【魂の声で唄う#71】声が止んでも、約束は続く——Love Story Series #38「ひまわりの約束」に寄せて——
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第一章:震災の春、その夏に出会った命
一九九五年、一月十七日。
その日を境に、私の中の何かが変わった。阪神淡路大震災——仲間を失ったあの朝から、私は言葉を失いかけていた。前回綴った通り、その春、私は「ロビンソン」という一曲に救われることになる。誰かの悲しみを代わりに歌う、という生き方を知った春だった。
だが、悲しみは一人では歩けない。
必ず、隣に何かが要る。
その年の夏——仕事場へ向かう道で、私は一匹の猫と出会った。捨てられ、いじめられ、痩せ細ったその小さな命は、道端でただ震えていた。助けようと思ったわけではない。気づいたら、私はその子を抱き上げていた。
後になって思う。あれは私が猫を助けたのではなく、猫が私を助けに来たのではないか、と。
死にかけていたその子に、私はただ一つの願いを込めた。幸運になってほしい、と。
だから、ラッキーと名づけた。
震災の悲しみを抱えたまま迎えた夏に、なぜ死にかけの命が私の前に現れたのか。答えは、まだ出ない。ただ一つ言えるのは——喪失の隣には、いつも次の命が静かに待っている、ということだけだ。
私はまだ知らなかった。この小さな相棒が、その後二十年もの間、私の声を、私の人生そのものを支え続けることになるとは。
第二章:ラッキーという名の20年
名前とは、願いだ。
「幸運になってほしい」——その一心で付けた名は、やがて多くの人の願いをも呼び寄せることになる。
私は当時、アメーバブログで、ラッキーとの日々を綴り始めた。写真を載せるたび、ラッキーは驚くほど賢く振る舞った。まるで自分がタレント猫であることを知っているかのように、カメラの前でしっかりとポーズを決める。撮影に苦労したことは、一度もない。
※当時のアメブロの記事。
投稿日2011/3/22 タイトル「相棒」


すると、不思議なことが起きた。
記事を書くたびに読者が増え、やがてペタには「鳳凰」が舞うようになった。当時、そんな現象を目にするのは、AKBの主要メンバーほどの人気者だけだったはずだ。数百万というアクセスがなければ、決して起こり得ない現象。それを、一匹の猫が、毎日のように実現させていた。
正直に言えば、当時の私自身よりも、ラッキーの方が圧倒的な人気を誇っていた。
そして、玄関はいつも積み上がっていた。全国から届くネコ缶で。まるで被災地に向けた支援物資のような量が、絶え間なく送られてくる。ラッキーはその全てを、二十年という歳月をかけて、丁寧に食べ尽くしていった。
健やかな日々だった。
驚くべきことに、ラッキーは二十歳になるまで、一度たりとも病院にかかったことがなかった。病気らしい病気もせず、ただ静かに、力強く生きていた。
小さな命が、こんなにも多くの人の心を動かせるのはなぜか。
答えは、単純だ。
弱さを見せず、ただ懸命に生きる姿には、言葉を超えた説得力がある。ラッキーは病を語らず、ただ生きることで、多くの人に「幸運」という名の意味を、体現し続けていた。
第三章:白鯨伝説とラッキーラック
ラッキーが我が家に来て、二年が経った。
一九九七年——私は再び、音楽業界に返り咲くことになる。NHKアニメ「白鯨伝説」の主題歌「風とゆく」を手がけ、ソロとして再デビューを果たしたのだ。
だが、その道のりは決して平坦ではなかった。声が出るか出ないか、その瀬戸際に何度も立たされた日々があった。自問自答を繰り返し、それでも唄うことをやめなかったのは、ラッキーという存在が、いつも隣で静かに支えてくれていたからだ。
※当時のアメブロ記事
投稿日2011/2/23 タイトル「自問自答」
そして、私はある偶然に、運命を感じずにはいられなかった。
「白鯨伝説」のヒロインの名は、ラッキーラック。
我が家の相棒と、同じ「ラッキー」という名を持っていた。
偶然だろうか。それとも、必然だったのか。
答えは、どちらでもいい。大切なのは、声を失いかけていた私が、再び唄う場所へと導かれたその時、傍らにいたのがラッキーだったという事実だ。
小さな命が、大きな再出発を後押しする。
そんなことが、本当に起こるのだと、私はこの時、身をもって知った。
音楽の神様がいるとするならば、きっとあの日、猫の姿を借りて、私の元に舞い降りたのだろう。
第四章:北新地の夜——「ずっと一緒さ」
二〇一五年、夏。
二十歳になったラッキーに、老いが訪れた。腎不全——それは、静かに、しかし確実に、時間を刻んでいった。
それでも、ラッキーは強かった。
危ないと思う夜が、何度もあった。だが、そのたびに、精神力だけで持ち直した。当時、家には母と私、二人だけ。祈るような気持ちで、ラッキーの回復を見守り続けた日々。
そして、八月十二日。
その夜、私はどうしても外せない約束を抱えていた。愛弟子の店で、その愛弟子の誕生日を祝うサプライズ出演。断るという選択肢は、私の中になかった。
