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【魂の声で唄う#54】I LOVE… を唄い終えて——Love Story Series #21「I LOVE…」配信に寄せて——

序章:声になった日

5月1日、大安。

配信前の記事を投稿してから二日が経った。

その間に、収録を終え、編集を終え、
そしてこの日を待っていた。

唄い終えた後、私はしばらく動けなかった。

達成感とは少し違う。

安堵とも違う。

強いて言葉にするなら——
何か大切なものを、手放した後の静けさ、
とでも言うのだろうか。

配信前の記事でその続きを送ると誓った言葉通り、
声はもう世界へ旅立った。

その静けさの意味を、この記事で語っていきたい。


第1章:唄ってみて、何が起きたか

収録の日、私はマイクの前に立った。

配信前の記事で語ったことを、
すべて身体の中に入れた状態で。

AORというアレンジの不可分性を。

白鯨伝説で学んだ哲学を。

カバーとは何かという確信を。

そしてマイケル・ジャクソンの領域として、
長い時間をかけて掴んできたリズムの感覚を。

準備は、できていた。

私の収録には、一つの絶対的な原則がある。

一曲を最初から最後まで、
カメラを止めずにノンストップで唄い切る。

繋ぎ撮りは一切しない。

そして
魂の声が宿る奇跡の録音ができるまで、
何度でも挑む。


なぜそうするのか。

一発録りを一度だけ、というファーストテイク方式では、ミステイクを恐れるあまり、無難な唄い方に落ち着いてしまう危険がある。

魂の声とは、極限まで攻めた先にしか宿らない。

その極限へ向かうためには、
失敗を恐れず何度でも挑める環境が必要だ。

だから私は、納得できる一瞬が訪れるまで、
同じ曲を何度でも最初から唄い直す。

それは時間のかかる、孤独な営みだ。

しかしその営みの中にこそ、魂の声への道がある。

「I LOVE…」の収録もまた、そうだった。

そして納得できる一瞬が訪れた時——マイケル・ジャクソンの領域として掴んできたリズムは、思っていた以上に、身体が覚えていた。

言葉がグルーヴを生む、あの感覚。

音符に言葉を乗せるのではなく、
言葉が音楽を前へ推し進める、あの感覚。

それが、マイクの前で静かに、
しかし確かに機能していた。

予想を超えたことも、あった。

それは、この曲の持つ「余白」の深さだ。

藤原さんが「I LOVE…」という三文字の省略に封じ込めた、言い切れない感情の広がり——
それを自分の声で差し出した瞬間、その余白が
予想以上に大きく開いていくのを感じた。

