるでしょう。
このような暴力分類論を紹介したのは、私が第一の暴力が旧来の既存の権力を守るという性質を持つことから「右翼的暴力」であり、第二の暴力は既存の権威や階級を壊し理想社会を作ろうとすることから「左翼的暴力」として捉えることができると考えているからです。第一の暴力には当然、警察や司法が行使する処罰だけでなく、教師や親の権威を守るために振るわれる暴力や体罰も該当します。第2章で、右派ほどこういった処罰を厳しくすることで、犯罪を減らそうとすることを見てきましたが、体罰を肯定するか否かについても第1章のRWAテストで見ていました。「今日、これほど多くのトラブルメーカーが社会に溢れているのは、親や他の権威が、旧式の体罰を忘れてしまったことが理由の一つであり、これは今だに人を適切に行動させるための最善の方法の一つである」という設問ですが、これを右派が肯定する傾向にあることはすでに述べたとおりです。
この暴力に関する議論をヒーローに適用することで、世の中のヒーローを右翼と左翼に大きく分類することができるかもしれません。右翼的なヒーローとは、右翼的暴力を行使し、現状の社会体制、規範、社会秩序を保つために、秩序を乱す逸脱者を成敗します。これには、悪者や犯罪者をやっつける大抵のヒーローものが該当すると思います。また、哲学者のホッブスが提唱する、公権力が個人や集団から武装を取り上げ、暴力を独占し一元管理する事によって、秩序を維持しようとする国家論は、言い換えれば第二の暴力を無くし、第一の暴力に一元化することで秩序を維持しようとする考えだと解釈できるかもしれません。
これに対して、左翼的なヒーローとは、現状を改革することを目的として、帝国や大企業、政治家などの権力者の腐敗や悪政と戦うために左翼的暴力を行使します。これには、次のようなヒーローが該当するでしょう。
・エルサレム神殿を頂点とするユダヤ教体制を批判し、十字架に磔になって処刑されたナザレのイエス
・江戸幕府を倒すきっかけを作った坂本龍馬
・12世紀後半のイングランドで、ジョン王の悪政に抵抗したアウトロー集団のリーダー、ロビンフッド
・銀河帝国軍に反乱同盟軍とともに立ち向かうルーク・スカイウォーカー
右翼的ヒーローか左翼的ヒーローかを見分けるためには、その人物がその時の権力者と同調しているか対立しているかを見れば一目瞭然だと思います。
第4章 部族主義(Tribalism)か否か
よそもの嫌いな右派、よそもの好きな左派
人間の本性を競争的なものと捉える右派が、自己の概念を国家や同じ民族、内集団まで広げることで愛国主義や自民族中心主義、部族主義が生まれます。
第2章で、ヒトラーが世界を人種同士が覇権争いを繰り広げているゼロサム・ゲームの闘争の舞台であると捉えていましたが、このように国家や民族に対して進化論的な自然淘汰や適者生存のような競争的な考えを適用することで、自分と同じ側の人を応援する気持ち(内集団びいき)が生まれるのです。このような競争的な考え方では、「他国やよそものにも、自分たちより優れたものがある」ということはなかなか認めにくくなります。そのため、右派は他国の良いものを受け入れたり、よそものを認めることにどうしても抵抗があり、ゼノフォビア(よそもの嫌い)で内向きな自民族中心主義になりやすいのです。
第1章で軽く触れましたが、「部族主義」という概念は、「自民族中心主義」「信心深さ」「性に対する不寛容」の3つから構成されています。これらは互いに関連し、右派ほどこれを支持する傾向にあります。右派はゼノフォビア(よそ者嫌い)なので、所属する集団の中から婚姻相手を選ぶ同族結婚が主流になりがちです。ヒトラーが劣った人種との交雑によってゲルマン民族の優秀性が劣化してしまうと考え、アーリア人の優秀性を維持、回復させるためには、「血の選別」を行わなければならないと考えていたことはこれを象徴するものでしょう。
これに対して、左派は「ゼノフィリア(よそもの好き)」「世俗主義」「性に対する寛容さ」のような「非部族主義」的価値観を持っており、これらは言うまでもなく互いに関連しています。そのため、所属する集団よりも個人主義を重視し、外集団の価値も等しく見るため、外国のものを取り入れたり、外集団から婚姻相手を選ぶ族外結婚にも抵抗がありません。このように部族主義は、集団主義と個人主義、近親交配と遠親交配、愛国主義とコスモポリタニズムのバランスとも関連しています。
第1章のRWAテストでは、このような自民族中心主義傾向を見るために、自国の旗や伝統を尊重する価値観を見る設問が用意されていました。
1.今日私たちの国で最悪の人々の一部は、私たちの旗を尊重しない人々であり、それは普通なら尊重されるべきだと思う。
2.高校や大学の学生たちは、慣習や伝統を批判することが奨励される*。
最近の日本では、2021年に入ってから、右派政党の自民党の有志議員からなるグループが、日本の国旗(日章旗)を傷つける行為を罰する「国旗損壊罪」を新設するため、刑法改正案を国会に提出する方向で動いています。そのメンバーである高市早苗前総務相は、「諸外国では自国の国旗損壊に重い刑罰が科される。日本の名誉を守るには、外国国旗と日本国旗の損壊に関して同等の刑罰で対応することが重要」と主張しており、議員立法として国会での成立を目指しています。
自民党は、野党だった2012年にも「国旗損壊罪」を新設しようと改正案を提出していますが、そのときは廃案になっています。この原因の一つは、日の丸に対する損壊行為も「表現の自由」の一つであり、国家に忠誠を尽くすかどうかも「思想良心の自由」に関わるため、国家を批判することが自由にできなくなると考えた左派の抵抗があったからです。
国旗・国歌法が1999年に成立したときにも、左派は入学式や卒業式で、日の丸に向かって起立し君が代を歌うことを文科省などが求めたことに抵抗していましたが、これらも個人の自由を重んじる左派の個人主義と右派の愛国主義の対立が顕在化した事例と言えるでしょう。
誠実性が高い人ほど右派、開放性が高い人ほど左派
政治的志向はその人の性格とも密接に関わっています。その話をする前に、まずは人の性格を表す5つの因子、ビッグファイブについて紹介しておきましょう。
この5つの性格因子は、RWAテストで3つの価値観を抽出したのと同じように、様々な人に性格を尋ねるような設問に答えてもらい、それらを因子分析した結果、抽出されたものです。人の性格を尋ねるような質問として例えば、「旅行が好きだ」「友達が多い」「ギャンブルが好きだ」「インドア派ではなくアウトドア派だ」「美術館が好きだ」「新しいガジェットにはすぐに飛びつく」のような、性格に関連した何百もの様々な質問に対する回答を分析した結果、人の性格は、5つの潜在的な因子「外向性」「精神的安定性」「誠実性」「協調性」「開放性」に集約できることがわかったのです。
「外向性」は、社交性や明るさ、活動性、積極性を表しており、この因子が強いほど、その人の関心が自分の内的精神世界ではなく、外側に向けられている傾向にあります。
「精神的安定性」は、環境刺激やストレスに対する敏感さ、不安や緊張の強さを表しており、この因子が強いほど不安やイライラが起こりやすく、鬱になりやすい傾向にあります。
「誠実性」は、セルフコントロールや達成への意志、真面目さ、責任感の強さを表しており、この因子が強いほど計画性、責任感、勤勉性、忍耐力が強い傾向にあります。
「協調性」は相手への信頼、従順さ、共感、利他主義、思いやりがあるなどの特徴を表しており、この因子が強いほど、共感能力が高く他者への配慮ができる傾向にあります。
「開放性」は知的好奇心、新しいものへの親和性、幅広い興味、妄想力、審美眼の強さを表しており、この因子が強いほど新しいものや美しいもの、知的なものに惹かれやすい傾向にあります。いかにも芸術家に必要とされる性格特性だと言えるでしょう。
これらの5つの因子のなかでは、開放性と誠実性が政治的志向を強力に予測できることが様々な国(米国やオーストラリア、イタリア)を対象とした研究で明らかにされています(注1)。具体的には、左派は開放性が顕著に高く、料理でも音楽でもファッションでも、職業選択でも恋人選びでも、これまで経験したことのない「新しいもの」に惹かれ、多様性に関心が強い一方、誠実性が低く伝統的な社会規範にあまり固執しない傾向にあります。
これに対して、右派は開放性が低く伝統主義的で、外国人や海外のものに惹かれにくい一方、誠実性が高く家族の価値を重視し、強い義務感や責任感、公共心を持つ傾向にあります。
他の性格因子では、外向性が政治的志向とやや相関がありますが、開放性と誠実性ほど政治的志向を予測しません。
具体的な例として、米国における研究報告をご紹介しましょう。これは、心理学者のピーター・レントフローが、各州の約25万人の性格特性と収入に関するデータを集めて、1996年、2000年、2004年の3度の米国大統領選挙での投票行動との相関を調べた研究です(注2)。その結果が図4―1で、民主党の大統領候補は模様がある棒で、共和党の大統領候補はグレーの棒で示しています。

性格の5因子のうち、投票する大統領の政党との相関が顕著なのは、すでに述べたように開放性と誠実性で、他の因子では外向性がやや相関がありますが、図が煩雑になることからこの図では省略しています。図を見ると誠実性と世帯収入(の中央値)は、クリントンやゴアのような民主党の大統領候補への投票行動との相関を示す棒が下に伸びているのに対して、ブッシュなどの共和党大統領候補への投票行動を示す棒が上に伸びています。これは、誠実性と世帯収入が、右派政党支持と相関しており、左派政党支持とは逆相関していることを表しています。図からもわかるように、二つの性格因子の相関は、世帯収入と支持政党の相関を圧倒しています。例えば、開放性と投票する大統領の政党との相関と比べると、収入のそれの7倍もあるのです。
700人を超える子どもを対象とした別の追跡調査でも、4歳半のときに怖がりだった子どもほど、投票できる年齢(18歳)になったときに右派になりやすく、左派になりやすい子どもは、落ち着きがなく高い行動性を見せたことがわかっています(注3)。右派は恐怖信号に敏感であるという第1章で触れた議論とも整合しますが、左派になりやすい子供の落ち着きのなさや高い行動性は、開放性(知的好奇心、新しいものへの親和性、幅広い興味など)の高さと関連していることはいうまでもないでしょう。
他にも、韓国やウルグアイ、ベネズエラで開放性が高い人ほど政治的な反対運動に参加しやすい一方、誠実性が高い人ほどこのような反対運動に参加しない傾向にあることが報告されています(注4)。
開放性と左派の相関は、第二次世界大戦直後に行われた研究でも指摘されています。それは、1950年に精神科医のディビッド・レヴィーが、ドイツ社会からナチス・ドイツ時代の影響を除去し、ナチスが再び台頭しないための調査として実施した「非ナチ化」の研究です(注5)。レヴィーは、戦争が終わる前にナチスに参加しやすかった人と、反ナチス派になった人の相違点を入念に調べた結果、ファシズム下のドイツで、反ナチス派になる人を予測するには、「ゼノフィリア(よそもの好き)の特徴を持っているか否か」が最も強力な判断材料になることを明らかにしています。具体的には、反ナチス派は、ドイツ語ではない外国語で書かれた本をよく読み、海外旅行や海外滞在経験を多く持っていたことが判明したのです。これらはみな知的好奇心、新しいものへの親和性、幅広い興味と関連しており、反ナチス派の高い開放性が伺えます。
現代の米国でも同様で、ニューヨーク大学の心理学者ジョン・ジョストは、その人の政治的志向と寝室に置いてあるアイテムの間に著しい相関があることを発見しています(注6)。そのアイテムとは、旅行に関する本、お土産などの記念品、旅行のチケット、民族問題に関する本、世界地図、ワールド・ミュージックのCDであり、これらも開放性が高い人が好むような品々です。また、ジョストは逆に、右派は聞き慣れない音楽を嫌悪する傾向にあることも見出しています(注7)。
私事で恐縮ですが、著者の周りにいる友人を思い返してみても、パクチーが好きな人はほぼ例外なく左寄りです。音楽だけでなく、パクチーのような海外の癖のある食べ物にオープンかということも政治的志向と相関しているのではないかと疑っています。
米国ではリベラルな州(ブルー・ステイト)が、ニューヨーク、ボストン、ワシントンなどの東側と、ロサンゼルス、サンフランシスコ、シアトルなどの西側の沿岸部に分布しているのも、海が近いために様々な異文化・人種・国籍の人と接する機会が多く、多様性に対して寛容になりやすいことが一因としてあるのかもしれません。あるいは、地理的な要因で文化的に多様になった沿岸部に、開放性の高い人たちが惹かれて移住してきたのかもしれませんが、このようなリベラルな州の住民の新奇なものに対する強い好奇心が、イノベーションや新たな発見を産み出してきました。これらの州に有名な大学や企業、シリコンバレー、ハリウッドがあるのは偶然ではありません。これとは逆に、内陸にある州は、外国人と接する機会が少なく文化的な多様性も低いために、ほとんどが保守的な州(レッド・ステイト)になっています。
生まれ順や子供の有無が政治的志向に影響する
次にご紹介するのは、出生順位が性格に影響を及ぼし、第一子は右寄りになりやすく、第二子以降は左寄りになりやすいという報告です。これは、進化心理学者のフランク・J・サロウェイが、出生順位が性格に及ぼす影響を調べた研究で、家族の規模や社会経済的地位の影響を除外しても、両者の間には明らかな相関があったというのです(注8)。
この研究では、第一子は開放性が低く、協調的で伝統的であり、親とも親密である傾向があるのに対して、第二子以降は開放性が高く、反逆的で協調性がない傾向にあることが報告されています。具体的には、第一子に比べて第二子以降は、3倍も地球一周旅行をしていることがわかっており、このような冒険的な性格が開放性と関係があることは言うまでもありません。
また、第一子は誠実性が高く、勤勉で真面目、自制心と責任感があり、信頼できる傾向にあることも報告されています。このような性格的な違いから第一子は右派になりやすく、第二子以降は左派になりやすいのです。
サロウェイの計算(注9)によれば、第一子は第二子以降と比べて1.9倍も保守的な考え(優生学や神の意志による運命)を支持しやすいことがわかっています。また、第二子以降は、リベラルな考えを3.1倍支持する傾向にありますが、この考えに反対する第一子がいる場合には、この割合が7.3倍に跳ね上がることがわかっています。たとえば、18世紀と19世紀の科学者を調べてみると、第二子以降は第一子の9.7倍も進化論(当時のリベラルな考え)を支持しているのです。他にも、1860年から1996年の米国最高裁の裁判官を見てみると、共和党の大統領は第一子の裁判官を第二子以降の2倍も多く指名しているのに対して、民主党の大統領は第二子以降の裁判官を第一子の約2倍多く指名していることがわかっています(注10)。
サロウェイは長年に渡る膨大な研究を基に、第二子以降が第一子に比べて20~43%、リベラルな政治的態度(リベラルな候補者の支持、リベラルな社会運動への参加)を支持する傾向にあると見積もっています。
日本でも例えば、三島由紀夫が3人兄弟の長男ですし、石原慎太郎は皆さん御存知の通り国民的スターの裕次郎を弟に持つ第一子です。慎太郎は、父親が亡くなった後、一家の主となりましたが、その頃、弟の裕次郎がパーティーに興じたり、トラブルを起こして警官と衝突したりと自由奔放な生活を謳歌していました。慎太郎は厳格な父の役割を演じ、弟をしつけ、このような弟と友人達の無軌道な生活を創作の題材にして、中編小説『太陽の季節』を書き上げます。当時まだ一橋大学の三年生だった慎太郎は、この小説で1955年の芥川賞を受賞することになりました。
生まれ順が性格に影響を及ぼすメカニズムについては、このエピソードが象徴するように、第一子が幼い兄弟を世話するようになることで責任感を持つようになり、親の権威と自身を同一視するようになることが原因であると推測されています。このような家族内での役割によって誠実性のスコアが高まるというのです。これに対して、第二子以降は、体力的にも知力的にも敵わない第一子と衝突しないように差別化を図ろうとする傾向にあります。
また、ヨーロッパや日本で最も一般的な長子相続制では、相続は主に長子のみ行われ、第二子以降はこれから除外されています。こうすることで親の土地などが世代ごとに分割されて小さくなっていくことを防いでいるのです。こういった家族構造を取っている社会では、第一子は現状維持的になり、両親との良好な関係を求めます。一方、相続にあやかることができない第二子以降は、生き残るために関心を多角化させたり、リスクのある行動や反抗的な態度を取りやすくなります。これらが冒険的な性格や幅広い関心となり、開放性のスコアの上昇につながるのです。
第3章で、長子相続制を採用している絶対核家族や直系家族では、右翼的なイデオロギーが発達しやすいということをご紹介しましたが、長子相続制によって発生する相続の不平等が兄弟間に緊張を生み、人の本性を協力的なものではなく競争的と考えるようになるのかもしれません。
第一子が子育てに関わるようになることで、誠実性が高まり右寄りになるという話は親自身にも当てはまるというおもしろい報告があります。この研究では、心理学者のロバート・アルテマイヤーが、大学で心理学を学んだ71人の学生を追跡調査し、卒業した22歳時点と、その8年後の33歳になったときにRWAスコアを計測しています。その結果、33歳になった時点で子どもを持っていなかった23人の学生のRWAスコアは、ほとんど変化しなかったのに対して、子どものいた48人の学生はRWAスコアが平均で9.4%も上昇し、右寄りになったというのです(注11)。
これも長子と同じ理屈で、親としての責任感が発達し、家庭内でも権威的存在となる必要があるために誠実性のスコアが高まり、政治的に右寄りになったのかもしれませんが、政治心理学者のリチャード・アイバッハは、このような親の変化が「子どもを守るために恐怖信号に敏感になったこと」に起因していると考えています。つまり、子どもができて新しく親になると、か弱い子どもを世話するために危険信号に敏感になり、世界をより危険な場所だと認識するようになるというのです。アイバッハは、新しい親が、(たとえ、現実の犯罪率が劇的に下がっている場合でも)「世の中の犯罪率が上昇し、より物騒になった」と信じやすくなるという事実を挙げています(注12)。そして、このように世界を危険な場所だと認識するようになることが政治的に右の考え方と直結していることは第2章でご紹介したとおりです。