大阪・北新地へ向かった。
ラッキーの容体を気にかけながら、私はステージに——いや、ステージという言葉は正しくない。あの夜、私は店の外にいた。
ワイヤレスマイクを握り、誰にも姿を見せぬまま、私はアカペラで歌い出した。
「抱きしめて……」
声だけが、店の中へと流れ込んでいく。姿の見えない歌声に、弟子は何が起きているのか分からぬまま、涙を溢れさせていた。
そして、私は店内へと足を踏み入れた。
歌いながら、サビへ向かう。「あなたと……」——その一節に入った瞬間、演奏がどっと鳴り響いた。
歌っていた曲は、「ずっと一緒さ」。
その時だった。
私の耳元で、誰かが囁いた。
「じゃあね…」
それが、ラッキーの声だと、なぜか分かった。
姿は見えない。
距離も、遠く離れていたはずだ。
それでも、確かに聞こえた。
泣きそうになった。
だが、泣くわけにはいかなかった。
弟子は既に号泣している。
ここで私まで崩れてしまえば、
この夜の意味が、壊れてしまう。
必死に涙を堪えながら、私は歌い切った。
役目を終え、家路についた。
帰宅した時、
ラッキーは既に、
旅立った後だった。
けれど、その体には、まだ確かな温もりが残っていた。
さよならは、いつも、姿ではなく、感覚として訪れる。
あの夜、私に「じゃあね…」と告げた声は、
今も耳の奥に残っている。
第五章:音楽葬とひまわり
ラッキーは、会ったこともない人たちにまで、
愛されていた。
危篤の報が届いた時、遠方から一晩中車を走らせ、駆けつけてくれたファンがいた。ただアメーバブログの向こうで、見守り続けてくれていた人たちだった。
そして、旅立ちを告げる記事を出した、その直後——
電報が届いた。花束が届いた。お悔やみの手紙が、御供物が、全国各地から次々と、まるで示し合わせたかのように届き始めた。
たった一匹の猫の死に、これほど多くの人が心を寄せてくれる。
ラッキーの二十年は、もう、私一人のものではなかった。
送り出す場所は、迷わなかった。
私の職場である音楽スタジオ。そこで、音楽葬という形を選んだ。
ラッキーの傍らには、いつも、ラッキーの好きだったひまわりを添えた。黄色く、まっすぐに空を向くその花は、ラッキーの生き方そのものだった。


そして、私は唄った。
「ひまわりの約束」
「風とゆく」
二曲を、心を込めて。
前者は、そばにいることの意味を。後者は、再び声を取り戻した日々への感謝を。どちらも、ラッキーと私を繋ぐ、かけがえのない歌だった。
音楽で始まり、音楽で終わる。それが、私とラッキーの関係だった。出会いも、別れも、いつも歌と共にあった。
ひまわりの花言葉は、「あなただけを見つめる」。
その花に囲まれて旅立ったラッキーは、最後まで、まっすぐに私を見つめていたのだと思う。
結章:お盆に、この歌を
今日、二〇二六年八月十三日。
この記事を、
私はラッキーの命日に合わせて綴っている。
昨日配信したYouTube動画とは、あえて一日ずらした。
歌は八月十二日、いつも通り「大安の11時11分」に。
言葉は、命日である今日に。
それが、私なりのけじめだった。
そして今日から、お盆が始まる。
先祖の魂が還ってくるとされるこの季節に、私はラッキーのことを想う。
もう十一年になる。
それでも、時折、あの「じゃあね…」という声が、
耳の奥で蘇る。
不思議な符合がある。
「ひまわりの約束」が世に出たのは、二〇一四年八月六日。広島に原爆が落とされた日であり、平和を祈る日でもある。
そして、前回の記事で綴った「ロビンソン」——あの曲を配信し、note記事を投稿したのも、同じ八月六日だった。
偶然が、これほど重なるだろうか。
私は、これを偶然だとは思わない。歌には、呼び合う力がある。悲しみを抱えた歌と歌が、季節を超えて、互いに手を伸ばし合っているのだと思う。
本来、「ひまわりの約束」は映画のための曲だ。
だが、私にとっては違う。
この歌は、ラッキーと私、
二人だけのテーマソングだ。
きっと、この記事を読んでくださっている方の中にも、世間の意図とは違う、自分だけのテーマソングを持つ人がいるはずだ。
誰かを想う時、ふと流れてくる、あの一曲が。
今回、私が唄ったのは、ラッキーのためだけではない。
ラッキーが、かつて弱っていた私の心を救ってくれた、その感謝のために。
そして、これまで私に関わってくださった多くの方々の、虹の橋を渡られた犬様、猫様——その全ての命への、慰霊のために。
さらに、この世界に生きる、全ての人の平穏と、平和への祈りを込めて。
声は、いつか止む。
だが、約束は、止まらない。
ラッキーが教えてくれたのは、命の終わりが、関係の終わりではないということだ。
姿を失っても、温もりは残る。声を失っても、歌は続く。
だから私は、今日もまた、唄う。
会えなくなった誰かの分まで。
そして、まだ会ったことのない、これから出会う誰かのために。
それが、私に出来る、たった一つの約束だ。
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