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ゴミ屋敷とか「汚部屋(おへや)」の問題とADHDの話。

よくゴミ屋敷とか「汚部屋(おへや)」の問題が取り沙汰されることがありますが、あの類の話しに私は意外と興味があります。私も大抵のネガティビティーを抱えている人間ですが、あの様な「汚部屋」を見ると、なんだか自分よりも下が居た!と思って感慨深い気持ちになるからかもしれない。 ちなみに、私自身はそういう「気」は全くなく、私が住んでいる部屋はいつもゴミだけはちゃんと出していて綺麗です。これは生まれ育った家の影響もあると私は分析している。

生まれ育った家、つまり実家が「汚部屋」だと、その人が独り立ちしても「汚部屋」になるという例をいくつか友人の例等で知っているからだ。

足の踏み場もないほどゴミを溜めた友人の部屋を、なぜかその本人不在の状態で私は片付けに行ったことがある。大量のゴミを片付け、ある程度綺麗になった所で、(当の本人が居ないので)メガネにマヨネーズを塗ったりと色々とイタズラも仕掛けてその部屋を後にした。
ある時、その汚部屋の友人の実家に行ったことがあるのだが、その実家もゴミ屋敷で驚いた…という経験があるのだ。なので私は、
「あらやだ。お茶も出さないの?ここん家は…」と、口煩い姑(しゅうとめ)風の皮肉も冗談交じりに放っておいた。

他にも、私の友人にはこの「ゴミ屋敷の主的気質」を持つ人たちが数人いて、部屋ではなく車の中がゴミだらけ…という例もあった。それは血液型がA型の女の子なのだが、よく、A型の人は綺麗好き…と云われることがあるが私は上述のような例を知っているのでその限りでないことを知っている。否、むしろ、ゴミ屋敷の住人というのは自分だけの内なるこだわりが強い人が多いと思うので、血液型で言ったらA型の人がこの様なゴミ屋敷や汚部屋の主であるというパターンは多いと思う。

ゴミ屋敷や汚部屋の住人の精神性

あの様なゴミ屋敷や汚部屋に住んでいる人の精神性が気になるというか、全く私とは違う感覚を何か持っている、あるいは他からは窺い知れない、想像しにくい精神性で、それは精神的な病なのだろうと思うと逆に凄い!という気持ちにもなる。

一体どのような感覚であのような状態になるのだろうか?実に興味深い…と、なぜか思ってしまう。 だって、ゴミなんて捨てた方が良いに決まってるじゃん!そんなにゴミを溜め込んだら生活に支障が出るに決まってんじゃん!なのにゴミを貯めるという自虐的な生活習慣を送っている人は一体どんな心理状態でそうなるのか?が、私には想像が付かないからすごい!と思ってしまう。

ちなみに、こう言う「汚部屋」の住人は、意外と「医者」や「医療従事者」に多いそうな。 お金はいくらでもあるが、本当に家に帰ってくる暇がなく、そして当人の無精も相まってそのような状態になるのだそうな。これはウーバーイーツの配達員をしている友人に聞いた話だが、彼はよく医療従事者の寮にエサを届けに行くことがあるのでよく分かると言っていた。そもそもウーバーの高いエサを頼んでいる人は何らかの理由で金銭感覚がぶっ壊れている生活保護者やゴミ屋敷の主みたいな人が多いとも言っていたね。アイツは…。

いずれにせよ、非常に興味が惹かれるというか、なぜか惹かれるテーマだと思っている。 その精神性が分からなすぎるので惹かれるのだと思うけれど。
それは「東電OL殺人事件」みたいに、傍からは計り知れなく底知れない「闇」を覗き見たくなるような魅力と言ってもいいのかもしれない。

簡単な事がどうしても出来ない心理とADHDの話。

それにしても、これを書いていて思ったのですが、 そういえば私も、いつも「貧乏だ!貧乏だ!」と言って実際に貧乏な生活をしているのですが、これも傍から見れば「貧乏ならなぜ積極的に働かないんだ!?」と思われるところでしょう。しかしそこには私なりの様々な葛藤があって、直ぐに働く事が出来ないでこの生活を続けているのです。
これって似ていると思いませんか?

申告漏れに関し釈明するチュートリアル徳井義実

お笑い芸人の「チュートリアル」の徳井義実という人が巨額の脱税事件(申告漏れ)を起こし謝罪会見を開きましたが、その理由というのが「本人の重度のADHD」によるもので、本人は億万長者であるにもかかわらず家賃をずっと滞納していたりレンタルビデオを返さず延滞金が嵩んでいたり、保険料等もずっと滞納していたりしたようで、病的な「ルーズさ」が指摘されていました。 ちょっとその例を思い出したので書いたまでですが。

ADHD(注意欠陥・多動性障害)と行動の困難さの関連について、徳井さんの例は示唆に富んでいます。この事例は「わかっていてもできない」という状態を社会的に顕在化させた典型的な例と言えます。
また、傍から見れば簡単な事でも当人にとってはそこに非常に複雑な感情、精神的な葛藤があるという事でもあります。

徳井さんの例が興味深いのは、経済的な理由ではなく(彼は十分な収入がありました)、純粋に神経心理学的なメカニズムによって行動が阻害されていた点です。これは「お金があれば問題は解決する」という単純な図式では捉えられない問題の複雑さを示しています。

このような状態は本人にとっても非常に苦しいものです。多くのADHD当事者は自分が「なぜ簡単なことができないのか」について深い自己嫌悪や罪悪感を抱えています。外部からは「意志の弱さ」と見られがちですが実際には神経学的な違いに基づく行動の障壁なのです。

まとめ

今これを読んでいるあなたが自分の状況について考える場合はこういった神経心理学的な視点も参考になるかもしれません。
「わかっているのにできない」状態が単なる性格の問題ではなく、脳の機能の違いに関連している可能性も考慮する必要があります。自分自身の行動パターンをより深く理解することで、より効果的な対処法を見つける糸口になるかもしれません。

対処法としては特に、
「外部の力を借りる」
・「仕組み化する」
・「強制力を持たせる」

という、
それらのキーワードからその状態を脱却できるかもしれません。


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