赤道に近づくほど自民族中心主義が増える
心理学者のロバート・マックレイは、世界中の36の地域を対象に、22万8千人のビッグファイブ(性格を表す5つの因子)を調べてみたところ、住んでいる地域が赤道に近い人ほど誠実性が高い一方、赤道からの遠い地域に住んでいる人ほど開放性が高いという傾向があることに気が付きました(注13)。つまり、赤道からの距離(緯度)が政治的志向を決める2つの性格因子と強い相関があったということです。このため、赤道に近づくにつれて、そこに住む住民はゼノフォビア(よそもの嫌い)になる傾向にあります。
アメリカの生物学者コリー・フィンチャーとランディ・ソーンヒルも、伝統的宗教の信者数、言語共同体の規模、「個人主義」対「集団主義」のバランスが、いずれも緯度と相関があることを報告しています(注14)。赤道付近に住む人々は小規模で、より内向きな結束の固い集団主義の共同体(つまり右寄りの共同体)を形成するのに対して、赤道から離れるにしたがって人々は大規模で、より外向きな個人主義の共同体(つまり左寄りの共同体)を形成するというのです。
フィンチャーとソーンヒルはその理由について次のように推理しました。現代の公衆衛生と医療が行き渡る前には、ヒトが病気にかかったり、亡くなってしまったり、不能・不妊になってしまったりする最大の原因はウィルス、バクテリア、原虫、蠕虫などの寄生生物だったはずです。よそものとなにかやりとりをすれば、新種の寄生生物に感染するリスクが高まることから、たんによそ者を避けるだけではなく、よそ者の食べもの・衣服・住居・動物などの寄生生物を伝達する恐れのあるものも避けた方が、無事に子孫を残せる可能性が高くなります。つまり、寄生生物のリスクが高い地域に暮らす人たちは、よそものを恐れたり、毛嫌いすることで彼らから距離を取り、自分たちの小規模な内集団に閉じこもっていた方が便益があるということになります。これに対して、赤道から遠い寒冷地などの寄生生物が少ない環境では、このような伝染病や寄生生物を、よそ者やその所有物からもらうリスクが低下します。一般的に、外部集団と交流すると、新たな資源・知識・発明・配偶者・友人・味方・遺伝子を得る機会ができることから、寄生生物のリスクが低い地域に暮らす人たちは、よそ者を恐れずにコスモポリタンな態度で交流する方が得をすることになるでしょう。
同じようなことは米国国内でも言えることです。たとえば、20世紀初頭の米国では、南部で十二指腸虫が猛威を奮っており、南部の人々の大部分が貧血に陥っていました。その時代の南部はマラリアにも苦しめられており、これらの流行を抑えるには湿地の干拓などの大規模な取り組みが必要でした。このような要因もあることから、米国南部はいまだに北部よりも排他的で、家族の絆が驚くほど強く、内集団と外集団をはっきりと区別します。このような自民族中心主義の名残が、現代における南部の保守政党の支持や信心深さとして残っているのです。
このような寄生生物と部族主義の関係を確認するために、フィンチャーとソーンヒルらの研究グループは、世界から97の地域(国と都市国家)を選んで、人間の生殖適応度を下げることがすでにわかっている9種類の寄生生物がもたらす病気の患者数に関するデータを使って分析を行いました。具体的には、リーシュマニア、住血吸虫、リパノソーマ、マラリア、フィラリア、ハンセン病、デング熱、腸チフス、結核の患者数からさまざまな地域の政治的・社会的態度やビッグファイブがどのぐらい予測できるかを調べたのです。その結果、寄生生物の多い地域ほど、人々が内向的で新しい経験を求めることが少なくなっており、開放性と外向性のスコアが低くなっていることが判明しました(注15)。具体的には、ビッグファイブのスコアを平均できる23の地域(いちばん正確な推定ができる地域)で、寄生生物の量と開放性の相関はマイナス0.6で、外向性もだいたい同じくらいの相関がありました。こうした相関は、平均寿命、一人あたりのGDP、政治的態度(個人主義か集団主義か)で統制してみても、依然として確かなものであったことが確認されています。
また、ソーンヒルとフィンチャーは、寄生生物の多さがその国に与える影響を調べるために、民主主義指数、自由度の指数、有権投票率、市民の自由、富の分配、ジェンダーの平等などの尺度を基準にして、世界の国々を「完全な民主主義」から「独裁政治体制」まで、いくつかの段階に分類し、寄生生物の量と比較しました。その結果、寄生生物のストレスが大きい国ほど、ジェンダーの不平等があり、独裁政治になる割合が高く、富は少数のエリート階層に集中する傾向にあることがわかりました(注16)。これに対して感染症の発生が最も少ない国々では、女性が男性と平等の立場をもつ傾向が強く、富が国民に公平に分配されているだけでなく、人権も尊重され、民主主義が採用されている割合が圧倒的に高かったのです。
寄生生物の多いホットゾーンに住んでいる集団では、一般的に性や衛生に関する決まり事や慣習に従う圧力が強まると同時に、しきたりに逆らう人に不寛容な風潮が生まれます。そして、伝統が神聖化されて強制されることで、階層化社会が生まれ、人々は規則や伝統に従って権力に屈することに慣れてしまい、反対意見を出しにくくなります。このような事情もあって、寄生生物の多い地域では抑圧的な独裁政権が樹立されやすいのです。
一般に、温帯・寒冷地域よりも熱帯地域のほうが、病原体のような寄生生物の密度がはるかに高く、現在でも常に新しい病気を生み出し続けています。このように気温が高い環境では病原体負荷が高く、ゼノフォビア(よそ者嫌い)のメリットとゼノフィリア(よそ者好き)のデメリットが増大します。このため、赤道に近づくにつれて、内向きの小規模な集団が多くなることで地域ごとの言語や宗教の数が増え、住民はよりゼノフォビアで性道徳が厳しくなる傾向にあります。言葉や宗教を多様にすることで、外部の集団と交流する機会を減らそうとするのです。このような地域の女性は、「性に対して不寛容」で制約のある性生活を送っており、生涯で経験するパートナーが少なく、性行為は信頼し合える関係に限られるべきだと考えていることがわかっています(注15)。ちなみに、赤道付近に住む男性も女性ほどではありませんが、このような控えめな性生活を送っていることが報告されています。これに対して、病原菌が少ない地域の人々は性に関して寛容で、多くのパートナーと性交することに抵抗がありません。赤道から遠い高緯度の地域では寄生生物が少ないために、こうした病原菌などによるリスクが低くなることから、性道徳がゆるく、よそものに対する心理的抵抗が少なくなります。そのため、盛んな交易に対する需要が勝り、大規模でより外向きな共同体が形成される傾向にあるのです。
もともと宗教は集団の性道徳を管理するだけでなく、小規模社会の結束と帰属意識を強化する方法として進化してきました。世界観を共有し、同じ宗教的経験をもち、同じ行動規範に従うことは、どうしてもグループ内の人々とグループ外の人々とのあいだに明確な境界線を引くことになります。宗教への「信心深さ」がもたらすこのような仲間意識と性道徳が、病原菌などの寄生生物の多い熱帯で生き抜くために必要とされてきたのです。そして、第1章のRWAテストで述べたように、これら3つの傾向「自民族中心主義」「信心深さ」「性に対する不寛容」がセットになって「部族主義」という概念を形成し、右派を特徴づける3つの価値観のひとつになっていました。
信心深さと世俗主義
第1章で見てきたように、右派は「政府や宗教の適切な権威による判断は、私達の社会で人々の心に疑念を生み出そうと試みる騒がしい民衆扇動家に耳を傾けることよりも常に優れている」という設問に賛同しやすく、宗教を軽視するような設問(「無神論者や確立された宗教に反抗した人たちは、教会に定期的に通っている人たちと同じように疑いなく善良で高潔である」や「人々は聖書や他の古い伝統の形を取った宗教的指導にあまり注意を払うべきではなく、代わりに道徳的なものとそうでないものに関する基準を自身で発達させるべきである」)に同意しない傾向にありました。このように右派ほど信心深く、左派ほど宗教を信じない世俗主義である傾向にあります。
実際に、心理学者のロバート・アルテマイヤーは、RWAテストで宗教が関連した設問だけでなく、他のスコアも高い人(つまり右派)ほど、宗教的な行事に参加し、祈ったり、聖書を読んだり、宗教上の倫理規定について議論したりするだけでなく、宗教上の祭日を祝ったり、若者を対象とした宗教団体や教育機会に参加する傾向にあることを見出しました(注17)。これと合わせて、逆に宗教を重んじない家庭に生まれた人のRWAスコアの平均は、なにかしらの宗教を重んじる家庭に生まれた人に比べて低いことも報告されています。このような「RWAスコアの高さ」と「信心深さ」の密接な関係性は、欧米諸国に限った話ではなく、非キリスト教圏のイスラム諸国やユダヤ教を民族宗教とするイスラエルでも確認されています(注18)。
そのため、宗教は政党支持と密接な関係があります。たとえば、米国で月に一回教会に通う人は、66%が共和党に投票することがわかっていますが、毎週教会に通うような人では、この割合が75%にまで跳ね上がります(注19)。また、「神が1万年前に現在の形のヒトを創造した」という宗教的な考えを信じる人は、共和党支持者では60%なのに対して、民主党支持者では38%しかいません(注20)。
これは、無神論の多い世俗的な日本でも同様です。2007年に日本人を対象に「私は宗教から慰めと力を引き出します」という設問に同意する割合を調べたところ、共産党の支持者は27%しか同意しなかったのに対して、民主党では35%、自民党では47%、公明党では87%が同意したのです(注21)。この回答結果は日本でも、右派政党の支持者ほど宗教を心の支えとしている人が多いことを示しています。事実、公明党は仏教系の「創価学会」を支持母体としていますし、自民党は神道と深い関わりを持っています。
特に、神道は国家としての神話と歴史を形成するもので、日本文化の基軸をなしてきたことから、日本の「民族宗教」とみなされている宗教です。また、皇室の祖先とされる天照大神を祭る伊勢神宮を有していることから、天皇中心で成り立つ日本の国家としての特性(国体)を形作る上でも重要な役割を果たしてきました。
資本主義とも大変相性が良く、商売繁盛や事業繁栄、事業安全、開運招福などの祈祷が行われており、経済成長や産業振興も宗教的に正当化しています。例えば、神道の神話には大国主命や少彦名命のように国土建設、病気治療、産業の開発などを執り行った神々がいるだけでなく、鉄鋼業、西陣織り、機織り、墓石などにそれぞれの産業の神がいます。そのためトヨタ自動車、三菱グループ、三井グループ、日立製作所、東芝、キッコーマン、資生堂、東京ガスなどの代表的企業がそれぞれ独自の神社(企業神社)を造り神々を祀っています。
日本各地の神社を包括する神社本庁は「表裏一体」の専門的な政治組織として1969年に「神道政治連盟」(神政連)を発足させ右寄りのロビー活動を行ってきました。具体的には主に、自主憲法の制定、靖国神社の公式参拝や国家儀礼の確立、道徳・宗教教育の促進、選択的夫婦別姓制度の導入反対、皇室の尊厳護持や日本文化の尊重、祝日の国旗掲揚などを主張しています。たとえば、秩父神社宮司で京都大学の名誉教授でもある薗田稔は、対談で憲法の改正を支持しています。
ドイツは、時代や情勢に合わせて(憲法を)何度も改定しています。日本の憲法も成立して70年という年月が流れました。これはGHQが作ったものであり、占領下のお仕着せであることは間違いありません。(『神社と政治』、401ページ)
小野照崎神社宮司で東京都神社庁長でもある小野貴嗣も、対談で安保や抑止力の重要性を説いています。
安保もやはり大切でしょう。普通の国になろうというだけです。どこの国も自国の防衛をし、国民や地域を守っています。集団的自衛権も当たり前のことです。中国の覇権主義などの問題があるので、戦争をしようというのではなく、抑止力が必要なのです。(前掲書、406~7ページ)
安倍政権時代には、とりわけ首相とともに改憲ないし自主憲法制定を目指してきました。2016年8月の内閣改造では、安倍首相を含む大臣20人中19人を「神道政治連盟国会議員懇談会」(神道議連)のメンバーで固めたことも記憶に新しいと思います。
このような神道や天皇制に、左派は苦言を呈してきました。たとえば、左翼的な研究者たちは戦後に「国家神道が戦争を正当化するイデオロギーだった」と主張しました。つまり、明治維新によって「祭政一致」が宣言され、その考えに基づいて天皇主権の明治憲法や教育勅語ができて、その結果として「超国家主義」、すなわちファシズムになったと考えたのです。
他にも、共産党は2015年まで、天皇陛下が「お言葉」を述べる通常国会開会式に欠席してきました。2016年1月4日の開会式には共産党委員長をはじめとする幹部が出席し、他党と同じように起立して頭を下げましたが、「高い玉座から「御言葉を賜る形式」は主権在民の原則に反する」として改革の必要性を主張しています。また、立憲民主党副代表を務めたこともある辻元清美は、政界進出する前の1987年3月に出版した書籍『清美するで!!新人類が船を出す!』(第三書館)の中で、皇室や天皇制への嫌悪を露わにし「悪の根源」とまで断じていました。最近でも、国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」の企画展「表現の不自由展・その後」で昭和天皇が燃やされる、足で踏みつけられるといった内容が含まれた展示物に対して、立憲民主党の議員ら(福山哲郎、石川大我、田島まいこ)がツィーター上で「表現の自由」として擁護しています。
極左である共産主義は当然、天皇のような特権的存在を原則として認めません。このようなマルクス主義から、天皇中心で成り立つ日本の国体を護持するために、日本政府は1925年(大正14年)に「治安維持法」を作りました。この少し前の1917年にロシア革命が起きて共産主義の盟主たる「ソヴィエト連邦」が成立し、共産主義の思想と運動が世界的に影響力を拡大したことに対抗するためです。
共産主義は、当然のことながら宗教にも否定的です。マルクスは「この世は形ある物質がすべてだ」という唯物論を唱え、神様も霊魂も否定しました。また、民衆が社会を変革せずに、宗教に頼ったり神様に祈っても、麻薬のアヘンのように一時的に痛みを紛らわせるだけで根本的な治療にはならず依存症になるだけだと説き「宗教は民衆のアヘンだ」という言葉を残しています。このような事情もあって冷戦中、ローマ教会もユダヤ教国家のイスラエルも米国をはじめとした西側諸国と結びついていました。中国共産党がチベット仏教徒やウイグルのイスラム教徒を弾圧する理由のひとつもこの点にあります。
公衆衛生としての宗教
宗教には、共同体意識を強めたり性生活を制限する役割だけでなく、病気から身を守る習慣や規則も豊富に含まれています。例えば、ユダヤ教とキリスト教の正典である『旧約聖書』に書かれているモーセの律法には、現代の公衆衛生の観点から見ても、病気の広がりを抑えるために有効なノウハウが詰まっています(注22)。たとえば、この律法は病気が流行していた当時の肥沃な三日月地域(ペルシア湾からシリアを経てパレスチナ、エジプトに至る地域)で「ユダヤ人の聖職者は手を洗わなければならない」と宣言しただけでなく、次のようなことを信者に説いています。
・安息日(毎土曜日)の入浴
・血、糞、膿、精液などの体液に触れた場合は、清掃の儀式を行なうこと
・皿と食器は使用後に熱湯に沈めること
・戦利品を分配する際には、高熱に耐える物体(金、銀、銅、錫でできたもの)は炎を通す(つまり、高温で消毒する)こと
・火に耐えないものは「清めの水」(水、灰、動物の脂を混ぜたもので、古典的な石鹸のレシピ)で洗うこと
・井戸にふたをすること(害獣や昆虫の侵入を防ぐのに有効)
・ハンセン病その他の皮膚病の人々を隔離し、地域社会で感染が収まらなければ衣服を焼くこと
・死体は腐敗の前に迅速に埋葬すること
・自然に死んだ(病気で倒れたのかもしれない)動物の肉は食べないこと。また、二日(悪臭がしはじめるギリギリの日数)前より古い肉を食べないこと
・豚肉(旋毛虫病、回虫による寄生虫病の原因)と貝(汚染物質を凝縮する濾過摂取動物)を食べるのを避けること
・息子を割礼すること(細菌は陰茎包皮の下に集まることがあるため、それを取り除けば性感染症の広がりを抑えられると信じられている)
・親には娘が売春婦になることを許さないよう忠告すること
・結婚前の性行為、姦通、男性の同性愛、獣姦はすべて、禁止しないが思いとどまること
このように、モーセの律法に含まれている衛生の知識は、現代的な視点で見てみても驚くべきもので、人類が病原菌を発見するよりはるか昔に、すでに潜在的な感染源は目に見えず、ほんのわずかな体の接触でも広がることを暗示しています。そして、これらに対して手洗い、入浴、火による殺菌、煮沸、石鹸、隔離、体毛除去、爪の手入れまで、あらゆる効果的な手段を推奨したり、義務付けているのです。これらの教えに従わない者を、神は「高熱」、「エジプトの腫物」、「疥癬と皮癬」、「狂気と盲目」で罰するとモーセの律法は明言しています。
モーセの律法に含まれる「清潔は敬神に次ぐ美徳」という格言は、その後キリスト教とイスラム教によって受け継がれました。たとえば、肉体の清めはキリスト教の洗礼、イスラム教のウドゥ(礼拝の前に体の一部を洗う儀式)などの儀式に取り込まれています。これとは独立して発達したヒンドゥー教も、同じように祈りの前の入浴や体の汚れに関する心配、他人の物や体に触れる際の規則を豊富に含んでいます。たとえば左手は不浄の手とされトイレで使うことから、他人や食べものを触ってはいけないとされています。
日本の神社でも、神に参拝する前に流れる水によって手と口を清める作法(手水)があります。これは、川や海の水の浄化力により、心と体の穢れを取り去る「禊(みそぎ)」という儀礼が簡略化されたものです。
