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【魂の声で唄う#70】終わらない歌は、宇宙の風に乗る——Love Story Series #37「ロビンソン」に寄せて——

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第一章:8月、鎮魂の月に


八月が来ると、いつも肩の力が抜けなくなる。

暑さのせいではない。
この月は、私にとって特別な月だからだ。
お盆——先祖を、そして先立った者たちを想い、弔う月。
世間では夏休みの喧騒が街を包む頃、私の中では静かに、しかし確実に、鎮魂の作業が始まる。

さらに言えば、この記事を配信する八月六日という日にも、静かな符合を感じている。
この日は、広島に原爆が投下された日でもある。
国全体が犠牲者を悼む、もうひとつの鎮魂の日だ。
今回の配信日が、暦の上で偶然にも大安と重なったことに、運命めいたものを感じずにはいられない。
個人的な喪失を悼む想いと、この国が背負う大きな悲しみの、静かな重なり。

去年は一曲だけを選んだ。
「千の風になって」。
あの曲に、万感の思いをすべて託した。
一年に一度、この月だけは、亡き者たちのために歌う。
そう決めていたからだ。

今年は違う。二曲を選んだ。

理由は単純ではない。
一曲では語りきれない想いが、この一年でさらに深く、重くなったからだ。
歳を重ねるごとに、失った者たちの記憶は薄れるどころか、輪郭を増していく。
忘れるということが、どれほど難しいか——生きている者にしか分からないことだと思う。

その一曲目に選んだのが、「ロビンソン」だ。

スピッツの名曲であり、多くの人にとっては青春の甘酸っぱい記憶と結びついている曲だろう。
片思いの相手を自転車で追いかけた、あの季節の匂い。
だが私にとってこの曲は、まったく違う意味を持つ。

これから語るのは、その理由である。

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第二章:1995年1月17日


この日を、私は忘れることができない。

忘れたくても、忘れられない。時間が経てば薄れると人は言うが、それは嘘だ。少なくとも私にとっては、嘘だった。
三十一年という歳月を経てなお、この日付を目にするだけで、胸の奥が締めつけられる。

1995年1月17日。阪神淡路大震災。

当時三十歳だった私は、この日、大切な仲間を失った。音楽を共に作り、共に夢を見た仲間だった。
何を語り、何を笑い合ったか——そうした記憶の断片は今も鮮明に残っている。
だが、その日そのものに何が起きたのか、詳細を語ることは、今の私にはできない。

思い出そうとするだけで、頭の奥に鈍い痛みが走る。これは比喩ではない。
実際に、体が拒絶反応を起こすのだ。
人間の体と心は、想像以上に正直にできている。
耐えられないほどの衝撃は、記憶そのものを壊してしまうことがある。
私はそれを、身をもって知った。

だから今回は、あの日に起きた出来事そのものには触れない。
触れるべき時が、いつか来るのかもしれない。
だが、それは今ではない。
今、私が語るべきは、あの日そのものではなく、あの日から始まった、長く静かな喪失との対話である。

大切なのは、事実の羅列ではない。
仲間を失ったという事実の重さと、その後を生き続けた者の責任——それだけを、ここには記しておきたい。

生き残った者には、生き残った者の役目がある。

やりたくてもやれなくなった音楽を、諦めずに続けること。
それが、あの日から私が背負った、静かな使命だった。

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第三章:声を失くした時間


声が、出なくなった。

比喩ではない。
文字通り、私は歌えなくなった。
あの震災から仲間を失った直後、私の体からは、それまで当たり前のように出ていた声が、消えてしまった。

歌手にとって、声を失うということがどういうことか。
想像できる人は少ないだろう。
手を失った職人、目を失った画家——それに近い喪失だったと思う。
いや、それ以上だったかもしれない。
声は、私という人間そのものだったからだ。

人間は、あまりの衝撃を受けると声が出なくなることがある。当時の私はそれを知らなかった。
ただ、いつものように歌おうとしても、喉から何も出てこない現実に、何度も愕然とした。
これは気力の問題ではない。
精神と身体が、深いところで繋がっているという証拠だった。

