捏造コロッケ
お袋の味はなんですか?
と訊かれれば、僕は迷わずコロッケと答える。
だけどそこには『捏造コロッケ』と呼べるような、
ちょっぴりバツの悪い物語があります。
最近ではあまり聞かなくなったけど、僕の子供の頃にはよく本やテレビで『お袋の味』というフレーズを耳にした(今もおんなじ頻度で使われてたらごめんなさい。然るべき処置をとります)。
恐らくは高度経済成長期の真っ只中、
失われゆく家族の時間が.. 〜〜中略〜〜
涙そうそう。
11才のコトブキ少年はそんな『お袋の味』という言葉を聞く度に少し鼓動が速くなる。
僕たちの家庭にはそれに値する料理がなかったのだ。
『このままじゃあ将来くじけそうな時やもうダメだという絶望に直面した時に、僕の心を慰めるアイテムが無いじゃないか』
(↑↑お袋の味がすごく重要な役割を果たすと考えているところがかわいい)。
そう考えた僕はママンにそのすべてを話し、
「コロッケはどうだろう」
と震え声で提案。
それはとりわけ僕が
コロッケ好きだったというわけではなく、
「(お袋の味として)なんかすっごく昭和でちょうどいい」
と思ったのがきっかけでした。
それからママンはコロッケを覚え、鍛え、味がレストランになり過ぎぬように抜くところはしっかり抜いて、見事な『お袋の味』を作ってくれたのでしたとさ。めでてし、めでてし。
〜〜そして時は現在〜〜
今この話をママンにすると、
「とんでもねー。昔から作ってたわ。てめーの手柄みたいに言うなし(※言い回しに脚色を含みます)」
と言うのだ。
ややや、そう言われると僕も自信がなくなってくる。これは思春期妄想期の僕の頭の中だけでこしゃられたアイタタタな物語なのか。いやいやだけど(僕に言わせれば)しっかりとした色彩と重量を持って、僕の記憶に鎮座。
しかも自慢じゃないがウチのママン、
「うん。ママンがそう言うんならそうだよね。
ママンの記憶って絶対だもんね」
と言えるほどしっかり者ママンでもない。
(自慢でしたごめんなさい)
どちらかと言うと終日モンシロチョウが舞っているようなキャベツ畑脳である。

こういう時、僕は
どちらも真実なんだろうと思う。
コナンくんを敵にまわすつもりはない。
だけど「真実は2つ!」な時もあるのではないか。
お互いの眼球を取っ替えっこして眺められるわけでもないこの世界においては、往々にしてそんなことがあるに違いないのだ。人は信じたいことを信じる生き物だから。
というわけで、僕のお袋の味はコロッケです。
興味あったでしょ?よきにはからえ。

お終めー。
