円形劇場のあるまち『モモ』から考える、時間と暮らし 第2回 時間とは生活である
『モモ』の中で、私が最も心に残った言葉があります。
時間とはすなわち生活だからです。
読み終えた今でも、この一文が頭から離れません。
私たちは普段、時間を時計で測っています。
1時間。
1日。
1週間。
1年。
しかしエンデが語る時間は、それとは少し違います。
時間とは、単なる数字ではなく、その人が生きている時間そのもの。
つまり生活なのだと言うのです。
◾️時計の時間と人生の時間
同じ1時間でも、長く感じる時間があります。
反対に、気がつけば終わっている時間もあります。
子どもの頃の夏休みは、永遠のように長かった気がします。
しかし大人になると、1年はあっという間に過ぎていきます。
時計は同じように進んでいるのに、時間の感じ方はまったく違います。
それはなぜでしょうか。
私は、心が動いているかどうかの違いなのではないかと思います。
◾️父の言葉
先日、長男の入学式が終わったあと、実家の父に電話をしました。
何気ない会話の中で父は言いました。
「今が一番いい時だな」
その言葉を聞いたとき、うれしさと同時に、少し切なさも感じました。
父から見れば、私はもう子どもではありません。
父自身も歳を重ねました。
そして、私もまた子どもの成長を見守る立場になっています。
あのとき父が言った「今が一番いい時だな」という言葉は、時計の時間の話ではありませんでした。
人生の時間の話だったのだと思います。
◾️時間を節約したのに時間がない
『モモ』の中では、人々は時間を節約しようとします。
効率化し、無駄をなくし、急いで生きるようになります。
ところが不思議なことに、時間を節約したはずなのに、人々はますます忙しくなっていきます。
そして、怒りっぽくなり、余裕を失い、人との関係も希薄になっていきます。
この描写は、50年以上前に書かれたとは思えません。
むしろ今の社会の方が近いようにも感じます。
◾️住まいは人生の時間を過ごす場所
居住支援の仕事をしていると、住まいとは何だろうと考えることがあります。
住宅は建物です。
でも住まいは建物だけではありません。
そこには暮らしがあります。
家族との時間があります。
近所との関係があります。
思い出があります。
人生があります。
だから居住支援は、住宅を紹介することだけでは終わりません。
その人がどんな時間を過ごしたいのか。
どんな暮らしを望んでいるのか。
そこまで考えて初めて、本当の意味での住まい支援になるのだと思います。
◾️時間を取り戻す
『モモ』を読みながら、私はふと思いました。
私たちが本当に失っているのは、時間そのものではないのかもしれない。
失っているのは、時間を味わう力なのではないか。
誰かと話す時間。
本を読む時間。
考える時間。
何もしない時間。
遠回りする時間。
そうした時間を、私たちはいつの間にか「無駄」と呼ぶようになりました。
でも、本当にそうなのでしょうか。
◾️円形劇場に集まる理由
モモたちは、円形劇場に集まりました。
そこで話し、笑い、遊び、考えました。
生産性はありません。
成果もありません。
しかしそこには、確かに生きた時間が流れていました。
私たちが居住支援協議会でつくろうとしているものも、もしかすると同じなのかもしれません。
課題を解決するためだけの場ではなく、人と人が時間を共有する場。
そんな小さな円形劇場が、地域には必要なのだと思います。
次回は、『モモ』の中で繰り返し描かれる「孤立」について考えてみたいとおもいます。