なぜ主要な宗教には、病原菌などの寄生生物の感染拡大を食い止めるような決まり事がたくさん含まれているのか、と疑問に思われるかもしれませんが、これにはある程度必然性があると考えられます。というのも、優れた公衆衛生パッケージを規則として備えた宗教の信者は、その時代の数ある宗教の中で、感染症にかかりにくく生き延びやすかったために、それが最も強力なミーム(文化遺伝子)として生き延びてきたという側面もあるからです。
先ほど、気温が高い地域に住んでいる集団では、こういった病原体負荷が高いことから、内向きで性道徳が厳しい集団主義的な共同体を形成する傾向にあることを紹介しました。実際に、米国を見てみても北部ほどリベラルで個人主義的な文化が多い一方、南部は保守的な文化が多い傾向にあります。
ヨーロッパでも、ローマ教皇をトップとした強い一本集権性を持つ伝統主義的なカトリックは南側諸国で信者が多いのに対して、個人主義的で聖書を自分なりに解釈し主体的に行動すべきだと考えるプロテスタントは、北側諸国に多い傾向にあります。
イスラム教でも、保守的で血統を何よりも重視する「スンニ派」の信者の多いサウジアラビアなどの国は南側に位置しています。イスラムの理想的な社会作りのためには暴力すら容認し、世界各国でテロを起こしてきたイスラム過激派のISIL(イラク・レバントのイスラム国)は、このスンニ派の極右団体です。これに対して、宗教的存在を絵にすることへのタブーも緩い、ややリベラル寄りの「シーア派」はサウジアラビアよりも、やや北側に位置するイランを盟主としています。
仏教でも、それまでの決まり事や伝統を守り、辛い修行をした人だけが救われるという厳格な考えの「小乗仏教」は、ミャンマー、タイ、スリランカ、カンボジア、ラオスなど東アジアの南側の国に多くの信者がいます。これに対して、厳しい修行を重ねてきた人だけでなく、あらゆる人を救うという寛大な考えを持った「大乗仏教」は、日本をはじめとしてネパール、ベトナム、ブータン、チャイナ、朝鮮など、東アジアの比較的北に位置する国で多くの人に支持され広まっています。
感染症・寄生生物とよそもの嫌い(ゼノフォビア)
現代の公衆衛生と医療が行き渡っている先進国でも、感染症と政治的志向(部族主義)が密接に関係していることが数多くの研究で明らかにされています。つまり、慢性的か危険が高まった状況だけかに関わらず感染を恐れている人は、自民族・自集団中心主義の傾向があり、ほとんどの場合、家族や身近な仲間など、よく知っている人ばかりと交流します(注23)。これは、接触を必要最低限にすると同時に、病気になってもこの親密な内集団なら世話をしてくれたり援助してくれる見込みが高いからです。
このような研究のなかでも最大級の規模と綿密な照査を誇る実験は、マイケル・バン・ピーターセンとリーネ・アーローが実施したものです(注24)。彼らは、アメリカ疾病予防管理センター(CDC)にある州ごとの感染症発生率のデータに基づいて分析を行い、考えられる限りの変数(人種、年齢、性別、教育、社会経済的因子、州の失業率、移民人口の規模、支持政党など)をひとつひとつ調整していきました。その結果、移民に対する反対が最も多かったのは、感染症の発生率が最も高く感染に対する不安が最も大きい州だったのです。
彼らの研究には、様々なタイプの移民に対する態度を調べたものも含まれています。アメリカ人の被験者を3つのグループに分けて、馴染みのある国と馴染みのない国からやってきた男性移民について尋ねた調査で、ひとつのグループには、その移民は英語を学ぼうとする意欲がとても強く、アメリカ人の民主主義の価値観に傾倒していると伝えました。第2のグループには、その移民は英語を学ぶ意欲をあまりもたず、アメリカ人の理想に懐疑的だという情報を与えました。第3のグループには、その移民が社会に溶け込みたいという希望について何の情報も与えませんでした。その結果、病原菌に不安を抱いていた被験者は、あまり知らない国からの移民よりも、よく知っている国からの移民を積極的に歓迎したのに対して、移民が社会に貢献したり米国の価値観を尊重したりする見込みが回答に影響を与えることはありませんでした。つまり、病原菌を恐れている人は、相手が自分にすることではなく、相手の病原菌が自分にすることを恐れているわけですから、相手の意図は無関係になるというわけです。
ロサンゼルスの社会科学者による調査でも、自民族中心主義のスコアが高い人ほど、人と握手をした後すぐに手を洗うと報告する傾向にあることがわかっています(注25)。また、カナダの心理学者、マーク・シャラーをはじめとした研究者たちの研究でも、慢性的に病気を心配している人は、海外旅行に行きたい、または外国人や外国の料理と接触する機会があるかもしれないその他の活動に加わりたいとはあまり思わない、と自己申告する傾向が確認されています(注26)。
似たような研究報告として、妊娠中の女性が免疫力の低下に伴い、外国人嫌いになることが報告されています(注27)。これは、進化心理学者のダニエル・フェスラーらによる研究で、妊娠している女性は、妊娠初期に胎児を拒絶しないように免疫系の働きが抑えられますが、これに伴って、新たな病原菌から距離を取るために、外国人嫌いの傾向が強まることが確認されています。ちなみにこの傾向は、胎児を拒絶するような危険が過ぎ去った妊娠中期以降にはなくなることも確認されています。フェスラーがダイアナ・フライシュマンと共同で実施した研究では、妊娠初期に免疫系の働きを抑えるプロゲステロンというホルモンが外国人に対する否定的な態度と食べ物の好き嫌いを促すことを突き止めています。これは、病原菌がつきやすい食品を取るのをやめさせようとする適応反応であると考えられています。
このホルモンによる心境の変化は妊娠期間に限られたものではありません。女性の排卵周期の黄体期(卵巣から卵子が放出された後の時期)には、卵子が受精した場合に免疫細胞によって攻撃されることなく子宮に着床できるようにするために、プロゲステロンの分泌が増えます。これに伴って黄体期には、嫌悪、外国人恐怖症、病原菌に対する不安の感情が高まり、手を洗う頻度や公共トイレで便座に紙のシートを敷く頻度が高まるということもフェスラーとフライシュマンは確認しています。
衛生状態に関する執心と右派のつながりを示す他の報告として、イギリスの嫌悪学者、ヴァル・カーティスらのチームは、非衛生的な行動に最も嫌悪を感じる人が、処罰に対する態度のテストで平均より高い点数を示すことを発見しています(注28)。このような人は、犯罪者を投獄し、社会のルールを破る者を厳しく罰することを最も高く支持していたのです。この報告は右派がRWAテストで、「逸脱した集団やトラブルメーカー達を厳しく取り締まらなければならない」と考え、処罰や警備を厳しくする考えを支持していたこととも整合します。
感染症リスクが高そうな場所にいるだけで、道徳的に厳しい判断を下すようになるという報告もあります。これは、イギリスの心理学者シモーヌ・シュレールが行った実験(注29)で、道徳的に問題のある行動(履歴書でうそをつく、盗んだ財布を返さない、飛行機が山奥に墜落した人が生き延びるために人肉を食べるなど)について、学生たちに不潔な場所と清潔な場所でじっくり考えてもらいました。すると、食べものでひどく汚れた机に向かい、噛み潰されたペンを使って回答した被験者は、清潔な机に向かって回答した被験者と比べて、それらの道徳違反をより悪質だと判断する傾向が強まったのです。
他にも、臭気ガスのスプレーや嘔吐物のにおいを出す化合物質などを使って、実験参加者の知らないうちに感染症を想像させて嫌悪を引き出した際の、被験者の道徳観の変化が数多くの実験で報告されています(注30)。具体的には、賄賂、非倫理的なジャーナリズムなどの「非道徳的行為」やポルノ、婚前の性行為といった「性の寛容さ」に関わる事項について、被験者が嫌悪を感じている場合にそれらを強く非難するようになることがわかっています。また、他の実験でも、有毒ガスのにおいを嗅いだ被験者は、そのようなにおいにさらされなかった人たちよりも、聖書に書かれている内容を支持する傾向が強まったことが確認されています。
心理学者のマーク・シャラーとダミアン・マレーが行った調査(注26)でも、感染症の脅威を思い浮かべた人は、より慣習的な価値観を支持し、社会規範に違反する人を軽蔑する傾向が強まることが再認されました。ちなみに、乱暴な運転、戦争、その他の安全に対する脅威に不安を感じた場合も、体制順応を好む傾向が強まりますが、病原菌への恐怖ほど大きな違いは生まれません。
感染リスクを連想させるアイテムが置かれているだけで、人の考え方が右寄りになるという研究報告もあります。これは、コーネル大学のデヴィッド・ピザロらの研究チームがキャンパスで大学生の被験者を募り、政治的信条に関する調査票に記入してもらった実験です(注31)。その際、被験者の半数を手の除菌ジェルの隣のエリアに座らせ、もう半数にはそのようなものが見えない場所に座ってもらって、さまざまな道徳、財政、社会問題に関する意見を尋ねたところ、ジェルの近くに座った被験者はこれらの設問で右寄りの回答をする傾向が強まることが確認されました。別の被験者を集めて、殺菌用ハンドワイプを使ってからコンピューターで設問に回答してもらった場合も、同様の結果が報告されています。つまり、右派の人はもともと感染リスクに敏感で清潔や純潔にこだわるのに対して、右派でない人でも感染リスクにさらされたり、それを思い浮かべたりするだけで右寄りになるという双方向での関係性があるということです。
2020年以降、世界的に新型コロナウイルスが流行し、いたる所に除菌ジェルが置かれるようになりましたが、この関係性が正しいならば、これによって人々が右傾化すると推測できます。実際に、米国やヨーロッパで、アジア人を対象とした差別や迫害、事件が急増していますし、2020年のアメリカ合衆国大統領選挙でも、新型コロナウイルス危機への対応に多くの点で失敗したドナルド・トランプ元大統領が、前回選を上回る7000万人を超える得票数を得ています。
それでは、逆に感染リスクのような社会的恐怖心に鈍感になると、人は左寄りの考え方になるのでしょうか。ドイツのハイデルベルク大学のアンドレア・サントスらがウィリアムズ症候群という遺伝的疾患をもつ少女とそうでない対照群の少女を対象とした実験で、これを示唆するような報告をしています(注32)。この疾患の特徴の一つは、社会的恐怖心を感じなくなることで、ウィリアムズ症候群の人は赤の他人に対してもまったく恐怖を抱きません。また、とても人懐っこく、他人の気持ちなどに共感しやすいこともわかっています。音感が良いためか音楽に興味を持つ人が多く、歌や楽器演奏がとても上手な人が多いのも特徴です。このような恐怖心や警戒心の無さ、協力や共感が重要な音楽の才能を備えているという点で、極端に左寄りの性格を持った人たちだといえるかもしれません。このようなウィリアムズ症候群の少女らは実験で、大人の男女の性的なステレオタイプについては対照群の普通の少女らと同様に学習できたのですが、人種に関する否定的なステレオタイプについて大人が会話するのを耳にしたとき、対照群の少女はそれをすぐに理解したのに対して、ウィリアムズ症候群の少女はまったく理解できませんでした。つまり、社会的な恐怖心の欠落が、人種的偏見の形成を妨げたのです。
普通の人でも、薬を飲めば人種差別的な反応を減少させることができるという報告もあります(注33)。これは2012年に、プリマス大学の社会心理学者、シルビア・ターベックらの研究グループが実施したもので、高血圧の治療薬であるベータブロッカーに、人種差別的な反応を減少させる効果があることを発見しています。この研究では、健康な白人のボランティアを二つのグループに分け、一方には本物のベータブロッカーであるプロプレラノール40ミリグラムを、他方のグループには偽薬を服用してもらい、服用から1~2時間後に、潜在的な人種的偏見を測定するテスト(IAT)を受けてもらいました。これは、被験者に黒人と白人の写真を見せ、好意的か否定的かに即座に分別させることで、無意識下にあるその人の人種差別的な偏見をあぶり出すものです。その結果、本物のプロプレラノールを服用したグループでは、潜在的な人種偏見の傾向が著しく低下していたことが確認されたのです。
右翼の清潔と純潔へのこだわり
右翼が清潔や純潔にこだわることについては、枚挙にいとまがありませんが、たとえば、ヒトラーの伝記の著者は、彼が汚れや不潔さ、不純に異常なこだわりを見せた、と書き記しています。また、ナチスのリーダーも、ユダヤ人をよく病原菌や病気の媒介者に例えていました。
世界の外国人嫌いのプロパガンダを見渡してみても、攻撃対象(たいていは少数民族)に「寄生生物や感染を媒体するもの」という烙印を押して、憎悪を煽ることを常套手段としています。たとえば、憎悪の対象となる集団を、ドブネズミやゴキブリなどに喩えることは、アルメニア人虐殺などあらゆる大量虐殺でよく用いられるレトリックです。ナチスはユダヤ人を「ドイツ人男性の清潔な体に巣食う邪悪な寄生生物」に喩え、フツ族の過激派は「ツチ族のゴキブリどもを根絶やしにしろ」と追随者を扇動したことからルワンダの大量虐殺がはじまりました。
ゴキブリは脂ぎった体の表面で細菌を運び病原菌を拡散することから、病気を運搬し媒介するものを呼ぶ蔑称としては最適です。例えば、北アフリカの国、リビアの首都で動物学者がゴキブリのサンプルを調べたところ、97%のサンプルが27種類の潜在的な病原菌を保有していたことがわかっています(注34)。それらの中には、少なくとも6種類の抗生物質に耐性のある細菌が含まれていました。
そもそも、大量虐殺の際に使われる「民族浄化(Ethnic cleansing)」という言葉の背景には、ある集団によって汚されている国家の純潔性を、異民族をきれいに一掃することで回復しようとする意図が隠されています。
黒人差別法が存在していた時代の米国でも、米国南部の白人がもっとも嫌ったのは、黒人と同じプールに入ることでした。これは、北部でも同様で、たとえば、1930年代にはピッツバーグでアフリカ系アメリカ人が公共プールから引きずり出され、入りたければ病気がないことを示す健康証明書を出すよう命じられています。
このような差別は、黒人に限りません。その一世代後には、西海岸のラテン系アメリカ人が同様の迫害を受けていますし、1950年代、ロサンゼルスのいくつかの地域社会では、ヒスパニック系アメリカ人が月曜日の「メキシコ人の日」しか泳ぐことを許されず、その日が終わると白人が利用するために水が入れ替えられていました。
公衆衛生と医療の進歩による自由化
これまでの議論を踏まえると、現代の公衆衛生と医療によってある国の感染症や寄生生物量を減少させて寄生生物によるストレスを少なくできれば、男女が平等で、富が公平に分配され、個人の権利がはるかに広い範囲に及ぶ民主主義国家に変えることができる可能性が見えてきます。このような寄生生物ストレスの急減は、先進国のみならず、世界保健機関(WHO)などの支援を受けている途上国でも着実に進んでおり、世界中で健康、教育、自由、人権意識、差別、格差などが軒並み改善し、民主主義が拡大を続けていることが、スティーヴン・ピンカーの大著『21世紀の啓蒙』で詳説されています。
その顕著な例が米国におけるベビーブーマー世代です。彼らは、たんに広範に及ぶ幼少期の予防接種の恩恵を受けた最初の世代であるだけでなく、個人主義、開放性、人種間の寛容(人種をまたいだ交際)、国際主義などが爆発的な増加を見せた最初の世代でもあります。彼らは、公民権運動、平和運動、新左翼、サイケデリック革命、ヒッピー文化、ロック音楽、女性解放運動(ウーマンリブ)、セックス革命、「自分(ミー)」世代など様々な形で、左翼的な文化・活動を展開し、アメリカ社会に大きな影響を与えてきました。そして、右派がこれまで頑なに守ってきた「文明化した、礼儀正しい振る舞いを内面で司る自制心」や「社会的なつながりが伴う義務感」、「結婚と家族生活に関する伝統的な価値観」を嘲笑の対象としたカウンターカルチャーを花咲かせました。
右派がこだわる清潔さを嘲笑うかのような価値観は、当時のロックバンドのアルバムジャケットからも容易に見て取れます。例えば、ザ・フーのアルバム『セル・アウト』のジャケットでは、口からソースを垂らしたロジャー・ダルトリーがベイクドビーンズの「お風呂」に浸かっていますし、1971年の『フーズ・ネクスト』のジャケットには、立ち小便をし終わってズボンのチャックを上げる4人のメンバーが写っています。ビートルズの『イエスタデイ・アンド・トゥデイ』には、肉片とバラバラになった赤ん坊の人形が使われましたが、これは発売後すぐに回収されています。他にも、ローリングストーンズの『ベガーズバンケット』には不潔な公衆トイレの写真が使われていました。
ただし、このような医療の進歩による自由化も新たな病原菌が流行すると、後退を余儀なくされます。例えば、ディスコ時代の陰部ヘルペス流行や1980年代のエイズ危機、そして最近の新型コロナウイルス流行によって感染症を再び恐れる必要性が出てくると、人々が恐怖信号に敏感になることで保守反動が起こり、その感染流行地域を再び右寄りに押し戻します。
結婚に対する考え方の違い
第4章のはじめに、右派はゼノフォビア(よそもの嫌い)傾向にあり、所属する集団の中から婚姻相手を選ぶ同族結婚が主流になる一方、左派はゼノフィリア(よそもの好き)であることから、外集団から婚姻相手を選ぶ族外結婚にも抵抗がないことについて触れました。このように部族主義は、結婚に対する考え方にも相違をもたらし、社会における近親交配と遠親交配の割合に影響を及ぼします。
実際に、米国のピュー研究所の調査によれば、共和党支持者は民主党支持者に比べて2倍も、異人種間での結婚を社会にとって好ましくないことだと回答しています(注35)。
他にも、オランダの政治学者、ジョス・メールーンが行った調査で、右翼的な権威主義的国家と近親婚約の割合との間に強い相関(0.74)があることが確認されています(注36)。このような国では近親相姦のタブーが緩く、いとこ婚が許されているか推奨されているだけでなく、親が子供の結婚を決める傾向にあります。これに対して、先進国のようなリベラル国家では、近親相姦のタブーが厳しく、個人が結婚相手を決める自由を持っているため、近親婚約の割合が極めて小さくなります。
世界各国における近親婚約の割合(図4―2)を見てみましょう。