声の出ないアーティストに、仕事は続けられない。

当時契約していたメジャーレーベルや事務所との約束を、私は果たせなくなった。

契約不履行。

事務的な言葉で片づけられてしまうその言葉の裏には、私を信じて仕事を任せてくれた人々への、償いようのない申し訳なさがある。
あの時、私に期待を寄せてくれた方々には、今でも顔向けができない気持ちが残っている。

だが、それでも私は、音楽を完全に手放すことだけはしなかった。

メジャーという舞台から一旦手を引かざるを得なくなっても、音楽そのものを諦めることは、仲間への裏切りだと思えたからだ。
声なき時間の中で、私はただ、いつか再び歌える日を、静かに待ち続けていた。

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第四章:幻のアルバム


そんな中、四月五日、「ロビンソン」は発表された。

本来、この曲は単独の作品としてではなく、あるアルバムの一部として世に出るはずだった。
私たちは同じ年の四月に、そのアルバムをリリースする予定だったのだ。
準備は進んでいた。
曲も、想いも、すでに形になりかけていた。

しかし、そのアルバムは、幻となった。

声を失った私に、当時それを完成させる力は残されていなかった。
仲間を失った衝撃と、自分自身の喪失が重なり合い、あのアルバムは日の目を見ることなく、時間の中に取り残されてしまった。

未発表のまま眠っている曲たちがある。
その一部は、2013年以降、海外のレーベルを通じて世界的に発売されることになった。
だが、すべてではない。
今も多くの曲が、発表されないまま、私の中に留まっている。

正直に言えば、まだ心の整理はついていない。
あの頃の記憶に触れることは、今でも簡単なことではない。

けれど、曲そのものには何の罪もない。
曲は、生まれた瞬間から独立した命を持っている。
作り手の事情がどうであれ、曲は誰かに届けられるべきものだ。

だからこそ、いつか——現代の技術でしっかりとリミックスし、リマスタリングを施し、あの曲たちを世に送り出したいと思っている。
あの頃、共に音を紡いだ仲間たちのためにも。
それは、まだ果たされていない約束のひとつである。

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第五章:草野マサムネの二重の意味


話を、ロビンソンそのものに戻したい。

この曲には、もともと作者である草野マサムネさんの明確な意図が込められている。
多くの考察がなされてきたが、共通して語られるのは、この曲がひとつの意味だけでは終わらないということだ。

ひとつは、片思いの相手への想い。
自転車で誰かを追いかけた、あの季節特有の焦燥と甘さ。
誰もが一度は経験したことのある、届きそうで届かない距離感。
それは、青春という時間そのものの匂いを纏っている。

もうひとつは、もっと大きなスケールの願望だ。
自分たちの音楽が、これから先の世界にどんな影響を与えていくのか——バンドとしての未来、そして音楽そのものが持つ可能性への祈りが、この曲には込められているという見方がある。
個人的な恋の記憶と、普遍的な未来への願い。
ふたつの異なる次元が、ひとつの旋律の中に同居している。

これが、いわゆる「ダブルミーニング」としてのロビンソンだ。

一見すると、ただの恋の歌に聞こえる。
だが耳を澄ませば、その奥にもうひとつの声が響いている。
個人的な体験を歌いながら、同時に普遍的な祈りを歌う——それこそが、この曲が三十年以上経った今もなお、色褪せずに歌い継がれている理由だと思う。

私は、この曲を作った人間ではない。
だから、この二重の意味について、これ以上深く踏み込むことはしない。

だが、ここに、私はまったく別の意味を重ねようと思う。
これは原曲を書き換えることではない。
ただ、寄り添うことだ。

三十年の時を経て、この曲は私にとって、もうひとつの顔を持つことになる。

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第六章:三重目の意味


一般的な考察が語る、ふたつの意味。
それを踏まえた上で、私はこの曲に、まったく異なる視座から向き合っている。

すなわち、鎮魂歌として。

草野マサムネさんが込めた恋の記憶も、バンドの未来への願いも、私にはない。
私が持っているのは、あの世に旅立った仲間たちへ届けたい、ひとつの想いだけだ。

不思議なものだと思う。
曲というものは、作り手の手を離れた瞬間から、聴く者、歌う者それぞれの人生を映す鏡になる。
同じ旋律、同じ言葉でありながら、そこに宿る意味は、受け取る魂の数だけ存在する。
ロビンソンという曲もまた、私という人間を通過することで、まったく新しい顔を見せる。

