#15 衣食住を整える【衣編】
----「裕」という名前が教えてくれた、衣から始まるわたしの生き方----
わたしの名前である裕美の「裕」は、衣偏と、谷を書きます。
わたしは、気づいたときから、ずっと自分の選ぶお洋服(衣)が大好きです。
小さい頃は、選んでもらうお洋服には、違和感があって、なんでこの服を着ないといけないんだろう。と、考えるときもありました。
小学生の高学年になると、少し遠くのショッピングモールに連れて行ってもらってお洋服を見たりすることが、とてもワクワクしていました。
自分の働いたお金でお洋服をいろいろ買うことが出来るようになって、満たされる気持ちは増えました。
自分の選んだお洋服に触れている時間はココロはうれしくて、落ち着いて、布の感触や、身にまとう空気感が、わたしを「わたし」に戻してくれました。
その時は、うまく言葉にできなかったけれど、《衣》はいつも、外側からわたしの内側を支えてくれていました。
衣食住ということばの順番が、ずっと当たり前のように使われてきた理由を、わたしは自分の名前を通して、思い出していたのかもしれません。
あとから振り返って、きっと、お洋服は「世界とわたしの境界線」をつくってくれていたんだと気づきました。
幼少期のことは正直あまり覚えていないのですが強く思い出したことがあります。
母の服を見て「合っていない」と思っていたこと。
お母さんはすごくかわいいのに、
なんでその格好なんだろう…
もっと、可愛い服を着てほしいのに。そんなふうに思っていました。
それは、責めたい気持ちではなくて、「その人らしさ」を表現するものだから、大事にしたかったのだと思います。
いま思えば、それがすでに「人」と「衣」の繋がりを見ていた感覚だったのかもしれません。
わたしは肌が弱くて、背中にはニキビがたくさん出来てしまったし、肌に合わない服を着ると特に、汗の臭いが変になることもありました。
その時からは、肌が喜ぶお洋服を選ぶことも増えました。
ブランドのお洋服を着てみたり
流行のお洋服を追ってみたり
化繊の安くて可愛いお洋服を着てみたり
心地よい服は、素材もカタチも大切だけど、一番は、わたしの感覚が決めるものだということ。
名前は、わたしより先にそれを知っていたのかもしれないです。
「裕」美──
衣から、美しく活かす生き方。
服は、「どう見られるか」も、大切だけど「どう在るか」「どう魅せる」かを、表現出来る大切なものだとも思います。
肌が喜ぶか。呼吸が楽か。
そのお洋服を着た自分はうれしいのか。
お洋服は、わたしを静かに整えてくれます。
これは《裕美》という名前が教えてくれた、衣から始まる生き方のお話しです。
衣は、誰でも“たったいま”から始められる、わたしと繋がる時間です。
ぜひ、毎日選ぶお洋服を大切にしてみてください。
ここまで読んでくださりありがとうございます。またここで会えたらうれしいです。