この世界地図では、はとこよりも近い婚姻の割合が高いほど、その国が濃い色で表されています(注37)。特に、アラブ諸国のような右翼的な権威主義国家では、いとこ婚がすべての婚姻の25~30%を占めています。パキスタンにいたっては、いとこ婚の割合が少なくとも50%以上あります。これに対して、他の地域を見てみると、例えばアメリカやヨーロッパ、東アジアではこのような近親婚約の割合は5%以下にとどまっています。
北アフリカや中東、南アジアなどで近親婚約が多いことに、宗教が関係している可能性はないのでしょうか。しかし、近親婚約の割合が小さい、キリスト教圏でもほとんどのプロテスタント宗派はいとこ婚を許容していますし、アジアでも、仏教が近親婚を特に禁止しているわけではありません。このような、いとこ婚の割合の相違は、地理的要因が大きいと考えられています。図4―3の衛星写真を見ると、白く不毛な地域といとこ婚が多い地域がぴったりと一致します。

この一帯は、砂漠や起伏の多い山が多く不毛で、水や食料などが限られています。そのため、婚資や結婚の際の持参金によって限られた富が他の血族に奪われてしまうことを回避する必要があるのです。実際に、このような地域の中でも特にいとこ婚の割合が髙いのは、最も貧しい地域や田舎に住む家族であることがわかっています。このような限られた資源と政治的志向の関係は、人間に限った話ではありません。第1章で、ご紹介したチンパンジーとボノボの対比でも、食料などが限られた地域に住んでいるチンパンジーは右翼的な社会を形成していたのに対して、比較的食べ物に困らない熱帯雨林に住んでいるボノボは、左翼的な社会を形成していました。
このような近親婚は集団にメリットをもたらすと同時にデメリットも伴います。デメリットの一つ目としては、血縁関係の近い者同士から産まれた子どもは、先天性障害児になりやすいということです。ヒトの染色体は46個あり、男か女かを決める性染色体XとYを除くと、残りの44個は22種の染色体のペアになっています。このペアを両親から受け継ぐため、一方が不全でも、もう片方が不全でなければ正常な子どもが産まれます。しかし、血縁関係の近い者同士から産まれた子どもは、この染色体が二つとも不全である可能性が高まります。これによって劣性遺伝病を持った先天性障害児が産まれやすいことから、日本でも、民法第734条に「直系血族又は三親等内の傍系血族の間では、婚姻をすることができない」と定められています。つまり、「結婚できる近親者はいとこから」と定められているのです。
近親婚によってどの程度、劣性遺伝病が発生しやすくなるかを表4―1に示しています。

この表からわかるように血縁結婚の場合には他人婚に比べて、劣性遺伝病の発生する危険率が非常に高くなることがわかります。
このような劣性遺伝病以外にも、近親交配が体格や知能に悪影響を及ぼすという研究報告があります。この研究は、エディンバラ大学のウィルソン博士らの研究チームが35万人以上のゲノムを集め近親交配率を算出し、彼らの背の⾼さ、認知機能、教育達成率などと比較し、相関を分析したものです(注38)。この調査から背の⾼さ、呼吸機能、認知機能、教育達成率は、どれも近親交配率が高いほど劣ることがわかりました。具体的には、いとこ同⼠の結婚だと、⾝⻑で1.2cm、教育達成度では、教育を受ける年⽉にして10カ⽉分少なくなることが判明したのです。ちなみに、教育を受ける期間が少なくなるのは、最終学歴において中卒や高卒が増えるためです。⼀⽅、⾎圧、⾎糖、⾎中脂質などは全く相関がないことがわかっています。ウィルソン博士らは「高い身長や知力は自然の世界で生き抜くのに有利だから、結果として異系交配を促し、遺伝的多様性につながった」と述べています。
近親交配のもう一つのデメリットとしては、集団の遺伝子の多様性が低くなり均質になることで、環境が変化したときや新しい病原菌が発生したり、既存のものが突然変異した際に滅びやすいということがあります。これに対して、様々な生まれの人とも交配している集団では、免疫システムに多様性があるために全滅のリスクを避けることができます。
ただし、遠親交配が多すぎると、集団が住んでいる環境への適応性が下がるという負の側面もあります。例えば、ハワイのような太陽光の強い地域で、海外の人と結婚して青い目の子どもが生まれてしまったら、サングラスのようなものでもかけない限り昼間の外出が眩しすぎて日常生活に支障が出るかもしれません。また、その土地に元からある病原菌に対して、現地の人が当たり前のように持っている免疫システムを持っていないかもしれません。たとえば、マラリアの多い地域では、血液型がO型の人が多いことがわかっており、ナイジェリアでは人口の半数以上がO型です。これは、O型の人が他の血液型の人よりも重いマラリアにかかりにくいことが一因としてあると言われています。
他にも自分たちが住んでいる地域に適応するために、遺伝的な変異を獲得した例は枚挙にいとまがありません(注39)。
・素潜りへの耐性(東南アジアの海洋民族には、水に潜ったときの心拍数の低下と重要臓器への血流の集中を強化する遺伝子の変異型が多く見られる)
・乳製品代謝(酪農を広く行うようになった集団)
・高地の低酸素環境への適応(チベット高原やエチオピアのシエミン山地などに住む人々)
・口から摂取するヒ素への耐性(アルゼンチンの一部地域に住む集団)
・海産物主体の食べ物への適応(グリーンランドやカナダの先住民)
・低温への耐性(シベリア先住民)
このように、その地域に住む人の遺伝子には、その場所でうまく生き抜いていくための知恵が詰まっています。このような遺伝子に刻み込まれた知恵が混血によって薄まることを懸念して、ヒトラーは『我が闘争』の中で、次のように書いています。
混血とその結果としての人種レベルの低下は、古い文化が消滅する唯一の原因である。男性は戦争の敗北の結果として滅びるのではなく、純粋な血にのみ含まれている抵抗力の喪失によって滅びる。
また、近親交配の多い集団では、周囲にいる人と遺伝子を共有している割合も髙いため、「身内びいき」のような利他的な行動が起こりやすいというメリットもあります。これに対して、血が繋がっていない子どもや血縁の遠い他者には、利他的な行動が少なくなります。実際に、血の繋がりのない養子がいる家庭では、血の繋がりのある子どもの家庭に比べて児童虐待や子殺しが起こりやすいのです。
このような内集団の利他性と深く関係しているのが「オキシトシン」というホルモンです。このオキシトシンを嗅がせると利他行為が促進され、内集団びいきになることが実験によって示唆されています。この実験では、小さな部屋に一人ずつ隔離されたオランダ人の男性たちに小さなチームを組ませてコンピューターを介してやり取りをさせながら、ある種の経済ゲームを行ってもらいました(注40)。その際に、半分の被験者には鼻にオキシトシンが、もう半分には偽薬が噴霧されました。その結果、オキシトシンを噴霧された被験者は利己的な決定をあまり下さず、自チームに貢献しようと努めましたが、他チームの結果の改善には何の関心も示さなかったのです。他のある実験(囚人のジレンマゲーム)では、オキシトシンを摂取した被験者は、より積極的に他チームのメンバーを妨害するような振る舞いをすることもわかっています。一連の追試で、オランダ人のオキシトシン被験者は、トロッコ問題のような「誰かの命を救うために犠牲を伴う」ジレンマを与えたところ、オランダ人を犠牲にせず、「ムハンマド」のようなムスリム系の名前の人物を犠牲にする傾向が高まることが確認されました。別のある研究では、オキシトシンを鼻から吸入させたところ、被験者は自分のグループに対してより好意的になる一方、他の集団の成員を見下す傾向も強まることが確認されています(注41)。つまり、オキシトシン分泌システムは、内集団における調和や協力関係、利他行動を促す役割を担っているのです。
このような血縁関係に基づく身内びいきを自民族にまで拡張したものが自民族中心主義で、国家にまで拡大解釈したものがナショナリズムです。自殺を伴う利他行動は、彼らの死が近親者や自民族の利益になると考えた場合にしか起こらないため、極右の兵士やテロリストに特有の戦略といえます。アルカイダやイスラム国のようなイスラム過激派による自爆テロやスリランカの反政府勢力「タミル・イーラム解放のトラ」の自爆攻撃部隊「ブラックタイガー」、神風特別攻撃隊による自殺攻撃などは、このような拡大解釈に基づく利他行動の典型的な例でしょう。
以上のようなメリットとデメリットがあることから、集団が環境に適応し、かつ均一にならないためには、右派と左派の両方が社会に一定数必要だということになります。このような事情があることから、どの社会にも、部族主義に対して賛同する人と反対する人が一定数存在し、社会における近親交配と遠親交配のバランスが取られてきたのでしょう。
伝統的な性役割、性道徳に対する考え方の違い
第1章で触れたように、RWAテストで左派は、ヌーディスト・キャンプや婚前交渉には何も悪いことはないと考える傾向にあります。一方、右派はこういった自由奔放な性生活を認めにくく、「私達の道徳的基準を守るためには逸脱した集団やトラブルメーカー達を厳しく取り締まらなければならない」と性道徳に対して厳しい立場を取ります。
また、伝統的な性役割に関しても右派は伝統的な慣習としてこれを尊重するのに対して、左派はそれらを尊重せず、不必要であると捉える傾向があります。
これが「部族主義」を構成する3つの概念のうちの「性に対する不寛容」で、右派ほど肉体的にも精神的にも純潔を求め、欲望の抑制や貞節に価値を置くだけでなく、女性に従来の性役割(子どもを産んで家庭を築く)をまっとうさせようとします。これに対して、左派は性に寛容であるだけでなく、女性の自由な行動や意思決定を尊重し、女性を旧来の役割に縛り付けている家父長制の影響を社会から無くそうとします。
海外の研究でも、右派は「男らしさ」や「女らしさ」のような性役割を求める傾向にあることが報告されています。これは、カリフォルニア大学バークレー校の二人の発達心理学者が実施した研究で、カリフォルニア州バークレーとオークランドの23歳の男女を調べたものです(注42)。その結果、右派の男性と女性は性格的に極めてよく似ているものの、男性は「男らしさ(マッチョ)」を重視し、競争に勝つことを熱望するだけでなく、道徳的な判断を下しがちで、おせっかいなアドバイスをする傾向にあることがわかりました。これに対して右派の女性は、自分の行動を社会的な規範(礼儀)に合わせようとする傾向が見られました。
三島由紀夫などを思い返していただければわかるように、一般的に右派ほど男らしさを強調する傾向にあります。例えばドイツのネオナチはスキンヘッドをトレードマークにしていますし、イスラム教圏では、男性は髭をたくわえることを義務としています。右翼作家の百田尚樹がスキンヘッドなのも偶然ではないかもしれません。
この「男は男らしく、女は女らしくあるべき」という伝統的な性役割の価値観と相容れないのが同性愛者です。そのため、どの国でも右派は左派よりも同性愛に反対する傾向にあります。右翼的な権威主義国家では同性愛が刑事罰とされていることも珍しくありません。一方、リベラルな先進国では個人の自由が尊重され、すでに多くの国で同性愛婚が合法化されています。
米国のピュー研究所が2010年に行った調査(注43)でも、共和党支持者は民主党支持者に比べて、2倍以上(65%と30%)も「同性愛カップルが子どもを育てることが増えることは、社会にとって好ましくない」と信じています。2004年に行われた全米選挙研究(ANES)による調査でも、民主党支持者の52%が同性愛結婚を支持していたのに対して、共和党支持者でこれを支持する人は17%しかいませんでした。
ただし、これにはキリスト教の教えが関係している可能性もあります。同性愛は聖書で性的逸脱とみなされており、宗教上の罪だとされているのです。たとえば、新約聖書のパウロ書簡では、「偶像崇拝や婚前性交渉、魔術や占いをする者と共に『男色する者』は神の国を相続しない(第一コリント6章9―10節)」とあります。
しかし、同性愛を否定するような価値観のない日本でも、政治的志向によって米国と同じくらい両者の意見が分かれることが大規模な調査でわかっています。これは、国内に在住する40歳から69歳の男⼥、合計1495名から得た回答を基に実施された同性婚に関する意識調査(注44)で、右派政党の自民党支持者では、同性婚に反対の割合が41.5%と最も高く、日本維新の会の支持者が30.9%と、これに続いています。一方、左派政党の支持者を見てみると、社会民主党が0.0%、れいわ新選組が6.9%、日本共産党が20.6%、立憲民主党が20.9%となっており、右派政党と左派政党の支持者で、米国と同じ2倍近い開きがあることがわかります。
最近の日本でも、自民党の杉田水脈議員が、2018年8月号の『新潮45』への寄稿で、性的少数者(LGBT)を「彼ら彼女らは子供を作らない、つまり『生産性』がない。そこに税金を投入することが果たしていいのかどうか」と行政による支援を疑問視し、物議を醸しました。2021年5月にも、同じく自民党の簗和生議員が党会合で、LGBTについて「生物学上、種の保存に背く。生物学の根幹にあらがう」といった趣旨の発言をしていたことが複数の出席者によって明らかにされ、非難を浴びています。
第3章で左寄りの旧共産主義国であるロシアとチャイナも同性愛に対する嫌悪感が強いことを紹介しましたが、現代の右翼的な権威主義国家では、いまだに同性愛が違法とされている国が少なくありません。イスラム教では同性愛は罪に当たり、イスラム教徒が急増している東南アジアでもLGBTに対して過酷極まりない刑罰を科す動きが広がっています。例えば、イスラム教国であるブルネイでは同性愛行為や不倫に対し、投石による死刑を課すという衝撃的な刑法が2019年4月から施行されています。マレーシアでも2018年9月に、同性愛行為を認めた女性2人に対してむち打ち刑が執行されました。さらにインドネシアの保守的な州では同性愛者の逮捕が相次いでおり、アチェ州では、2018年に同性愛行為を行った男性2人に対して公開むち打ち刑が執行されています。
婚前交渉についても、右派は厳しい態度を取ります。例えば、2010年におこなわれた米国における調査(注43)で、「結婚していないカップルが子どもを作ること」について尋ねたところ、民主党支持者は30%が認めなかったのに対して、共和党支持者は2倍近い61%もの人が認めないと回答しています。また、共和党支持者は、「正式な家庭を持たないことは社会にとって悪である」と考える割合が約半数を占めたのに対して、民主党支持者では、17%しかいませんでした。
このように右派は貞操や恋愛関係の純潔、正式な家庭を尊重する傾向にあります。実際に、心理学者のロバート・アルテマイヤーは、RWAスコアの上位4分の1を占める人(つまり右派)は、下位4分の1を占める左派と比べて2倍も、性交を未経験であることを発見しました(注45)。この結果を、性別に分けて調べてみたところ、右派の男性と左派の男女は概ね、大学生になる前に性交を経験していたのに対して、右派の女性は処女を保っている割合が髙かったことがわかりました。つまり、右派の女性に貞操観念が強い傾向が見られたということです。
アラブ諸国のような右翼的な権威主義国家では、婚前交渉は時として命に関わる問題になります。このようなイスラム社会には婚姻拒否、強姦を含む婚前・婚外交渉、駆け落ちなど自由恋愛をした女性や、これを手伝った女性らを「家族の名誉を汚す」ものと見なし、親族がその名誉を守るために私刑として殺害する風習(名誉殺人)があるのです。
他にも右派は、ポルノグラフィティーなども性的な乱れを引き起こすとして批判の矛先を向けます。RWAテストでも右派は、「適切な政府が雑誌や映画を検閲して、くだらないものを若者から遠ざけることができれば、誰にとっても最善である」という設問に同意する傾向にありました。このように右派の政治家は国を問わず、ポルノグラフィティーに反対する傾向にあります。
日本でも石原慎太郎元東京都知事が、2010年にアニメやマンガ、ゲームなどに登場する18歳未満と判断される架空の人物の性描写を規制対象とするために、青少年健全育成条例の改正案を都議会に提出しました。この改正案では、実在しない人物でも、レイプや近親相姦、性犯罪など著しく社会規範に反する行為を肯定的に描写した作品を18歳未満には売らないことを販売者に義務づけることなどを定めています。これに従わなかった場合は、罰金(30万円以下)が科せられます。石原は代表質問や所信表明で「児童ポルノや子どもへの強姦などを描いた漫画の蔓延や保護者が幼い子どもを性的写真集の被写体として売り渡す行為を非難し、児童ポルノの根絶とこれらの図書類の蔓延の防止に向けて都が対策に取り組むべきだ」と語り「子供たちの目に触れさせてはならない漫画が、通常の書籍と並んで置かれている状況を改善するため、これ以上の猶予は許されない」と訴えました。これに対して、出版界などは「表現の自由が侵される」と批判し、角川書店は東京国際アニメフェア2011への出展をとりやめたことも記憶に新しいと思います。
日本における愛国主義・排外主義
日本の右派による性描写の規制に続いて、彼らの愛国主義、排外主義についても見ていきましょう。日本の天皇中心主義、国粋主義、日本文化至上主義は、徳川幕府時代にその源流があります。その時代に日本の国の成り立ちを考究し、神道や伝統文化に基づく心を究明する「国学」が、荷田春満、賀茂真淵、本居宣長、平田篤胤(国学の四大人)らによって確立されます。彼らは日本文化復権を訴え、インドや支那などの異国文化の崇拝を戒めました。ほかにも儒教思想から「天皇中心主義」「国粋主義」を導いた「闇斎学」や「水戸学」などがありましたが、徳川時代の権力者は大名や将軍であって、天皇ではありませんでした。そのため、これらは儒教正統派の「朱子学」やよりリアルな「徂徠学」などに比べれば、メジャーではない反体制的な思想にすぎなかったのです。
しかし、幕末、黒船来航、開国をきっかけに、欧米勢力の軍事的脅威に直面した際に、これらのマイナーな思想が「尊皇攘夷(天皇を中心とする統一国家を樹立することで対外的脅威へ抗する)」と呼ばれるスローガンへと結実して、倒幕の志士たちの行動指針となってゆきました。猪野健治の著書『日本の右翼』(ちくま文庫)や『右翼』(現代書館)などは、ここに日本の右翼の源流を見ています。このスローガンのもと、明治維新で生まれた国家権力は、植民地にされることなく独立を維持し欧米と拮抗できるための「富国強兵」を、基本的な路線として選択していくことになります。また、1898年、明治政府は天皇を国民(臣民)の父として明確に位置づけ、日本全体を「家族国家」とする物語がつくられました。