まるで、声を入れた途端に、曲
の空間が広がったような感覚だった。

それは、落合ひろひとという人間が歩んできた時間が、その余白の中へ静かに流れ込んでいったからかもしれない。

技術ではなく、時間が唄う。

この曲を通じて、私は改めてそのことを確信した。

その確信を胸に抱いたまま、唄い終えた瞬間、
私はある感覚を知った。

第2章:作品が、自分を離れていく

唄い終えた瞬間、私はいつもこの感覚を知っている。

作品が、自分を離れていく。

それは喪失ではない。

むしろ、解放に近い。

自分の中で長い時間をかけて育ててきたものが、声という形を持ち、空気を震わせ、そしてもう自分の手の届かない場所へと旅立っていく。

その瞬間の、あの清々しい寂しさ。

「風とゆく」を世に出した時も、同じだった。

1997年、NHK BSアニメ「白鯨伝説」の主題歌として、あの曲を世界へ送り出した瞬間から——
それはもう、私だけの曲ではなくなった。

いや、正確に言えば、
最初から私だけの曲ではなかったのかもしれない。

私はこう思っている。

作品は、生まれた瞬間に作者を離れる。

「風とゆく」を聴いたそれぞれの方の心の中に、
すでにその方だけの「風とゆく」がある。

白鯨伝説という作品への思い出と混ざり合った
「風とゆく」が。

あの頃の自分の記憶と溶け合った「風とゆく」が。

誰かへの想いと重なった「風とゆく」が。

それは私が唄った「風とゆく」とは、
似て非なるものかもしれない。

しかしそれで良い。

むしろ、それが正しい。

音楽とは、
聴いた人の人生と混ざり合って初めて完成する。


そしてこれこそが、
カバー文化の原点だと私は思っている。

誰かが唄った曲を、
別の誰かが自分の魂を通じて唄い直す。

その行為は単なる「再現」ではなく、
作品が次の魂へと渡っていく、連鎖の一部だ。

藤原さんが「I LOVE…」に込めたものが、
落合ひろひとという魂を通過し、
また新たな光を帯びて世界へ出ていく。

そしてその光は、今度は聴いてくださった
あなたの中へと入っていく。

あなたの人生と混ざり合い、
あなたの記憶と溶け合い、
あなただけの「I LOVE…」になる。

私が唄い終えた瞬間、
この曲はもう私のものではない。

それは今、あなたのものだ。


第3章:あなたの「I LOVE…」へ

この曲を聴き終えた後、
あなたの胸の中に何かが残っただろうか。

それが何であるかは、私には分からない。

懐かしい誰かへの想いかもしれない。

言いかけてやめてしまった、
あの日の言葉かもしれない。

あるいは、まだ名前のついていない、
形にならない感情かもしれない。

しかしそれが何であれ、
それはあなたの「I LOVE…」だ。

藤原さんは「I LOVE…」というタイトルに、
意図的に続きを書かなかった。

配信前の記事でそう書いた。
言い切れない愛を、
あえて言い切らないまま差し出すこと——
その省略の中に、すべてが宿っている、と。

そして今、私の声を通過したその省略は、
あなたの中へと入った。

続きを書くのは、あなただ。

「I LOVE…」の後に続く言葉を、
あなた自身の人生が知っている。

それは「I LOVE YOU」かもしれない。
あるいは全く別の言葉かもしれない。

もしかしたら、言葉にならないまま、
ただ温かく胸の中に広がるだけかもしれない。

どれでも良い。

言葉にならなくても、それは確かに存在する。
そしてその言葉にならない何かこそが、
人間が人間である証であり、
愛が愛である証だと私は思っている。

配信前の記事に、こう書いた。

「どうか、その続きを大切にしてほしい。」

その言葉を、ここでもう一度、繰り返させてほしい。

あなたの「I LOVE…」を、大切にしてほしい。

誰かに伝えられなくても良い。

言葉にならなくても良い。

ただ、その感情が自分の中に存在することを、
どうか忘れないでほしい。

それが、落合ひろひとの声が
あなたの中を通り過ぎた後に、
残していきたいものだ。

結章:次の川へ

Love Story Series第二十一番が、世界へ旅立った。

「糸」から始まったこの川は、二十一の物語を経て、
今日また新たな流れを加えた。

その流れがどこへ向かうのか、どの海へと注ぐのか——それは私には分からない。

しかし川は、止まらない。
止まることなく、
次へ、次へと流れ続ける。

この声がどこへ届くかは、もう自分には分からない。

しかしそれで良い。

届くべき魂へ、届くはずだから。

音楽とは不思議なものだ。
送り出した瞬間から、それは自分の意志を離れ、
見えない風に乗って旅をする。

そしてある日突然、
まったく予想していなかった誰かの胸の中で、
静かに鳴り響く。

「風とゆく」がそうだったように。

世に出してから約三十年が経った今も、
あの曲はどこかで誰かの「風とゆく」として
生き続けている。

私の手を離れ、その方の人生と混ざり合い、
その方だけの記憶の中で息づいている。

「I LOVE…」もまた、そうなるだろう。

藤原さんの魂から生まれ、
落合ひろひとの魂を通過し、
そして今日からはあなたの魂の中へと旅立っていく。

その旅に、終わりはない。

作品は、人から人へと渡り続ける限り、
永遠に生き続ける。


それが音楽の、そして魂の声の、
本当の力だと私は信じている。

Love Story Seriesは、続く。

次の物語も、またいつか、
ふさわしい場所とふさわしい時に、
川岸から歩み出てくるだろう。
その日まで、私は精進し続ける。
自己研磨を怠らず、魂の声を磨き続ける。

この声を聴いてくださったすべての方へ。

声を届けることができるのは、
聴いてくださる魂があるからだ。

あなたが受け取ってくださったから、
この声は完成した。
その事実が、次の川へと向かう私の、
何よりの力になる。

あなたの「I LOVE…」を、どうか大切に。

落合ひろひと
2026年5月1日

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