市役所職員のひとりごと(うまく連携できなかった仕事編③)
第3回 福祉は、なぜこんなに細かく分かれてしまったのか─支えるために分かれ、つながれなくなった現場
第2回では、住宅がかつて福祉の隣にあり、その後、建設や都市政策の中へと位置づけを変えていった歴史をたどりました。
しかし、住まいと福祉が離れていった理由は、住宅側の変化だけでは説明できません。
同じ時期、福祉の側でも、大きな変化が起きていました。
それが、「専門化」です。
■ 福祉は、人を支えるために分かれた
高齢者、障害者、児童、生活困窮者。
いまの福祉制度は、対象ごとに細かく分かれています。
一見すると、「複雑すぎる」「分かりにくい」と感じるかもしれません。
けれど、福祉がここまで細かく分かれてきたのには、はっきりとした理由があります。
それは、人を雑に扱わないためでした。
高齢期の困りごとと、障害のある人の困りごと、子どもを育てる家庭の困難さは、同じ「支援」という言葉でくくれるものではありません。
それぞれの状況に合わせて、専門的な知識と経験を積み重ねていく。
その結果として、福祉は細かく分かれていきました。
福祉が分かれたのは、支援を薄めたかったからではありません。
むしろ、支援を濃くするためだったのです。
■ しかし、人生は制度よりも複雑だった
ところが、制度が丁寧になる一方で、
人の暮らしや人生は、次第に制度の想定を超えていきます。
病気、障害、仕事、家族関係、住まい。
これらは本来、切り離せるものではありません。
けれど制度は、どうしても「切り分ける」ことで成り立っています。
その結果、どの制度にも完全には当てはまらない人が、少しずつ増えていきました。
■ 病院から退院できない理由は、病気ではなかった
ある病院の関係者から、こんな話を聞いたことがあります。
障害のある人が入院することになり、長期入院を見込んで、いったん賃貸住宅を引き払いました。
治療が進み、退院の目途が立ったとき、問題になったのは、病状ではありませんでした。
「退院後に住む場所がない」
新たに賃貸住宅を探そうとしても、障害があること、収入が限られていること、保証人がいないことなどを理由に、なかなか契約に至らない。
福祉制度はあっても、住宅は「別の領域」です。
医療ソーシャルワーカーも、病院の職員も、本来の専門ではない「住まい探し」に、多くの時間と労力を割かざるを得なかったといいます。
この人は、障害福祉の対象であり、医療の対象でもありました。
それでも、「住まい」という一点でつまずいた瞬間、退院は止まってしまった。
この話を聞いたとき、私は強い既視感を覚えました。
■ 「誰の担当か分からない人」が生まれるとき
このケースで問題だったのは、誰かが怠慢だったからではありません。
福祉は、障害のある人を支えるために存在している。
医療は、病気を治すために全力を尽くしている。
しかし、住まいは、どこにもはっきり位置づけられていなかった。
結果として、
• 医療は「治療は終わった」
• 福祉は「住まいは専門外」
• 住宅は「条件が合わない」
というすれ違いが起きる。
こうして、「誰の担当か分からない人」が生まれてしまいます。
福祉が分かれたことで、支援は専門的になりました。
しかし同時に、一人の人生を丸ごと引き受けることが、どの制度にも難しくなってしまったのです。
■ 住宅と福祉がつながりにくい理由
ここで、第2回の話と重なってきます。
福祉は、人を「属性」で捉えます。
高齢者か、障害者か、子どもか。
一方、住宅は、世帯、契約、家賃、保証といった
「条件」で人を見る世界です。
どちらが正しい、という話ではありません。
ただ、見る単位が最初から違う。
だから、住宅と福祉がつながらないのは、相性が悪いからではなく、前提が違いすぎるからなのです。
■ 誰かが「分断を引き受ける」必要がある
福祉が専門化しなければ、多くの人は支えられなかった。
これは、間違いありません。
けれど専門化した結果、制度と制度のあいだに、
どうしても隙間が生まれてしまった。
その隙間に落ちるのは、いつも「一人の人」です。
だから、次に問うべきなのは、「どの制度が悪いのか」ではなく、「この分断された構造の中で、
誰が“あいだ”を引き受けるのか」
なのだと思います。
◾️次回予告
次回は、住宅部門が、なぜ長い間「考えなくてよかった」のか─公営住宅、UR、市場に委ねてきた構造を、現場の実感から考えていきます。