つまり、外的な脅威にさらされたことで、日本人の右翼的な思考回路が刺戟され、富国強兵や近代化のような競争主義的な価値観や日本人の血筋や神道、伝統文化を重んじる価値観が優勢になったのです。
日本に限らず、右派はそれまでずっと続いてきたとされる世の中の仕組み(近代以前に起源がある王制貴族制、天皇制、身分制、宗教的位階制(教皇、座主、カリフなど))の威厳や壮麗を貴く感じて憧れると同時に、民族や血の繋がりで人々を束ねようとします。例えば、右翼的な社会主義であるファシズムでは、「ドイツ人であること」や「イタリア人であること」を団結のよりどころにしていました。また、ある地域に住む人の遺伝子には、その場所でうまく生き抜いていくための知恵が詰まっているのと同じように、その土地の伝統文化にもその土地でうまく生き残るためのノウハウが詰まっています。右派の愛国主義や排外主義は、このような伝統文化に刻み込まれた知恵が、他国から入ってくる異文化などによって薄まることを防ぐ防波堤のような役割を果たしてきました。
これに対して、左派はこうした伝統文化が内包する世襲君主制や身分制が個人を抑圧する格差と差別そのものだとして批判します。団結の際にも民族や国などではなく、その人が置かれている状況を重視します。たとえば、社会主義は資本家や大地主に対する労働者や農民といった「階級」を団結のよりどころとしていました。マルクスとエンゲルスの『共産党宣言』にも「労働者階級に祖国はない」「万国の労働者、団結せよ」という有名なスローガンがあります。つまり、資本主義の犠牲になっている労働者の置かれた立場は、どの国でも同じで「友愛」や「兄弟愛」で団結すべき同志共同体は、もはや国家ではなく、国境を超えて拡がる労働者のような「階級」でなければならないというわけです。左翼の集会やデモで歌われる定番ソングに『インターナショナル』というものがありますが、それは「起て、飢えたる者よ、いまぞ日は近し 覚めよ、わが同胞、暁は来ぬ」で始まり、「海をへだてつ我等かいな結びゆく」という一節を含んでいます。この理念を象徴するのが1904年、アムステルダムのインターナショナル(国際労働者連合)大会での出来事です。日露戦争のさなかに、日本代表の片山潜とロシア代表プレハーノフが握手して「国家は戦っていても労働者たちは一つだ」というパフォーマンスを行い満場の喝采を浴びたのです。
次に、日本における各政党の支持者のナショナリズム傾向を見ていきましょう。ここで紹介する研究報告は、米田幸弘が行った多変量解析で、2017年に日本全国を対象として行った量的社会調査のデータ(18歳から79歳の男女が対象:回答数3882名)に基づいています(注46)。この調査で有権者の支持政党と愛国主義、民族的純化主義に関する設問への回答から、各政党支持者のナショナリズムの位置をプロットしたものが図4―4です。円の大きさは支持率の高さを表しています。

ちなみに、民族的純化主義とは、ある人を本当に日本人であるとみなすために重要だと考えるものとして、日本の国籍を持っている、日本の政治制度や法律を尊重している、自身を日本人だと思っている、人生の大部分を日本で暮らしている、日本語を話せる、といった判断基準よりも、祖先や出生を重視する考え方のことです。愛国主義については、「国旗・国歌を教育の場で教えるのは当然である」「日本人であることに誇りを感じる」「子どもたちにもっと愛国心や国民の責務を教えるように、戦後の教育を見直さなければならない」といった3項目に対する賛同の程度を定量化しています。
図4―4では、愛国主義や民族的純化主義の傾向の強い右派政党(自民党、希望の党、日本維新の会)ほど右上に位置しており、それらに賛同しない左派政党(共産党、立憲民主党)ほど左下に位置していることがわかると思います。特に、共産党は愛国主義に反対するという姿勢で際立っています。支持する政党がない人たちの円が大きく左下にありますので、左派政党はこれらの人の支持を得ることができれば、右派が過半数を占める議会で拮抗できるようになるかもしれません。
愛国主義や民族的純化主義の考え方を持つ人ほど自民党を支持するのは、自民党(とくに近年の安倍政権)が行ってきた愛国政策が影響していると考えられます。これまでにも、1999年に「国旗及び国歌に関する法律」が制定されるなど、愛国的な政策が自民党によって推進されてきましたが、2006年発足の第1次安倍政権は、「歴史と伝統を重んじる豊かな独立国の再構築」「美しい国づくり」「戦後レジームからの脱却」という民族・文化的純化主義を掲げています。また、教育勅語に代わるものとして占領下に制定された教育基本法を改正し、教育目標のなかに伝統、文化を育んできた「国と郷土を愛する」態度の涵養を盛り込みました。さらに、安全保障面でも防衛庁を省に昇格させたり、憲法改正の手続きとして必要な国民投票法を成立させています。
2012年には、自民党が7年ぶりとなる新たな憲法改正草案を発表します。その内容は、天皇の元首化や国防軍の保持、日の丸や君が代の尊重を義務づけるなど愛国主義の目立つ草案でした。同年12月に再登板した第2次安倍内閣では、2013年12月に国家安全保障会議(日本版NSC)の設置、スパイ防止・テロ活動防止のための特定秘密保護法の制定、靖国神社への参拝を行いました。2014年7月には、集団的自衛権の行使を認める閣議決定を行い、第3次内閣では、2015年9月に集団的自衛権の行使、他国軍の後方支援、国連平和維持活動(PKO)等での武器使用基準の緩和などを盛り込んだ安保関連法を成立させるなど右寄りの政策を展開してきています。
このため日本では、右傾化した自民党が極右層の受け皿にもなっているおかげで、極右ポピュリスト政党の台頭を防ぐ役割も果たしている可能性があります。たとえば、日本では2014年に結党された極右政党の「次世代の党」が「日本のこころを大切にする党」、「日本のこころ」と党名を変えた後、2018年11月に解散し、自民党に合流しています。この党が綱領や基本政策で掲げていたのは、占領軍により押し付けられた戦後憲法に対する「自主」憲法の制定、愛国心や「正しい」歴史認識、道徳を育む教育、集団的自衛権、より厳格な外国人政策、エネルギー源としての原発維持、地域分権などでした。また、主婦の軽視につながるという理由で男女共同参画施策に反対し、外国人参政権にも反対することを公約にしていました。極右政党らしい、より強権的な外交政策、伝統的な価値観の擁護、排外主義の発露です。この次世代の党の最高顧問を務めたのが石原慎太郎で、都知事だった頃の石原に対する有権者の支持態度にも排外主義が影響していたことが、樋口直人と松谷満の研究によって明らかにされています(注47)。
安倍首相を「危険な歴史修正主義者」とみなし攻撃する動きも一部存在しましたが、実際には、戦後70年談話で「村山談話を継承する」と述べたり、日韓合意を締結するなど、予想に反する柔軟性も見せています。また、2016年5月には、人種差別・排他主義的な街宣活動や不当な行為を規制する「ヘイトスピーチに関する法案」を可決・成立させるとともに、2018年12月には出入国管理法を改正し、外国人労働者の受け入れを拡大する方向に舵を切りました。ほかにも、第3章で述べたように不平等を是正する姿勢(同一労働同一賃金など)も手広く見せるなど、時流と照らして必要とされる左寄りの政策も合わせて展開しています。
このような自民党を支持する人はどのような人たちなのでしょうか。桑名祐樹が先ほどの2017年の量的社会調査のデータに基づき自民党投票の規定要因を分析しています(注48)。その結果、愛国主義、外国一般排外主義、日米安保強化、原発利用賛成、安倍晋三好感度が統計的に有意な効果を有しており、自民党への投票を促す要因となっていることがわかりました(ちなみに最も効果が強かったのは安倍晋三好感度でした)。外国一般排外主義が有意な効果があったことから、国家間対立に依存したチャイナ、韓国に対する排外主義にとどまらず、一般的に外国籍者全般を排除するような排外主義者の方が、自民党に投票しやすいということです。
逆に、市民・政治型の純化主義(ある人を本当に日本人であるとみなすために重要だと考えるものとして、日本の政治制度や法律を尊重したり、自身を日本人だと思っていることを重視する考え方)、政治家不信、憲法に関するナショナル・プライド(日本の憲法を誇りに思う)が負の効果があり、このような考えを持った人ほど自民党に投票しないことがわかっています。先ほどの図4―4の議論と合わせると、右派は日本人であるための条件として祖先や血統などの民族性を重視するのに対して、左派は、それらよりも個人の考え方を重視するということになります。
右派は外国籍者への社会的権利の付与に対しても否定的です。永吉希久子准教授が先ほどの2017年の量的社会調査のデータに基づき「外国籍者への社会的権利の付与に対する支持の規定要因」を分析したところ(注49)、脅威認知、生活保護忌避、愛国主義、単一民族神話型純化主義、外国籍人口割合に負の効果があり、特に脅威認知が最も強い負の効果を持っていることがわかりました。ちなみに、脅威認知とは「異文化の影響で日本文化が損なわれる」「日本社会の治安・秩序が乱れる」「日本人の働き口が奪われる」「生活保護などの社会保障費用が増える」「犯罪発生率が高くなる」といった考え方を持っていることを意味しています。第2章で述べたように、右派はこういった脅威に敏感で、世界を敵意と危険に満ちた世界だと見なしやすいために、外国籍者への社会的権利の付与に否定的になると推測できます。
第2章の表2―1で紹介した「政策争点態度と左右の自己位置の相関」でも、外国人参政権の相関はマイナス0.27と比較的大きく、右派ほどこれを支持しない傾向にありました。右派は、民族的純化主義に基づき、祖先や血統が異なるよそものが、社会的便益に便乗することを防ごうとするのです。
右派は生まれ(遺伝)に、左派は育ち(環境)に重きを置く
これまで見てきたように、右派は血統や祖先、遺伝子、民族にこだわるのに対して、左派は、そういったものよりも個人の考え方を重視します。一般的に、左派は遺伝的要素を軽視し、人の心をまっさらな空白の石版(ブランク・スレート)として捉えたり、教育や環境によっていかようにも変えることができると考える傾向にあります。
実際に、マルクス主義者は人種という概念を相手にせず、遺伝子による継承という考え方や生物学的要素に根ざした人間の本性という考えそのものに敵意を持っていました(注50)。マルクスとエンゲルスは著作のなかで、人間には生まれつきの特徴や差異などないという「ブランク・スレート」の教義を明示的に採用したわけではありませんが、人間の本性には永続的な属性はなく、すべては変えることができるという確固たる見解をもっていました。つまり、人間の心は生得的な構造を持たず、ある歴史的な時期における社会的・物質的環境によって決まり、環境が変わるにしたがって、たえず変化するものであり、伝統的な制度や文化、宗教、機構は固有の価値を持たないと考えていました(注51)。具体的には、マルクスは次のように述べています。
・人間が環境をつくるのと同じくらいに、環境が人間をつくる。(注52)
・人間の存在を決定するのは人間の意識ではない。反対に社会的存在が意識を決定するのだ。(注53)
・人間の本質は各個人に本来的に備わっている抽象物ではない。人間の真の本性とは社会的関係の総体である。(注54)
・歴史はすべて人間本性の連続的な変化にほかならない。(注55)
他にも、レーニンは政治家ニコライ・ブハーリンの「資本主義時代の人間という材料から共産主義の人間をつくりだす(注56)」という理念を支持していますし、レーニンの崇拝者だった作家のマキシム・ゴーリキーは「レーニンにとっての労働者階級は、冶金技術者にとっての鉱石である(注57)」と書き、「人間という原料を相手にするのは、材木を相手にするよりもはるかにずっとむずかしい(注58)」と記しています。このような「人の心は可塑性を持った柔軟なもので、環境によって自由に作り変えることができる」という考え方は、心理学において環境の優位性を主張する行動主義心理学に通底するものがあります。その創始者であるジョン・ワトソンは著書の中で次のように述べています。
私に心身共に健康な1ダースの赤ちゃんを与えてもらえれば、環境条件を調整して条件付けを駆使することによって、その子の才能や偏向、性癖、能力、適性、そして血筋に関わらず、私が選ぶどんな種類の専門家、医師、弁護士、芸術家、大実業家、更には、乞食や泥棒にさえもしてお見せすることを保証する。(注59)
もし心が、生まれたときにはまっさらで構造がなく、経験によって利己心などが形成されるのであれば、適切な種類の心を望む社会は経験を管理しなくてはならないことになります。そのため、共産主義国家では、育児、教育、服装、娯楽、建築、芸術、そして食べ物やセックスにいたるまで、生活のあらゆる面を管理しようと試みました。例えば、チャイナやカンボジアでは、強制的な公共食堂、男女別の成人寮、子どもを親から引き離すことなどが実験としてくり返されてきました。共産主義の国で、共産主義支持者ではない人を矯正する際に使われる「再教育」という言葉も、人の本性や思考は教育などの環境によっていかようにも変えられるという信念に基づいています。
環境がすべてを決めると考えている人たちは、自民族と他民族には本質的な違いはないと考えます。そのため左派は「一見違うように見える人も生まれた国や育ちの違いでそう見えているだけだ」と考え、社会的に置かれた立場(階級など)などで団結することに抵抗がありません。また、生まれつきの特性とされているものに基づく性差別や民族差別も、まったく不合理なものであるとして批判します。これに対して右派は、遺伝的要素を重んじ自民族と他民族を明確に分け、時として、他民族を別の生き物のように捉えることもあります。
その例として、極右団体に人気の宗教的イデオロギーである「クリスチャン・アイデンティティ」運動に関わっているメンバーが持っている世界観をご紹介しましょう(注60)。驚くべきことに彼らは、神は白人で、旧約聖書における神と契約を結んだ民族(イスラエルの失われた十支族)はユダヤ人ではなく白人で、モーセは偉大なアーリア人のリーダーだったと考えています。また、ユダヤ人はイヴを誘惑した蛇の末裔であり、有色人種は獣姦によって発生した生き物だと捉え、白人のみが神の子で、他の人種は魂を持っていないと想像しているのです。彼らの思い描く終末論は、白人を滅ぼそうとするユダヤ人や有色人種に対する白人の徹底抗戦によって、彼らを逆に地上から消滅させるというシナリオになっています。この人種間の世界最終戦争シナリオは、どことなくヒトラーが抱いていた人種間の闘争のビジョン(第2章冒頭)とよく似ています。
性を社会的に構築されたものに過ぎないと考える左派は、LGBTを誤った育児や好ましくない環境が原因となって発生した矯正できる病もしくは発育不全であると捉える傾向にあります。そのような思想的背景もあってか、第3章で述べたように旧共産主義国では、LGBTの権利を認めようとするよりも病気の一種として扱っていました。このようにブランク・スレート論は、子どもが思い通りに育たなかった親やLGBTの親に全責任を負わせ苦しめることにもなります。
人間には生まれつきの特徴や差異などないという見方は必然的に平等主義を導き出します。このため左派は、すべての人間は等しく、基本的な倫理観と才能のポテンシャルを有すると考え、不平等に不寛容になります。そして、不平等や犯罪の原因を、環境(劣悪な家庭環境、差別、不十分な教育制度など)や構造的な不正(労働者を搾取する資本主義や、顧客を騙す大企業、植民地主義による搾取など)にあると考え、これらを無くすよう働きかけます。
一方、右派は遺伝の影響を重く見ることで、「人間としてのできが違うのだから不平等なのは当たり前だ」と考える傾向にあります。実際に、知能が個人の安定した属性の1つであること、脳の特徴(全体的なサイズ、前頭葉の灰白質の量、神経伝達の速度、大脳のグルコース代謝など)と関連づけられること、部分的に遺伝すること、そして収入や社会的地位など、人生の結果の一部が知能から予測されることを示す所見が豊富にあります(注61)。
右寄りの政策や発言で有名なトランプ元大統領はこのような知能の遺伝学をいたく気に入り、自分の叔父がマサチューセッツ工科大学の教授(「天才的な学者」)であることが、自分が「優れた遺伝子、きわめて優れた遺伝子」を持っている証拠だと、ことあるごとに口にしていました。最初の閣僚を任命した際にも「われわれは、かつて組織されたあらゆる内閣の中でもずば抜けてIQが高い」と公言しています(注62)。
右派は、人を遺伝子や出身地で判断しやすいことから、先進国や豊かな国の人に対しては寛大で親切な態度を取ることもあります。例えば、朝日新聞の金成隆一記者が2017年4月にアパラチア山脈の町、ケンタッキー州パイクビルで行われた白人至上主義団体の集会を取材した際に、日本人だとわかるやいなや親切にされたことを次のように報告しています。
会場は白人ばかり。記者は好奇の目にさらされたが、日本から来たと自己紹介すると彼らの態度が変わった。敬礼する者もいる。
KKK(クー・クラックス・クラン)の名刺を差し出してきた若者が言った。「私は(戦前の)帝国主義時代の日本を尊敬している。みんな同じだ。どの民族にも固有の文化があり、尊重されるべきだ。日本は模範だ」
白人の優越を信じているのかと質問すると、口々に否定した。「日本人にIQテストで勝てないのは自明だ」。一人が冗談っぽく答えると、隣の男性がまじめな顔で続けた。「私の本業は自動車の修理工だが、日本車の方が米国車よりも優秀だ。白人の方が優れていると言うつもりはない。ただ、それぞれの民族が固有の土地を持つべきだと言っているだけだ」(朝日新聞2017年8月29日朝刊「再びうごめく白人至上主義 デモ衝突で犠牲者 米に深い傷」より)
つまり右派は、どんなよそものも軽蔑したり排除したりするというような単純な話ではなく、生まれや血統で人を判断し、これまで経済や学問、文化の面で成功を収めてきた国民や民族をしっかり評価して、尊敬する側面もあるということです。
第5章 結局どちらが正しいのか
左派の好ましくない側面(前編)