これは、原曲への冒涜ではない。
むしろ、名曲が持つ懐の深さの証明だと私は思っている。
優れた歌詞というものは、特定の物語だけに閉じ込められることを拒む。
誰の人生にも寄り添える余白を持っている。
ロビンソンの歌詞に流れる普遍性が、震災で仲間を失った私の喪失を、静かに受け止めてくれるのだ。

だからこそ、今回、この曲を魂の声で唄うシリーズに加えることを決めた。

恋の記憶でもなく、バンドの未来への願いでもない。あの世にいる彼らに、今なお届けたい、ひとつの祈りとして。

三十年の歳月を経て、この曲はようやく、私にとっての本当の意味を持つことになった。

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第七章:宇宙の風に乗って


歌の終盤、ある情景が立ち上がる。

誰にも触れることのできない、ふたりだけの世界。
その手を離さぬよう、大きな力で空へと浮かべる瞬間。
そして、その存在は風に乗って、宇宙という果てしない場所へと運ばれていく。

これを、私は仲間たちの魂の旅立ちとして聴いている。

震災の日、彼らは突然この世界から連れ去られた。
誰の手も、その別れを止めることはできなかった。
だが、もし——もし本当に大きな力というものが存在するのなら、彼らの魂は今頃、宇宙という広大な場所を、風に乗って漂っているのではないか。
そう信じたい自分がいる。

科学的な根拠などない。ただの願望かもしれない。
それでも、人は何かを信じることでしか、耐えられない喪失というものがある。
私にとって、この歌詞の情景は、まさにその「信じたいこと」そのものだった。

私は輪廻転生というものを、どこかで信じている。
魂は消えてなくならない。
形を変え、時を経て、また巡り会う日が来る。
あの日別れた仲間たちとも、いつかどこかで、再び音を鳴らせる日が来るのではないか——そんな希望を、この曲の風景に重ねている。

宇宙の風に乗るという言葉が、これほどまでに救いになるとは、草野マサムネさん自身も想像していなかったかもしれない。
だが、それでいいのだと思う。
歌は、作り手の手を離れた瞬間から、聴く者の祈りになる。

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第八章:終わらない歌


私は、終わらない歌をばらまいている。

そんな感覚が、いつからか自分の中に根づいている。ひとつひとつの歌は、ただの音の連なりではない。
それは、あの日から今日まで、私が背負い続けてきた想いの結晶だ。
歌い続ける限り、それは終わらない。
仲間たちの魂と共に、私はまだ、旅の途中にいる。

声を失い、
契約を失い、
それでも音楽を手放さなかったのは、
彼らがやりたくてもやれなくなった音楽を、
生き残った者として続ける責任があると思ったからだ。

どんな仕事でも、内容を問わず引き受けてきた。
それは妥協ではない。
あの時の仲間たちの魂と、共に仕事をしているという確信があったからだ。

私は一人で音楽をしているつもりはない。

現世で共に歩むことが叶わなかった者たちと、これからも共に音を紡いでいく。
そう思うことでしか、埋められない喪失があった。
ロビンソンという歌は、その想いを託すのに、これ以上ないほどふさわしい器だった。

大きな力で空に浮かべたら、彼らは宇宙の風に乗る。

その情景を信じて、私は今日もこの歌を唄う。
いつか輪廻転生の果てに、再び巡り会える日を信じて。

あの幻となったアルバムたちも、
いつか同じように、
静かに世界へ解き放たれる日が来ることを
願いながら。

八月は、まだ終わらない。

この鎮魂歌の旅は、もう一曲続く。

次に唄うのは、また別の想いを背負った曲だ。

想い出すことは、今もなお辛い。

だからこそ、丁寧に、心を込めて
向き合っていきたいと思う。

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