安心して雑談できる関係性―『生き延びるための会話』から考える居住支援とまちづくり⑤ 自治とは会話を続けること―
『生き延びるための会話』を読み終えたとき、一つの言葉が強く心に残りました。
それは、「自治とは会話を続けようとすることであり、そしてそれを通した〈生きるスペース〉の確保のことなのだ」という一文です。
私はこれまで、自治という言葉を行政や地域活動の文脈で考えてきました。
住民参加。
協働。
地域運営。
まちづくり。
どれも自治を語る上で大切な要素です。
しかし、この本を読んでいるうちに、自治とはもっと身近なところから始まるのではないかと思うようになりました。
それは、会話です。
◾️会話は人を生かす
本書を通して著者が伝えたかったことは、とてもシンプルです。
人は会話によって生き延びる。
会話によって人とつながり、会話によって世界を広げ、会話によって自分自身を見つけていく。
だからこそ、会話が失われることは、人が生きるための土台が失われることでもあります。
私たちは普段、会話を軽く見ているかもしれません。
雑談は無駄なもの。
成果を生まないもの。
効率の悪いもの。
しかし著者は逆のことを言います。
どうでもよい話を続けられる仲間の存在こそが、人を支えているのだと。
◾️「無駄ではなかったが、無駄なこと」
本書の中で特に印象に残った言葉があります。
それは、「無駄ではなかったが、無駄なこと」という表現です。
成果を求める社会の中では、どうしても効率や結果が重視されます。
行政も同じです。
事業には目標があり、成果指標があり、説明責任があります。
しかし、人の暮らしを支えているものは、必ずしも成果として見えるものばかりではありません。
立ち話。
雑談。
お茶を飲みながらの世間話。
何気ない挨拶。
そうした時間は、一見すると無駄に見えます。
けれども、その積み重ねがあるからこそ、人は孤立せずに暮らしていくことができます。
◾️居住支援協議会が目指すもの
今年、市では居住支援協議会の設立を予定しています。
当初、私は協議会を「住まいの課題を解決するための組織」と考えていました。
もちろんそれは間違いではありません。
しかし、この本を読み終えて思うのです。
協議会の本当の役割は、もっと別のところにあるのではないかと。
不動産事業者。
居住支援法人。
社会福祉協議会。
福祉関係者。
行政。
それぞれが顔を合わせ、会話を重ね、安心して雑談できる関係をつくる。
その中から信頼が生まれ、小さなSOSが聞こえるようになり、必要な時には対話ができるようになる。
協議会とは、課題解決の場であると同時に、会話のネットワークを育てる場でもあるのだと思います。
◾️家族でも制度でもない、その間
居住支援に取り組む中で、私はよく「家族でも制度でもない、その間を支える」という言葉を使ってきました。
この本を読み終えて、その意味が少し見えた気がします。
その「間」にあるものは、安心して雑談できる関係性なのかもしれません。
家族ほど近すぎず、制度ほど遠くない。
困った時に声をかけられる。
そして困る前から会話ができる。
そんな関係性です。
◾️まちづくりの出発点
私はこれまで公共交通や公共施設、都市計画や住宅政策に関わってきました。
どの分野でも、「良いまちとは何か」という問いがありました。
便利なまちでしょうか。
美しいまちでしょうか。
安全なまちでしょうか。
もちろんどれも大切です。
しかし、この本を読んだ今なら、こう答えるかもしれません。
良いまちとは、会話が続くまちであると。
どこかで誰かが話している。
困った時に声を出せる。
そしてその声を聞いてくれる人がいる。
そんな〈生きるスペース〉が地域のあちこちにあるまち。
それが豊かなまちなのではないでしょうか。
◾️自治とは会話を続けること
本書は最後に、自治とは会話を続けようとすることだと語ります。
私はこの言葉がとても好きです。
自治とは、特別な活動ではありません。
大きな事業でもありません。
誰かの話を聞くこと。
近況を尋ねること。
雑談を続けること。
そして、その関係性を大切にすること。
そんな小さな営みの積み重ねが、地域を支え、まちを支え、人の暮らしを支えているのだと思います。
『生き延びるための会話』は、会話の本でありながら、ケアの本であり、自治の本であり、まちづくりの本でもありました。
そして私にとっては、居住支援とは何かを改めて考えさせてくれた一冊でもありました。
住まいを支えるとは、つながりを支えること。
つながりを支えるとは、会話を支えること。
その先に、誰もが安心して暮らせる地域があるのだと思います。