共産主義のような極端な例を除けば、人の本性を協力的なものだと捉え、不平等に不寛容で、自民族中心主義ではないといった左派の価値観パッケージは一見理想的に見えます。しかし、このような左派にも好ましくない側面がいくつかあると私は考えています。それは「人間の生得的・遺伝的研究の否定や妨害」「脅威に鈍感で然るべき対応が取れない」といった点です。
第4章で触れたように、左派は遺伝的要素や人の生まれつきの性質を軽視し、人の心をまっさらな空白の石版(ブランク・スレート)として捉えたり、教育や環境によっていかようにも変えることができると考える傾向にありました。しかし、これとは反対に、心や脳、遺伝子、進化に関わる現代の諸科学は、ブランク・スレート論が真実ではないという所見を着実に積み上げています。こういった研究報告を好まない左派は、これまでこういったブランクスレート論に反するような研究報告、知見の整理を非難したり、妨害したりしてきました。その様子は進化心理学者、スティーヴン・ピンカーの著書『人間の本性を考える(上)』(NHKブックス)の「第6章 不当な政治的攻撃」で詳説されていますが、左派はこれまで人間の本性に関する新しい科学に対して、嫌がらせ、中傷、誤伝、引用の改ざん、ひどい誹謗文書などを浴びせてきました。その一部をご紹介しましょう。
例えば、心理学者のポール・エクマンは1960年代の終わりに、ほほえみ、険しい顔、冷笑、しかめっ面などの表情が、それまで西洋と一度も接触がなかった狩猟採集民も含め世界中で見られ、意味も理解されることを発見し公表しました。これは表情とそれが意味する感情が人類に共通する生得的なものであることを示唆していたため、左派の怒りを買うことになります。文化人類学者のマーガレット・ミードはこの報告を「とんでもない」「ぞっとする」「面よごし」だと評し、アメリカ人類学会の年次大会では、聴衆の中にいた民族音楽研究家のアラン・ロマックスが「エクマンの考えはファシストの考えであるから話をさせるな」と叫びました。アフリカ系アメリカ人の活動家も、この報告を「人種差別」だと非難しています。
他の例としては、1975年に出版されたE・O・ウィルソンの『社会生物学』があります。この大著では、「社会間の普遍性の一部は(道徳意識も含めて)自然淘汰によって形成された人間の本性からきている可能性がある」といった仮説などが書かれていますが、これも左派から、「優生思想」「社会ダーウィニズム」だとレッテルを貼られて集中砲火を浴びました。
また、離れて育てられた双子について研究するミネソタ・スタディ・オブ・ツインズ・リアード・アパート(MISTRA)というプロジェクトが、性格や好奇心、一般知能、習慣の墨守などに遺伝要因が強く働くことを明らかにしたときにも同じようなことが起こりました。その成果が1980年代に最初に世に出始めたときに、この研究を立ち上げたミネソタ大学のトーマス・ブシャール・ジュニア教授には左派から「人種差別主義者」「詐欺師」「ナチス」といった非難が浴びせられたのです。大学から解雇させようとする動きすらありました(注1)。
最近でも、「黒人は身体能力が優れている」「女性は言語運用能力が高い」「ユダヤ人やアジア人は平均IQが高く、それは部分的に遺伝する」といった報告がありますが、こういった研究報告を正当な理由なく、政治的な理由だけで非難すれば、自由な研究ができなくなり、人間の生得的・遺伝的な研究を窒息させることになりかねません。そのため、こういった学問や研究の自由を尊重し、政治的な理由だけで口を挟むのは、慎むべきだと私は考えています。倫理学者のピーター・シンガーも、「私たちは進化した動物であって、その証拠が身体構造やDNAだけでなく行動にもあらわれているという事実を左派がまじめにとりあげるべきときがきている(注2)」と書いています。
こうした生得的な個人差に関する事実は、抑圧されるべき禁断の知識などではなく、むしろ「自由と平等のトレードオフ」や教育、社会制度を考える上で役立つ情報として活用すべきなのです。つまり、利己心や支配欲、性差などの全人類に共通した要素を無視したり、存在しないものとして扱うのではなく、科学的な研究成果に基づいて、利己心を健全なインセンティブへ昇華させるよう促す社会制度を構築したり、支配欲を適切なチェックアンドバランスによって抑制し権力の集中・乱用を防ぐ法制度を整備すべきでしょう(共産主義はこれらを無視したため、権力の集中と衰退に陥りました)。
性差の違いについても、男女のインセンティブの相違を考慮に入れれば、管理職や公職、教育機関で男女比を同一にすることを要請するような行き過ぎた男女平等に陥らないようにしたり、男性に対する逆差別をなくすのに役立つかもしれません。
左派の好ましくない側面(後編)
次に、左派の好ましくない側面のもう一つ「脅威に鈍感で然るべき対応が取れない」についてですが、これについてはすでに第2章で左派が、中国脅威論を否定していたり、戦争になったら無条件降伏したり抗議すればいいと主張していたことから、極東の脅威に鈍感で安全保障上の適切な対応ができる期待が薄いということを見てきました。第1章で触れたように、もともと左派は恐怖信号を検知し感じる扁桃体が右派と比べて小さい傾向にあったことから、このような対外的脅威に鈍感な傾向にあります。
本章では、これに加えてヨーロッパにおける移民問題を例にとって、左派の脅威に鈍感な面がもたらした厄災について見ていきましょう。この問題に詳しいのが、イギリスのジャーナリスト、ダグラス・マレーが書いた『西洋の自死』(東洋経済新報社)という書籍です。
この書籍によれば、ヨーロッパの左派は宗教的・文化的多様性に対する寛容というリベラルな価値観を掲げて、移民の受け入れを正当化してきましたが、彼らは赤道に近いところから来た、極めて右寄りで前時代的な移民たちだったのです。特に、イスラム系の移民の中には、非イスラム教徒(特にユダヤ人)あるいは女性やLGBTに対する差別意識を改めようとしない人たちが多く含まれていました。このため、移民による強姦、女子割礼(女性性器を切除する風習で、2006年には英国医師会が、英国に住む少なくとも7万4000人で実施されていると報告)、少女の人身売買といったおぞましい蛮行の数々が欧州で頻発するようになってしまったのです。そのごく一部の例を御覧いただきましょう。
(イギリスの)ロザラムでの虐待の捜査だけで、1997~2014年の間に1400人の子どもが性的に搾取されていたことが判明した。被害者は全員が地元出身の非イスラム教徒の白人少女で、最年少は11歳だった。全員が暴力的にレイプされており、中にはガソリンをかけられて、火を付けると脅された者もいた。他にも銃で脅された者もいれば、誰かにしゃべったらこうなるという警告として、他の少女が乱暴にレイプされるのを無理矢理見せられた者もいた。
加害者たちは全員がパキスタン出身の男性で、組織的に行動していたことが判明した。だが、地元議会のある職員は、「人種差別主義者だと思われそうで、加害者の民族的出自を明らかにすることには不安があった。別の職員はそうしないようにと上司から明確な指示を受けたことを記憶していた」と話す。地元警察も「人種差別主義」だと糾弾されることや、地域の人間関係に影響が及ぶことを恐れて、行動を控えていたことが明らかになった。(『西洋の自死』、99~100ページ)
2009年にはノルウェーの警察が、オスロでの被害届の出たレイプ事犯はすべて、非西洋系の移民の犯行だったことを報告しています。ドイツのケルンでも2015年の大晦日に2000人もの男たちが、ケルンの中心駅と大聖堂に接する広場や、その付近の街路で、約1200人の女性に対して性的暴行や強盗を働きましたが、これが明るみに出るには時間がかかりました。大手のメディアが事件を報道しなかったため、これが明るみになったのは数日後で、それもブログを通じてだったのです。程なく、同様の事件が北はハンブルクから南はシュトゥットガルトに至るドイツの複数の都市で起こっていたことが発覚しました。現場の動画や写真がSNSでシェアされ、マスメディアに確認されるに及んで、ようやく警察は容疑者全員が北アフリカや中東風の容貌を持つことを認めるに至りました。
このように欧州の政治機関やマスメディアは、人種差別主義者の烙印を押されることを恐れ、移民による犯罪の事実を極力隠蔽しようとしました。犯罪の被害者すら、加害者である移民を告発することをためらったのです。そして実際に、移民による犯罪を告発した被害者に対して人種差別主義者の汚名が着せられたり、あるいは告発した被害者の方が良心の呵責を覚えるといった、倒錯としか言えないような現象があちこちで頻発するようになりました。
そのイスラム系の移民たちの一部は、ヨーロッパでユダヤ人をターゲットに人種差別的な攻撃を行うようになります。例えば、2003年に欧州監視センターが発表した反ユダヤ主義についての報告書は、欧州で反ユダヤ主義的な活動が急増したのは、若いイスラム教徒によるユダヤ教徒への攻撃の増加が原因であることを明らかにしました。2006年には、パリでイラン・ハリミという名のユダヤ教徒がイスラム教徒の一団に3週間にわたって拷問され、殺害される痛ましい事件が発生しましたが、これは序章にすぎず、大量移民の時代にはユダヤ教徒に対する攻撃が至るところで増加し始めました。フランスでの襲撃を記録している機関「BNVCA」によれば、フランス国内での反ユダヤ主義的な攻撃は2013年から14年までの1年間だけで倍増し、851件に達していたのです。総人口の1%にも満たないユダヤ教徒が、フランス国内で記録された人種差別的な攻撃の半分近くで被害者になっていました。2014年のフランス革命記念日には、パリのシナゴーグ(ユダヤ教の会堂)で祈りを捧げていた人々が、「ユダヤ人に死を」などとシュプレヒコールする移民の一団によって缶詰にされたほか、以下のような殺人が別々のイスラム教徒によって実行されています。
・銃を持ったイスラム教徒が、フランスのトゥールーズのユダヤ人学校で子ども3人と教師1人を射殺(2012年)。
・イスラム教徒が、ブリュッセルのユダヤ博物館で4人を射殺(2014年)。
・イスラム教徒が、パリのユダヤ教徒向け食品店で4人を殺害(2015年)。
・銃を持ったイスラム教徒がコペンハーゲンのシナゴーグで警備員を殺害(2015年)。
2014年にはフランクフルト、ドルトムント、エッセンなどの街頭に移民が集結し、「ハマスよ、ハマス、ユダヤ人を全員ガス室に送れ」「ユダヤ人はクソッタレ」とシュプレヒコールしました。そこで、イスラム教のイマーム(指導者)は神に次のように嘆願しています。「シオニストのユダヤ人を滅ぼし、最後の1人まで殺してくれ」。
こうした反ユダヤ主義とテロへの恐怖から、欧州在住ユダヤ人はシナゴーグに通うのを避け、信仰上の務めを果たせない状況に置かれてきました。2016年9月に、二つのユダヤ人団体が、英国からウクライナに至る各地のユダヤ人コミュニティの意識を調査した労作によれば、欧州全域のシナゴーグでは警備が強化されたにもかかわらず、欧州在住ユダヤ人の70%がシナゴーグに通うのを避けるようになってしまったのです。
イスラム系の移民はユダヤ人だけでなく、LGBTにも否定的です。ギャラップ社が2009年に行った意識調査によれば、調査対象となった英国内のイスラム教徒500人のうち、同性愛を道徳的に容認できると考えていた人は1人もいませんでした。2016年に実施された別の調査でも、英国内のイスラム教徒の52%が同性愛を違法とするべきだと考えていることが明らかにされています。
移民は経済面でも、受け入れ国の負担になることを示唆する報告もあります。ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン(UCL)による研究で、欧州経済圏(EEA)域外からの移民は、実際に納めた税金を約950億ポンド上回るサービスを享受していたことが明らかにされました。1995年から2011年の間に英国にやって来た(都合のいい裕福な移民だけではなく)すべての移民を取れば、支払った金額よりも受け取った金額の方が相当に多く英国を少なからず貧しくしていたのです。
移民を受け入れ、民族的多様性が増すほど、社会資本が腐食されることを示唆する報告もあります。ちなみにこの「社会資本」とは、信頼、利他主義、結束、共同体感覚、慈善活動や奉仕活動、共有財への投資、地域社会の設備維持への関心、自覚している生活の質や幸福度のことを指しています。この調査は、政治学者のロバート・パットナムらが実施したもので、アメリカの41地域社会の3万人から集めたデータを対象に分析を行いました。その結果、アメリカの地域社会のうち、民族的多様性の水準が高いところほど「社会資本」の水準が低くなっている傾向があることを見出したのです(注3)。個々人の年齢、性別、教育、民族、所得、言語で統制したり各地域社会の貧困率、所得格差、犯罪率、人口密度、人の流動性、平均教育水準で統制したりしても、こうした効果が確かなことに変わりはありませんでした。社会資本と多様性の両方を支持するパットナムは、こうした結果に唖然として、しぶしぶ公表にふみきりましたが、他の多くの研究者たちも同様の発見を報告しています(注4)。
民族多様性が社会資本に及ぼすこうした腐食効果は、民族性そのものの効果ではなく、それぞれの民族がもつ価値観、政治的態度、宗教・社会に関する想定、エチケットの体系、社会規範が異なっていることが原因だと考えられています。そのため、このような社会資本の腐食を緩和するためには移民にある程度同化してもらう必要があるということです。
ただし、こういった同化を進めるために、イスラム教徒を説得しようとしても価値観の壁が立ちはだかります。イスラム教徒は、イスラム教を批判されることに大変敏感で、出版や言論、表現の自由を尊重しないのです。例えば、1990年10月5日にイスラム教のある宗教指導者はアムステルダムのラジオ局の番組で、こう述べています。「イスラム教とその秩序に反抗する者たちや、アラーとその預言者に敵対する者たちは、シャリーア(イスラム法)にあるとおり、殺害し、絞首し、虐殺し、あるいは追放してもよい」。つまり、イスラム教が政教分離を実現していないことや、女性の権利や自由が尊重されていないこと、LGBTのような性的少数派やユダヤ人に対するイスラム教の姿勢などを批判することは極力控え、イスラム教を他の宗教とは違った特権的な扱いをしなければならないということです。実際に、他の宗教を批判する時のような調子でイスラム教を批判した人が、人生を変えるような事態に陥ったり、命を守るために警察の保護を受けることになる事態が頻発しました。その代表的な例がイギリスの作家サルマン・ラシュディがムハンマドの生涯を題材に書いた小説『悪魔の詩』(1988年に発表)です。この小説に対するイスラム教徒の反応は先進国にとって驚くべきものでした。
革命で成立したイラン・イスラム共和国の最高指導者、アヤトラ・ホメイニが「世界中のあらゆる熱心なイスラム教徒」に向けて、ある文書を発布したのだ。それは「イスラム教と預言者とコーランに敵対して編集・印刷・出版された『悪魔の詩』なる本の著者と、その内容を知りつつ発行に加担したすべての者たちに死刑を宣告する」ことを知らせるものだった。
ホメイニはこう続けた。「すべての熱心なイスラム教徒に呼びかける。彼らをどこで見つけようと、迅速に処刑せよ。イスラム教の神聖さを侮辱しようとする者が、他に誰も出ないようにするためだ」
これを受けてテヘランにある慈善財団のトップが、英国人作家サルマン・ラシュディの殺害に300万ドルの懸賞金をかけた(殺害者がイスラム教徒でない場合は200万ドル減額されることになっていた)。英国や他の欧米諸国は「ファトワ(死刑を含む宗教令)」という言葉をこの時、初めて覚えた。(『西洋の自死』、203ページ)
このような殺意や暴力は、著者にとどまらず、それを翻訳した人や出版社、書店に対しても向けられました。
・イタリア語の翻訳者はミラノの自宅のアパートで刺され、さんざん殴られた。
・ノルウェー版の発行者のウィリアム・ニゴールが、オスロの自宅の外で3発の銃弾を受けた。
・日本語の翻訳者の五十嵐一は、キャンパスのエレベーターホール前で、何者かに惨殺された。首は切断寸前まで深くかき切られ、刃物による複数の切り傷のある状態だった。
・英国では同書を置いていた2軒の書店が火炎瓶で焼かれた。爆弾が仕込まれた店もあった。
・検閲に反対する姿勢を示すためにイスラム教の開祖が登場するロマンス小説The Jewel of medina(「メディナの宝石」未邦訳)を刊行したロンドンの小さな独立系出版社が、3人の英国在住イスラム教徒によって火炎瓶で焼かれた。
このような移民がヨーロッパでは着実に増えています。それは、彼らの出生率が欧州の人と比べて高いからです。たとえば、ウィーン人口研究所は今世紀半ばまでに15歳未満のオーストリア人の過半数がイスラム教徒になると確信しています。フランスの作家兼哲学者のルノー・カミュが2008年の著作で「大置換」と呼んだ現象(欧州の住民がいずれ出生率の高い移民によって置き換えられること)が現実味を帯びてきたのです。それによって国が移民に乗っ取られるという未来を小説で描いたのがフランスの小説家、ミシェル・ウエルベックです。
彼の小説『服従』では、2020年代のフランスを舞台に、右派政党と左派政党が選挙戦を争っています。そんな中、フランス在住のイスラム教徒の支持を受けた、穏健なイスラム主義者の率いる政党が出生率の高さもあり、勢力を伸ばしていました。フランスの左派は、右派政党の「国民戦線」に対抗するためにはイスラム政党の下に団結するしかないと考えこの政党を勝利させますが、この政党はフランスの変革に乗り出すことになります。特に教育行政を支配し、すべての公立大学がイスラム化されてしまうのです。オープンで寛容な心を是とする左派の価値観が、非リベラルな文化に対しても適用されてしまった結果、移民に国を乗っ取られてしまい、ついには人権、法の支配、言論・出版・表現の自由といったリベラリズムの中核的価値観を破壊されてしまうというのは皮肉としかいいようがありません。この小説の意義と重要性について、ダグラス・マレーは次のように述べています。
そして同作中で最も真に迫った奇想は、もちろん左右両派のエリート政治家たちが「人種差別主義者」だと見られまいとするあまりに、最悪にして最も急速に膨張する人種差別主義者にへつらい、ついには自分たちの国を手放してしまう点だろう。(中略)ウエルベックが同時代の小説家の中で頭ひとつ抜け出ているとすれば、それは西欧が現在直面している問いの深さと広がりをはっきり認識しているからである。(『西洋の自死』、432ページ)
