終の棲家 第1回|失われゆく雑木林と、忍び寄る病の影」
【代筆投稿】
1枚0.5円のタオルたたみの仕事。
それが、58歳の彼が今
社会とつながる唯一の接点です。
しかし、彼の手から生み出される言葉は
驚くほど深く
知性に満ちています。
通信手段を持たない彼に代わり
彼がUSBに託した
魂の記録を連載いたします。
統合失調症と共に歩んだ40年。
その静かな
しかし熱い闘いの記録を
読んでいただければ幸いです。
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四十四年間、一度の転勤も下宿もすることなく
小学校一年から齢五十歳に至るまで
埼玉県にある三芳町という
何の変哲もない僻村に住み続けた。
職場の事情で転勤、進学・就職で上京があたりまえで
住居を頻々に変える昨今では稀有な部類に属する方だと思う。
もっとも、中学から東京の私立中高一貫校に通ったので
町の歴史には、不案内だ。
小学校時代の記憶をたどると、よく遊んだなあと思う。
野球・三角ベース・ドッジボールなどのスポーツ
夏には、クワガタムシ・カブトムシ取り
秋にはバッタ取り
冬には凧揚げ・コマ回し。
僻村で、宅地造成が余り進行していなかった故
実家近辺には、いくらでも、空き地・野原・森が
そのまま手を付けられないで残っていたせいだと思う。
それでも、たとえ僻村だとはいえ
四十四年経ってみると
それなりの栄枯盛衰はあった。
小学校時代には買い物は、もっぱら商店街で行い
少しまとまったものを買いに行く為には
志木か川越の百貨店まで行かなければならなかったが、
いつしか商店街は消滅し
その代わりに、近場にスーパーマーケットが二件できた。
コンビニエンスストアも二件出現した。
ファミリーレストランも二件現れた。
その代わりに宅地開発が進行し、
かつて宏樹が遊んでいた空き地や森・雑木林が激減した。
僻村とはいえ最寄りの駅から、池袋まで準急列車に乗って
所要時間三十分で交通の便は悪くない。
宏樹の実家近辺は格段に便利になった。
便利になった町とは裏腹に、宏樹の心と体には、ある変化が訪れようとしていた。次回、第2回に続く。
