Nobody’s faultに込められた再生の物語
欅坂から櫻坂へ
2020年10月、欅坂46は櫻坂46へと生まれ変わりました。グループ名が変わり、これからどんなグループになっていくかもまだ誰にもわからない、そんな時期のことです。
デビュー曲『Nobody’s fault』の制作中、振付師・TAKAHIRO先生は森田ひかるにこう問いかけました。
「右目(破壊)と左目(再生)、どちらを選ぶか」
曲のラスト、両手で三角形を作りその隙間から目で会場を見据えるあの振り付け。その目を、破壊にするか、再生にするか。
この振り付けには、もともと深い意味が込められています。欅坂46時代の『サイレントマジョリティー』MVに登場する、広場の上に描かれた目のオマージュです。大人になった森田ひかるが、高い場所から過去の自分を見下ろし、新しい自分へと変わっていく。そういう意味が込められています。
TAKAHIRO先生はこう伝えていたといいます。「破壊でもいいよ、全部一回ぶち壊していく世界でもいい。」
それに対して森田は答えました。「私はここから新しく再生していきたい」と。
この一択が、曲の意味をすべて決めました。
左目が意味するもの
左目が意味する「再生」には、古代エジプト神話にまで遡る象徴があります。
天空神ホルスの両目はそれぞれ意味が異なります。右目は太陽の象徴「ラーの目」、左目は月の象徴「ウアジェトの目」とされ、周期的に満ち欠けする月のように「失ったものを回復させる」「修復されたもの」という意味を持ちます。
神話の中でホルスは、父の仇である叔父セトとの戦いで左目を失います。しかしこの左目は知恵の神トートによって癒され回復しました。そのため「ウアジェトの目」は「癒し・修復・再生」の象徴とされました。傷ついて、それでも蘇る。左目にはそういう意味があります。
日本のダルマも同じです。ダルマ自身から見て、左目が「阿(物事の始まり)」、右目が「吽(物事の終わり)」を表します。願をかける時はまずダルマの左目から入れ、願いが叶ったらもう片方を入れます。左目は始まりの目、まだ叶っていない願いの目なのです。
エジプトの神話も、日本のダルマも、左目に込めた意味は同じでした。傷を経た再生、そしてまだ途中にある希望。
もし「破壊」を選んでいたら
では破壊を選んでいたら、どうなっていたのでしょうか。
TAKAHIRO先生がおっしゃったように、「全部一回ぶち壊していく世界」の曲になっていたかもしれません。あのラストの振り付けは「破壊の目で世界を見る」ものになり、欅坂46の終わりをそのまま引き受けて、すべてを壊して新しくなる、そういう宣言の曲になっていたのではないでしょうか。
それはそれで、ひとつの誠実さだったかもしれません。欅坂46が背負ってきたもの、活動休止という現実、メンバーたちの苦しみ。それらを「全部壊してゼロから始める」と宣言することは、逃げではなく覚悟とも言えます。
でも森田が「再生」を選んだことで、曲の意味はまるで変わりました。欅坂46の歴史を壊すのではなく、その傷ごと抱えて蘇ること。過去の自分を高い場所から見下ろしながら、それでも否定せずに前へ進むこと。『Nobody’s fault』は破壊の曲ではなく、再生の誓いとして産まれました。
ひとつ、面白いことがあります。あの『Nobody’s fault』のMVをよく見ると、森田の振り付けは「右目」なのです。「再生」を選んだはずなのに、なぜ?
明確な理由は明かされていませんが、ひとつの仮説として考えられるのは、実際にステージに立つその瞬間から「再生」が始まるという意図があったのかもしれません。映像の中ではまだ壊れている。でもライブで、観客の前に立つ瞬間に、目が左へ変わる。
記録を辿ると、櫻坂全体としては初の有観客ライブとなったW-KEYAKI FES.2021では2サビ前では右目、ラストでは左目で世界を見ており、1stツアーの頃には両方とも左目になっています。
まるでグループそのものが、破壊から再生へと移り変わっていく過程を、その目の向きが静かに刻んでいたかのようです。
MVの撮影時点では、まだ欅坂46は「終わっていなかった」。破壊が終わり、再生が始まる。その境界線がライブの中にあったと考えることもできることもできそうです。
5年間の揺らぎ
ただ、その選択が正しかったかどうか、森田自身も長い間わからないままでいました。
「今まで『Nobody’s fault』を披露させていただいている時にも、1度壊してしまって、また私たちで作り直していっても良かったんじゃないかなって思う時もあった」
グループの形が変わるたびに、後輩が加わるたびに、センターとして立ち続けながら、そんな迷いがよぎっていたのかもしれません。再生の道は、全部壊してゼロから作り直すよりも、地味で、遅くて、しんどい。壊れたものを、そのままの形で少しずつ蘇らせていくのだから当然です。
それでも森田は、その左目で前を見続けました。
国立競技場で5年越しの答え
2026年4月11日、12日、MUFGスタジアム(国立競技場)での『5th YEAR ANNIVERSARY LIVE』。2日間で14万人を動員したこの舞台の本編ラストに、『Nobody’s fault』が全メンバーで披露されました。
スクリーンには森田の左目へとズームしていく映像が映し出され、櫻坂46として歩んできた5年間が走馬灯のように流れました。そして「Nobody’s fault」へなだれ込み、ラストは森田が手で作った三角形の中から、左目で会場をじっと見据えました。
過去の自分を見下ろすために作られたその目が、今度は5年分の景色を見ていました。

アンコールのMCで、森田は涙をこぼしながらこう言いました。
「でも、今日この景色を左目で見た時に、初めて再生を選んでよかったなって思いました」
破壊を選んでいたなら、その目が見る景色は「終わり」だったのでしょう。再生を選んだ左目で見た14万人の景色は、「5年前に始めたことが、ここまで来た」という景色でした。
涙をこぼす森田に、副キャプテンの山崎天は「ひかるちゃんは初期からずっと真ん中でグループを背負って歩み続けてくれて、ここまでグループを残してくれて、引っ張り続けてくれて、本当にありがとうの気持ちでいっぱい」と声をかけました。
19歳で「再生」を選び、櫻坂46の未来を背負った森田ひかるは、5年間ずっと、その答えを知らないまま歩んできました。
正しかったのか、間違いだったのか。壊した方がよかったのではないか。そう思いながらも、その左目で前を見続けました。
国立競技場の夜、14万人の前で、ようやくその問いに答えが出ました。
再生を選んでよかった、と。
森田ひかるの左目が見た景色は、ゴールではなくきっと通過点なのでしょう。櫻坂46はまだ、その目で先を見ています。ずっと先の、まだ誰も見たことのない最高地点を目指して、走り続けています。