1997年以降、中道左派が優勢だった欧州の政治は移民の増加によって右傾化していきました。その最大の理由は、こうした移民による脅威にどう対処するかという最も切実な問題に、中道左派が回答を持っていなかったからです。第1章で触れたように、脅威にさらされると、右派以外の人も恐怖に敏感になり右翼的なイデオロギーに共感したり、それを魅力的に感じるようになることから、2000年代に入るとヨーロッパ各国で、移民排斥、反グローバリズムを掲げた極右政党が躍進するようになります。この中には、増加する犯罪に対処するために、ヨーロッパでほぼ廃止された死刑制度の復活を掲げている政党も多くありました。
このように左派は、オープンで寛容な心を持っている反面、脅威に鈍感で他国や異民族に付け込まれやすいという欠点があります。その欠点を補い、よそ者に食い物にされないための防衛反応として右派の考えを持った人が社会に一定数必要とされてきたのです。
左派は、開放性の高さから、新しいものをとりあえず試してみる冒険的な戦略を取ったり、集団を離れたよそものや放浪者を受け入れようとします。これは、新しい食べものを見つけたり、そのよそものから有用な知識や技術を得たり、新たな交易の機会を得ることにも繋がります。ただし、好奇心が強く怖いもの知らずで色々なことに挑戦したり、危険なものに接する機会が必然的に多くなることから、こういった人は右派と比較して短命になる傾向にあります。また、よそものが新しい病気を持っていたり、悪意を持っていた場合には、左派のオープンな心が仇となり、集団に損害を与えることになります。そのため、そういった新しいものやよそものをとりあえず避ける右派の戦略を取った方が、毒物や罠、感染症を効果的に避けることができたというわけです。こうしたトレードオフのバランスが反映されて、世界中のあらゆる人類集団には程度の差はあれ、両翼の考えを持ったヒトが混在してきました。
ナショナリズムとパトリオティズム
これまでの話を統合すると、右派的な考え方や価値観(愛国主義や排外主義)は、平時には社会資本の腐食を防いだり、自民族の結束力を高めたりするような働きがあるだけでなく、移民やテロ、感染症、他国の軍事的脅威に直面したときのような非常時には「自集団を守るための免疫」として働きます。この働きが排外主義や軍拡主義となってこれらの対外的な脅威に対抗しようとするのです。このような心理的反応は悪意ある対象に対しては有益ですが、そうでない対象に対して向けられた場合にはアレルギー反応のように有害なものとなります。外集団を排斥することで衰退した例としては、ユダヤ人の排斥が有名で、反ユダヤ主義は、これまでも長期的には反ユダヤ主義自体に損害をもたらしてきました。
スペインの国王フェナンドと女王イサベルは、1492年にスペインからユダヤ人を追放しましたが、当時のユダヤ人は、この国の商人カーストでも重要な役割を担っていました。イベリア半島の再征服(レコンキスタ)と帝国建設を成し遂げたスペインは、「太陽の沈まない国」として、次世紀には頂点に立ちます。しかし、ユダヤ人追放の結果も部分的に影響して、無敵艦隊の壊滅や敗戦によってヨーロッパの覇権を失い、急速に凋落していきました。国民は低迷する経済に苦しみ、この状態が最近まで続いています。世界金融危機 (2007年~2010年)において金融・財政部門の改善が自国の力のみでは達成出来ない可能性のあるヨーロッパの国を頭文字を取って「PIIGS」と表現していましたが、それにはもちろんスペインのSが含まれています。一方、追放されたユダヤ人の多くは、オランダなどで経済的な成功を遂げました。そして、その子孫たちが後押ししたオランダは黄金時代を迎え、スペインから覇権の座を奪い取ることになります。
第2次世界大戦中のドイツでも、ナチスによる人種差別政策でヨーロッパ中の優秀なユダヤ系科学者が軒並みアメリカへと移り住みました。そして、彼らが国家の軍事力を支える技術革命を実現し、原子爆弾などの開発を成功させることになります。ヒトラー政権の迫害を逃れてヨーロッパを出ていった科学者リストには、「水爆の父」の異名をとるエドワード・テラー、航空機設計の天才テオドール・フォン・カルマン、20世紀を代表する数学者の一人、ジョン・フォン・ノイマン、原子核の連鎖反応の考案者レオ・シラード、最初の実験原子炉を作り出したエンリコ・フェルミ、ノーベル物理学賞受賞者のハンス・ベーテ、ユージン・ウィグナー、オットー・シュテルン、アルバート・アインシュタインなど錚々たる面々が名前を連ねています。
19世紀末のロシアでも、皇帝や地方政府の奨励策の下、ユダヤ人排斥運動が開始されました。こうした運動も一因となって、やがてロシアは混迷に陥りロシア革命が勃発することで、ソビエト連邦が樹立されます。一方、ユダヤ人の多くは、アメリカの移民となって、経済、社会、学問、政治等々の分野で成功を収めることになります。その後、この二つの大国は冷戦によって争うことになりますが、どちらが勝ったかは皆さんご存知のとおりです。
このように社会にとって有益な人々に対しても排外主義を発動すると、結局長期的には自分たちの首を締めることになります。また、愛国心が自民族中心主義、差別、歴史・事実の歪曲による自国の正当化、オリンピックやワールドカップでの不正行為、自国のものを押し売りしたり贔屓するバイアス、自国の利益のみを追求した環境破壊などの問題を引き起こすこともあります。
愛国主義は確かに、このような自民族中心主義や排外主義と結びつくこともありますが、自分の故郷や伝統文化を愛する感情とも深く結びついています。英語では、このような「自分の生まれた場所に対する愛情や忠誠心」「自国の伝統に対する誇り」のことを「パトリオティズム」と呼んで、「ナショナリズム」と区別しています。これは日本語の「郷土愛」に近い意味のもので、共同体の利益を最優先するナショナリズムとは別物です。右派の考え方はこのパトリオティズムも含んでおり、これは文化多元主義を重んじるグローバル社会でも歓迎されるものです。なぜならこれは、自国の伝統文化や文化財を大切に保存したり、復興すること、自国固有の動植物を保全することの原動力にもなるからです。
ただ、日本人には、こういったパトリオティズムが不足しているとアメリカの東洋文化研究者、アレックス・カーは指摘しています。彼の著書『ニッポン景観論』(集英社新書)では、日本人が伝統的で統一感のある町並みや景観を保つことができていないことが様々な角度から明示されています。
日本人がパトリオティズムの感情をしっかりと保持し、故郷の景観や伝統に誇りを持っているのならば、京都の名所旧跡周辺の路上に醜悪な電柱と電線が張り巡らされているような状態にはならないというのです。
つまり、右派=ナショナリズムではなく、それには「パトリオティズム」も含まれており、他文化を認めつつも欧米化に流されず文化的個性やアイデンティティを保持するという好ましい側面もあるということです。
ベストミックスの提案(前編)
これまでの話を踏まえ、「部族主義(Tribalism)か否か」「不平等に寛容か否か」「人間の本性を競争的なものと見るか、協力的なものと見るか」の3つの価値観についてベストな中道を模索してみたいと思います。
まず、「不平等に寛容か否か」の経済的平等については、第3章で述べたように、大志ある人のインセンティヴを削ぐぐらいの平等社会ではなく、貧困層に転落した人たちのケイパビリティ(潜在能力)が台無しにならない程度のバランスのとれた社会が最も活力があると私は考えています。性差に関わる平等についても、生得的な性差を無視した行き過ぎた男女平等を避け、かつ男女それぞれのケイパビリティが最大限に活かせるような状態が理想的だと考えます。
残った「部族主義(Tribalism)か否か」「人間の本性を競争的なものと見るか、協力的なものと見るか」については、外集団の性質によって最善の策が変わってきます。つまり、外集団が良心的で無害ならば、協力的で自民族中心主義を控えた左派の価値観でよそものと接するべきです。これに対して、外集団が悪意を持っていたり、悪意がなくても新しい病原菌のような脅威を持っているのならば、競争的で排他的な右派の価値観に基づくべきです。つまり、外集団の性質を考慮せずに「左派と右派のどちらが正しいか」を議論することはナンセンスで、重要なのは「対峙している外集団が脅威と利益のどちらをもたらすか」ということだと思うのです。むしろ避けるべきなのは、相手がどんな人だろうと固定的で一貫した態度で接することです。こういった認識が浸透すれば、日本における右派と左派による政治的対立も「外集団の性質の正確な認知」に置き換えることで、ある程度乗り越えることができるのではないでしょうか。
こういった右派と左派の価値観・戦略のどちらが国家間で有効なのかを考える際に、私が参考になると考えているのが「囚人のジレンマ」と呼ばれるゲームです。自分ともうひとりのプレーヤーで表5―1のような経済ゲームをすることを考えてみましょう。

自分も相手も「協力」と「裏切り」のどちらかを選ぶことができますが、相手がどちらを選ぶかはわかりません。二人とも協力を選べば、両者が6万円をもらえますが、こちらが協力のときに相手が裏切りを選ぶと自分は1円ももらえないのに対して、相手は10万円を手にすることができます。かといってこれを避けるために二人とも裏切りを選んでしまうと両者は3万円しかもらえません。つまり、自分だけ裏切れば得をしますが、相手も同じように裏切ってしまうと痛み分けとなります。このゲームを同じ人と連続して行うことを考えると、初めから両者が裏切らないで協調し続けた方がWin-Winになるのですが、お互いに「相手は、自分の利益を優先して次は裏切りを選ぶのではないか」と疑ってしまうことで結果的に両者が裏切りを選ぶ少額しかもらえない状況に陥りやすくなります(この状態を囚人のジレンマと呼びます)。
私は、これと同じことが国際関係にもあると思っています。例えば、表5―2のようにA国とB国が両国とも左派の考え(文化多元主義で協力的)を持っている場合には、活発な経済活動、文化交流などで両国が栄えます。

この場合には、左派のオープンで寛容な心が説得力を持つでしょう。これに対して、A国が左派の考えを持っているのに対して、B国では右派の考え(国益を最優先とした競争主義)が支配的だった場合を考えてみます。この場合には、A国はB国によって不当に搾取されることになるでしょう。具体的には、B国は愛国主義に基づいて他国の製品にあれこれ難癖をつけては輸出入規制や政治的な不買運動を行うだけでなく、購買行動でも自国の製品をひいきします。また、自国の産業や企業を優遇したり救済措置を取ることで、外国の企業を締め出そうとします。海外の映画や音楽、書籍などのコンテンツを楽しむ際にも、海外版や違法アップロードを通じて鑑賞し、その対価を外国に支払いません。
一方、オープンなA国はB国の企業のインフラやネット、スマホ、パソコン、SNS、アプリ、ソフトウェアを導入することもありますが、それには至るところにバックドアが仕込まれており、A国の企業秘密や個人情報がB国の手に渡ります。B国は、それを基にしたサイバー攻撃や、技術を盗用した安価なパクリ製品によって国際市場でのシェアを奪おうとします。
政治についても、移民や外国人にオープンで寛容なA国は、当然、外国人参政権を認めるだけでなく、B国の国民や移民が議員や公職、管理職に就くことも禁止していません。そのため、彼らによる内政干渉と国家機密情報・軍事機密情報の漏洩に悩まされることになります。
このように、人の本性を競争的なものだと思っている人にとって、人の本性を協力的なものだと思っている寛容な人は、いいように利用され食い物にされてしまう危険があります。これを恐れ、両国が右傾化すると、結局自他共栄のようなWin-Win関係は築けず、お互いが相手を競争相手だと考える敵対関係になるでしょう。
このため、外交政策や外交態度を相手国に対して柔軟に変える必要があります。つまり、敵意のある自民族中心主義国家に対しては、右派のアプローチで毅然とした態度で接し、敵意のないオープンな国に対しては、左派のような寛大な姿勢で協力するのが最善の選択となるでしょう。
ベストミックスの提案(後編)
日本では、領土問題などで敵対関係にあるチャイナや韓国に対しては右派の姿勢で、日本に友好的な国に対しては左派の姿勢で対応するのが最善だと考えます。現に、自民党は日本に友好的な国と「クアッド」などで連携し、敵対国に対処しようとしています。これに対して、2009年9月に誕生した日本の民主党政権は、親中・媚中の態度に終始していました。挙句の果てに、鳩山首相が「東アジア共同体」などと言い出し、沖縄から米軍基地を追い出そうとして、軍事同盟国である米国を大変苛立たせました。民主党政権がすり寄ったチャイナは敵対国であるだけでなく、左派が擁護する人権や文化的多様性、言論・出版・表現・思想・学問の自由、国際法を侵害する独裁国家です。このような国は本来、左派が最も立ち向かわなければならない相手でしょう。
人権や文化的多様性の侵害として、チャイナは新疆ウイグル自治区、チベット自治区、内モンゴル自治区で、少数民族の弾圧や文化的ジェノサイドを行っています。具体的には、政府の意向によって2014年から新疆ウイグル自治区の学校でウイグル語の使用が禁止となり、ウイグル語の教育ができなくなりました。それだけでなく、男たちは強制労働に駆り出され、女性たちは組織的な性犯罪の被害に遭っていると、英国放送協会(BBC)は報告しています(注5)。
内モンゴル自治区でも、2020年6月末に突然、9月から教育におけるモンゴル語を大幅に削減して漢語(中国語)に切り替えるとの政策が打ち出されました。これに対して、自治区のモンゴル人をはじめ、同胞の国であるモンゴル国と世界各国に住むモンゴル人も抗議活動を展開しましたが、これにより多数の教育関係者と幹部たちが当局に逮捕されたり、政治的思想教育(洗脳)を受けさせられるなど、弾圧は強まる一方です(注5)。
チャイナは言論・出版・表現・思想の自由も認めません。ネットでの自由な言論・表現を検閲で規制していることは有名ですが、出版や思想の自由も認めていません。チャイナの国内では、中国共産党のスキャンダルを扱う本や、習近平国家主席の資金源に関する本、政治的な権力闘争に関する本などの発行が禁止されています。チャイナの特別行政区として高度な自治が認められていた香港でも、2015年に中国共産党に批判的な本を扱っていた銅鑼湾書店の関係者5人が相次いで失踪する事件があり、閉店を余儀なくされました。
思想の自由についても同様です。民主化運動を始め広範な人権活動に参加し、2010年にノーベル平和賞を受賞することになった劉暁波は当局に度々投獄されてきました。2015年には、チャイナの人権派弁護士ら300人以上が当局に拘束され、睡眠を認められない、水や食事を少量しか与えられないといった拷問を受けています(注6)。海外でも、天然資源、特に石油を確保するために、第三世界の独裁政権を援助し、人権抑圧を進めています。
学問の自由の妨害としては例えば、中国政府の意を受けたチャイナの外交官や留学生たちが米国の主要な大学で工作活動を行い、教育や研究の自由を侵害しています。米国議会が設立した半官半民のシンクタンク「ウッドロー・ウィルソン国際学術センター」が、2018年9月上旬に公表した「米国の高等教育への中国の政治的な影響と干渉の活動の研究」と題する報告書は調査結果の総括として、「これまでの20年間に、米国駐在の中国政府外交官らは、米国の多数の大学の学問の自由を次のような方法で侵害した」として、次のような諸点を指摘しています。
・中国側が触れてほしくないテーマ(チベット抑圧、新疆ウイグル自治区でのウイグル⺠族弾圧、中国国内での人権抑圧、無法な領土拡張など)についての教育を止めさせるよう圧力をかけたり懐柔を図ったりした。
・大学が招く講演者や、催す行事について苦情を述べた。
・ジョージ・ワシントン大学がダライ・ラマの講演を計画し、ウィスコンシン大学が台湾政府代表の招待を計画した際に、中国人外交官が両大学に激しい抗議を繰り返した。
・中国側の要求を受け入れない場合、その大学が中国側と交わしている学生交換などの計画を中止すると威嚇した。
・中国側の要求に応じない米国側の学者や研究者に対して、私生活にまで踏み込んでいやがらせ行為や威嚇行為を行った。
・米国の大学などで中国関連の学術テーマを専攻する教職員のなかには、中国政府が嫌がることを表明するとさまざまな形で報復や非難を浴びる危険性を恐れて、本来の意見を自分の判断で抑えてしまう人たちも少なくない。
35万人に達する中国人留学生の一部も、中国政府の意向を受けた形で米国の大学の教育や研究の内容に圧力をかけています。その具体的な事例を見ていきましょう。
・中国当局の嫌う研究や講義の中止を求めた。
・中国についての特定の展示や行事の撤去や中止を求めた。
・中国政府が嫌う人物を外部から招くことを中止させようとした。
・中国政府にとって好ましくない主張をする特定の教職員を非難した。
・大学の講義で一般の中国人留学生が中国に関する政治問題でどんな意見を述べるかを中国の大使館や領事館に定期的に通報した。
チャイナは外交官や留学生を通じた工作だけでなく、国家としても米国の大学の教育や研究の自由に不当な圧力をかけてきました。
・メリーランド大学がダライ・ラマを招いたことに対して、中国側は同大学への中国人留学生派遣を停止した。
・カリフォルニア大学サンディエゴ校がチベット関係者との交流を進めたことに対して、同校への中国政府系の学者の公式派遣を停止した。
・中国側は米国の学者たちに対する脅しの手法として、中国への入国ビザの発給を拒否することを示唆する。
・ウィスコンシン大学のエドワード・フリードマン教授が、中国政府が望むような内容の本を2万5000ドルの報酬で書くことを中国側から勧められた。
日本がチャイナと敵対関係にあることは、言うまでもないことですが、それをよく表していたのが、2011年3月の東日本大震災が発生した4日後の「東方日報」の記事です。
釣魚島(尖閣諸島)を奪還するには、コストとリスクを最小限にしなければならない。日本が強いときには手出しができない。日本が弱っても手を出せないならば、釣魚島はいつ奪還できるのか。日本が大災害で混乱しているこの機会が絶好のチャンスである。
