円形劇場のあるまち『モモ』から考える、時間と暮らし第4回 人はなぜ集まるのか
『モモ』の物語は、古い円形劇場の廃墟から始まります。
そこには立派な建物も、お金も、特別な設備もありません。
それでも人々は集まり、子どもたちは遊び、大人たちは話し、笑い、考えながら時間をともにします。
私は最初、この円形劇場は物語の舞台装置なのだと思っていました。
しかし読み進めるうちに、そうではないことに気づきました。
円形劇場そのものが、この物語の主人公のひとりなのです。
◾️人は何のために集まるのか
考えてみれば不思議です。
人はなぜ集まるのでしょうか。
会議には目的があり、仕事には成果があり、学校には学びがあります。
しかし円形劇場にはそうしたものがありません。
ただ人が集まっているだけです。
それなのに、そこには確かな価値があります。
それは、人が一緒に時間を過ごしていることです。
◾️公共交通も同じだった
以前、私は公共交通の仕事を担当していました。
そのとき考えていたのは、バスは単なる移動手段ではないということでした。
もちろん人を運ぶことが役割です。
しかし本当に運んでいるのは、人と人とのつながりなのではないか。
病院へ行く。
買い物へ行く。
友人に会う。
地域活動に参加する。
移動できるということは、社会とつながるということでもあります。
だから公共交通の議論は、交通の議論であると同時に、人と地域との関係の議論でもありました。
◾️空き家が増える理由
空き家も同じです。
空き家は建物の問題として語られます。
しかし実際には、人とのつながりが失われた結果として現れることが少なくありません。
親が亡くなった。
子どもが離れた。
近所との付き合いがなくなった。
地域に関わる人がいなくなった。
すると建物だけが残ります。
空き家とは、建物の問題である前に、人と地域との関係の問題なのかもしれません。
◾️協議会は小さな円形劇場
今年、居住支援協議会を立ち上げようとしています。
不動産事業者。
福祉関係者。
社会福祉協議会。
居住支援法人。
行政。
さまざまな立場の人が集まります。
考えてみれば、これも少し円形劇場に似ています。
同じ考えの人ばかりではありません。
立場も違います。
抱えている課題も違います。
それでも顔を合わせ、話を聞き、一緒に考える。
そこから少しずつ信頼が生まれていきます。
◾️場が人を支える
『モモ』の中で灰色の男たちは、人々から時間を奪いました。
しかしその前に奪ったのは、円形劇場に流れていた時間でした。
人が集まり、話し、笑い、考える時間です。
だから彼らが恐れていたのは、モモひとりではなく、人と人とのつながりだったのだと思います。
◾️地域の中に円形劇場をつくる
居住支援というと、住宅の話だと思われがちです。
しかし私たちが本当に必要としているのは、住宅だけではありません。
安心して話せる場所。
困ったときに相談できる相手。
顔の見える関係。
そうした「場」があって初めて、人は安心して暮らすことができます。
だから私は思います。
居住支援協議会も、地域包括支援センターも、自治会も、商店街も、地域の中の小さな円形劇場なのだと。
人が集まり、時間を共有し、孤立しないための場所。
そんな円形劇場を地域の中に増やしていくことが、これからますます大切になるのではないでしょうか。
次回は、『モモ』の中心テーマでもある「効率化と失われたもの」について考えてみたいと思います。
