若者に地元へ留まってほしいわけではない
「若者が大学生や社会人になって東京や海外に行っちゃうと、地元は寂しくなりますよね。」
そう共感して頂くことが多いですが、私は若い子にずっと加須にいてほしいとは思っていません。
(もちろん寂しさはあるけども)
会社員時代に、加須でよかったと思う
東京の会社員時代、だいたい12月くらいになると、チームメンバーが帰省の話をします。
「大阪まで新幹線で帰るよ。せっかくお金かけていくから1週間くらいいるよ。あぁ、混むから予約もしとかないと。」
そんな仕方のないトーンで喋る先輩をみて、
「俺は東京からJRの在来線で1時間くらい、加須ちかいな」
と少し得したような気持ちになりました。
年末以外も普通の土日で帰っていたりするから、地元というものがすぐ手を伸ばせば届く距離にありました。
実家帰るついでに田んぼ道を車走らせて、デカい本屋寄って、スーパー銭湯寄って、なんかホッとするみたいな。

東京でしか叶えられないもの
それはあると思います。
(東京以外のマチや海外もあるが、以下便宜的に東京で)
〇〇業界のトップの会社がそこにあるとか、
〇〇を競う人間が集まる場所があるとか、
とびきりオシャレな街でご飯がたべたいとか。
現に私も会計士として10年仕事をしてましたが、それはもう沢山の経験をしたし、学びもあったし、思い出もある。
若い頃にそれに飛び込みたい気持ちを阻んで
「いや地元にいた方がいい」
なんて言っても納得してもらないと思う。
ただ、
なんとなーく東京いるって感じだったらコッチ(加須)の方がいいぜとか、
東京にいてもモヤモヤしたときだけでもコッチに帰ってよおいでよと、
そんな風にいつでも受け止める場所が地元の駅前にあったら、飛び出した若者にとっても大きな支えになるんじゃないかとは考えています。
東京から1時間の距離にあるのだから、
日帰りだってできる。
そんで、地元の駅に着いたとき、学生時代に通ったカフェ(ウチ)がある。
久しぶりーと受け入れてもらえる。
受け入れてもらった若者は、いつか何らかのかたちで加須に還元しようと思う。(それが定期的に都内から店に通うことかもしれないし、場合によってはUターンすることかもしれない)
仮にUターンしても、やりたいことが別に出てきたらまた外に出て、外からできる範囲で関わっていく。
理想はそんな感じです。

カフェとは、水平と垂直の交わる場所である
2025年に出会った本の中でTOP3に良かった「ゆっくり、いそげ(著:影山知明)」の中の言葉です。
垂直とは、自分の血縁や生きる文脈のことを指す。
水平とは、目の前に広がる現実社会。
垂直方向での自分の居場所を定めたことで、水平方向の自分は自由になれるという意味のようです。
地域のカフェは、まず垂直の居場所を定めてくれ、同時にどうありたいかという水平の自由は許容している。

今の世の中、つまり水平方向の世界は、どんどん自由になっている。モノも情報も、いろんなことにアクセスするのが容易になりました。
さらに、垂直方向の世界も自由です。私が日本に生まれようと日本に生きる必要もないし、親の仕事を継がなくてもいい家庭が多い。
「じゃあ、自分らしく自由にどうぞ」
と言われた結果、自分らしさという答えのない問いに若者は悩まされ、結果Youtubeやビジネス本などの情報に踊らされている人も多いと思います。
それであれば、地域に根ざしたカフェに通い、
「地元のカフェに通う〇〇さんに今度話を聞いてもらおう」「地元の〇〇の活動に今度一緒に参加しよう」と地に足をつけて何らかの歩みを進める方が、深さのある広がりが出て余程豊かな時間になる気がします。
少なくとも私の人生における大きな決断は、ほとんどが実際に関わった人や活動から受けた影響で決まってきました。
そんな風に若者の大いなる悩みの一つを解決する手段として、私たちのカフェが存在するといいなと思います。