このように災害時に援助どころか、隙に便乗して侵略しようとする主張は看過できるものではありません。第2章にて鳩山元首相が中国脅威論を否定していましたが、彼らを始めとする日本の左派は、このような脅威に鈍感で然るべき対応が取れていません(たとえば、尖閣沖の中国漁船衝突事件など)。リベラルを自負する日本の左派は、このような目に余るチャイナの所業を批判するどころか、この国に毅然とした態度を取る自民党に非難の矛先を向けます。このような倒錯によって、軍事的にも経済的にも急速に膨張を続ける左派の価値観に反した独裁国家の覇権に加担することになるという皮肉な状況に陥っていることに気づいているのでしょうか。
敵対関係にあるもう一つの国、韓国についても最後に触れておきましょう。「韓国内にも日本に好意的な人がいる」と個々の例を挙げ出すと水掛け論になってしまいますので、統計を見ながら話を進めていきたいと思います。2019年11~12月に新聞通信調査会が実施した「諸外国における対日メディア世論調査」で、韓国やチャイナがどれだけ日本に好感を持っているのか、信頼しているのかを見てみましょう。調査では、アメリカ、イギリス、フランス、チャイナ、韓国、タイの6カ国において、各国約1000人の回答を得ています。日本に対する好感度を見てみると、タイで95.7%、アメリカで82.8%、フランスで74.9%、イギリスで68.1%と軒並み高い数字になっていますが、チャイナでは33.5%、韓国では22.7%と過半数にも満たない状態です。続いて、日本について「信頼できる」と答えた人はタイで95.6%、アメリカで79.5%、フランスで76.6%、イギリスで63.0%だったのに対して、チャイナでは25.7%、韓国は13.0%と低い数値にとどまっています。
もっとダイレクトに、韓国に「敵国として認識している国」を尋ねた質問では、日本がダントツの1位となりました(注7)。韓国の求人情報サイト「アルバモン」が大学生718人を対象に、韓国の友好国と非友好国に関するアンケート調査を実施したところ、「韓国に非友好的な敵国」として半数以上の54.3%が日本を挙げたのです。このアンケートで2位だったのは、軍事的停戦状態にある北朝鮮で21.4%でしたが、日本はその2倍以上の数字です。
こうしたメンタリティーは韓国社会全体を覆っており、日本を扱う韓国映画は、ことごとく反日的なものです。韓国における映画歴代観客動員数で、1位をキープし続ける『バトル・オーシャン 海上決戦』が、豊臣秀吉の朝鮮出兵における「鳴梁海戦」を朝鮮水軍サイドから描いた抗日映画なのはその象徴でしょう。最近でも、2018年12月に韓国海軍の駆逐艦が、日本の海上自衛隊のP―1哨戒機に対して火器管制レーダーを照射したうえに、謝罪など誠意ある対応を見せなかったことも記憶に新しいと思います。
韓国の釜山国立大学で准教授を務める米国人政治学者ロバート・ケリーが2015年6月にアジア外交雑誌「ディプロマット」に発表した論文では、はじめに近年の韓国での暮らしの体験が綴られています。
韓国で少しでも生活すれば、韓国全体が日本に対して異様なほど否定的な態度に執着していることが誰の目にも明白となる。そうした異様な反日の実例としては、韓国の子供たちの旧日本兵を狙撃する遊びや、日本の軍国主義復活論、米国内での慰安婦像建設ロビー工作などが挙げられる。旭日旗を連想させる赤と白の縞のシャツを着た青年が謝罪をさせられるという、これ以上にないほどくだらない事例も目撃した。
これほど官民一体となって日本を叩くのは70年前までの歴史や植民地支配だけが原因だとは思えないとして、続けて次のような分析を述べています。
・韓国の反日は単なる感情や政治を超えて、民族や国家の支えの探求に近い。つまり、自分たちのアイデンティティを規定するために反日が必要だとしている。
・同時に韓国の反日は、朝鮮民族としての正統性の主張の変形でもある。自民族の伝統や誇り、そして純粋性を主張するための道具や武器として反日があるのだと言ってよい。
これまでの韓国の歴代大統領がみな反日なのも、彼らの国民性を如実に表しています。韓国では、大統領の支持率が下がると反日行動や反日的な言動をすることで、支持率を回復しようとすることがよくありますが、このような「反日カード」が存在するということ自体が、韓国に「日本に対する敵対感情」が世代を問わず蔓延していることの証左でしょう。
日本が同盟国との相互協力を強化するために安保関連法を成立させようとした際にも、諸外国のほとんど(米国、英国、ドイツ、イタリア、フランス、オランダ、欧州連合、オーストラリア、インド、フィリピン、シンガポール、モンゴル、ベトナム、インドネシア、バングラデシュ、ミャンマー、マレーシア等)が賛同や歓迎の意向を表明しているにも関わらず、チャイナと韓国だけが政府として公式に反対を表明しました。やはり、敵国として日本の防衛力強化につながる動きは封じ込めたいのでしょう。日本の左派はこのときも敵国側に立って安保法案に反対しましたが、第2章で述べたように平和を維持するためには、日本が軍事力を高めたり、軍事同盟を強化・拡大することに反対すべきではありません。地政学的な脅威や敵意を正確に把握し、左派のオープンで寛容な態度を相手によって柔軟に切り替える必要があるのではないでしょうか。
注釈
第1章
1. 東京大学谷口研究室・朝日新聞社共同調査サイト:http://www.masaki.j.u-tokyo.ac.jp/utas/utasindex.html
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11. 前掲書, 55.
第2章
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48. 田辺俊介編『日本人は右傾化したのか : データ分析で実像を読み解く』勁草書房、2019年、第7章
49. 前掲書、第5章
50. Berlin, I. 1996. The Sense of Reality: Studies in ideas and their history. New York: Farrar, Straus and Giroux; Besançon A. 1981. The intellectual origins of Leninism. Oxford: Basil Blackwell; Besançon A. 1998. Forgotten communism. commentary, 24-27; Bullock, A. 1991. Hitler and Stalin: Parallel Lives. London: Harper Collins; Chirot, D. 1994. Modern tyrants. Princeton, N. J.: Princeton University Press; Glover, J. 1999. Humanity: A Moral History of the Twentieth Century. London: Jonathan Cape; Minogue, K. 1985. Alien Powers: The Pure Theory of Ideology. New York: St. Martin's Press; Minogue, K. 1999. Totalitarianism: Have we seen the last of it? National Interest, 57, 35–44; Scott, J. C. 1998. Seeing Like a State: How Certain Schemes to Improve the Human Condition Have Failed, New Haven and London, Yale Agrarian Studies, Yale University Press; Sowell, T. 1985. Marxism: Philosophy and economics. New York: Quill; Archibald, W. P. 1989. Marx and the Missing Link: Human Nature. Atlantic Highlands, N. J. Humanities Press International; Bauer, R. A. 1952. The New Man in Soviet Psychology. Cambridge, Mass.: Harvard University Press; ジョン・プラムナッツ『近代政治思想の再検討』〔第5巻 マルクス〕藤原保信ほか訳 早稲田大学出版部 1978; Plamenatz, J. 1975. Karl Marx's Philosophy of Man. New York: Oxford University Press; ピーター・シンガー『現実的な左翼に進化する 進化論の現在(シリーズ「進化論の現在」)竹内久美子訳 新潮社 2003; Stevenson, L., & Haberman, D. L. 1998. Ten theories of human nature. New York: Oxford University Press; Venable, V. 1945. Human nature : The Marxian view. New York : Knopf.
51. Venable, V. 1945. Human nature: The Marxian view. New York: Knopf, p3.
52. Marx, K. & Engels, F. 1846/1963. The German Ideology: Part I, New York: New World Paperback/International Publishers.
53. Marx, K. 1859/1979. Contribution to the critique of political economy. New York: International Publishers, Preface.
54. Marx, K. 1845/1989. These on Feuerbach. In Marx, K. & Engels, F. Basic writings on politics and philosophy. New York: Anchor Books; Marx, K. & Engels, F. 1846/1963. The German Ideology: Part I~Ⅲ, New York: New World Paperback/International Publishers.
55. マルクス『哲学の貧困』山村喬訳 岩波文庫 1950ほか 第2章
56. Glover, Jonathan. 1999, A Moral History of the Twentieth Century, London: Jonathan Cape, p254.
57. Kenneth Minogue, 1999. Totalitarianism: Have We Seen the Last of It ? National Interest, 57, 35-44.
58. Glover, Jonathan. 1999, A Moral History of the Twentieth Century, London: Jonathan Cape, p275.
59. Watson, J.B. 1930, Behaviorism (Revised edition). Chicago: University of Chicago Press.
60. Ezekiel, Raphael S. The racist mind: Portraits of American neo-Nazis and Klansmen. New York: Viking Penguin, 1995.
61. Neisser, U. et al. 1996, Intelligence: Knowns and unknowns. American Psychologist, 51, 77-101; Snyderman, M. & Rothman, S. 1988. The IQ controversy: The media and public policy: Transaction; Gottfredson, L.S. 1997. Mainstream science on intelligence. Intelligence, 24, 13-23; Anderasen, N.C. et al. 1993. Intelligence and brain structure in normal individuals. American Journal of Psychiatry, 150, 130-134; Caryl, P.G. 1994. Early event-related potentials correlate with inspection time and intelligence. Intelligence, 18, 15-46; Deary, J.J. 2000. Looking down on human intelligence: From psychometrics to the brain: Oxford University Press; Haier, R.J. et al. 1992. Intelligence and changes in regional cerebral glucose metabolic rate following learning. Intelligence,16, 415-426; Reed, T.E. & Jensen, A.R. 1992. Conduction velocity in a brain nerve pathway of normal adults correlates with intelligence level. Intelligence, 17, 191-203; Thompson, P.M. et al.2001.Genetic influences on brain structure. Nature Neuroscience, 4, 1-6; Van Valen, L. 1974.Brain size and intelligence in man. American Journal of physical Anthropology, 40, 417-424; Wiierman, L. et al. 1991.In vivo brain size and intelligence. American Journal of physical Anthropology, 15, 223-238.
62. Strauss, “President Trump Is Smarter Than You. Just Ask Him”; Donald J. Trump, “Remarks at the Central Intelligence Agency in Langley, Virginia,” January 21, 2017, the American Presidency Project, presidency.ucsb.edu/node/323537.
第5章
1. 『あなたがあなたであることの科学 ; 人の個性とはなんだろうか』デイヴィッド・J・リンデン著; 岩坂彰 訳; 河出書房新社; 2021年, 34.
2. Peter Singer, A Darwinian Left: politics, evolution and cooperation. New. Haven, Conn.: Yale University Press, 1999. p.6.
3. Putnam, Robert D. (2007). E pluribus unum: Diversity and community in the twenty-first century: The 2006 Johan Skytte prize lecture. Scandinavian Political Studies, 30, 137-174; Putnam, Robert D. (2000), Bowling alone: The collapse and revival of American community. NY: Simon & Schuster; Putnam, Robert D., & Feldstein, L. M. (2003), Better together: Restoring the American community.
4. Alesina, Alberto & La Ferrara, E. (2000). Participation in heterogeneous communities. Quarterly Journal of Economics, 115, 847–904; Alesina, Alberto, et al. (2003). Fractionalization. Journal of Economic Growth, 8, 155-194; Costa, Dora L. & Kahn, M. E. (2003). Civic engagement and community heterogeneity: An economist’s perspective. Perspectives on Politics, 1, 103–11; Rosenfeld, Richard, Messner, S. F., & Baumer, E. P. (2001). Social capital and homicide. Social Forces, 80, 283-310.
5. モンゴル人に対する文化的ジェノサイドの首謀者は習近平、楊海英ニューズウィーク日本版、2021年3月20日。
6. 中国、拘束の人権派弁護士に拷問 飲食や睡眠を制限、産経ニュース、2021年1月22日。
7. 週刊ポスト2018年3月2日号、小学館。
