第1話|水とミネラルは、生命の存在すら進化させるデバイスなのかもしれない
今回は、高等生物を創った「水」と「ミネラル」のお話です。
気が付くと、もうゴールデンウイークも明けていました。
そろそろ気温も上昇してくる時期です。

この頃は、
汗をかいたり、
逆に体を冷やしてしまったりして、
体の水分代謝などの自己調節が追いつかず、
ぎっくり腰なども起こりやすい時期でした。
(元整体院・治療院経営者より)
また、リハビリ専門職としての経験から言っても、
血管のつまり防止や健やかな日常のために、
正しい水分摂取はとても大切です。
ここで重要なのは2つ。
ひとつは、浸透圧。
適度なミネラル分がないと、
飲んだ水がそのまま汗や尿として出やすくなってしまいます。
逆に、
塩分や糖分を取り過ぎると、
今度は体に負担がかかる。
つまり、
「ちょうどいい塩梅」
いわゆる中庸が大事なんです。
スポーツドリンクも、
濃いめのポカリスエット、
やや薄めのアクエリアスなど、
季節によって使い分けています。
ところでみなさん、
普段、“水”、
足りていますか?
さて、本題です。

人は、進化の過程で、
もともとは海の生き物でした。
太古の海で生まれ、
そして地上へ上がってきました。
海で生まれた生き物が、
地上で生活するようになったことで、
体の中では、
さまざまな調整が行われています。
これが、いわゆる
ホメオスタシスです。
ところで、
「海から地上へ」
この話、
どこか別のお話にも似ていませんか?

そうです。
私たちは、
人生の最初に、
これを実際に“追体験”しています。
胎児は、
母親の胎内で、
羊水という、
太古の海と似たミネラル環境の中で育ちます。
そして、
十月十日を経て、
この世界に生まれます。
最初の大きな呼吸。
最初の泣き声。
そこから、
地上での生命活動が始まります。
覚えていないだけで、
私たちは、
「生命の進化」を、
人生の最初にもう一度体験しているのです。
(ここから先は、自説を含みます。
興味のある方だけ読んでください)

私は、
太古の海に溶け込んだミネラルこそが、
物理的な現象を超えて、生命進化の重要な役割を担っていた。
そう感じています。
地球の大地から流れ出たミネラル。
それが海の水に溶け込み、
宇宙線や太陽光線などの影響を受けながら、
発生したばかりの小さな生き物とその魂を、
より高度な肉体を持つにふさわしい魂へと育てていった。
最初はアメーバのような小さな存在だったはず。
ですが、
長い年月を経て、
より複雑な生命へ、
より大きな生命の器である体に見合う
魂を構築し、進化を成立させてきました。
そして、
その流れの先に、
今の私たちも存在しています。
気が先、
物理は後。
そういう見方も、
できるのかもしれません。

細胞内へのミトコンドリアの流入も、
もしかしたら、このことが関わっているのかもしれません。
より大きな体を動かすためには、
それに見合った熱量のエネルギーを発生させる必要があります。
そのために、
細胞内でエネルギーを生み出すミトコンドリアは、
必要不可欠だった。
ですが、
このミトコンドリアの流入経路には、
いまだかつて、理論の枠組みを超えて、発見されていません。
もしかしたら――
たくさんのアメーバのような小さな生命が、
精神世界レベルで“進化の方向”へつながったことで、
物理的には極めて小さな変化が、
ある日突然、起きたのかもしれません。
そして、
より大きな生命を育むための重要なピースが、
世界に現れた。
そんなことがあったのでは!?
そんな時、母なる太古の海の水とミネラルは、
子の未来を見守るように、
その出来事を静かに支えていたのかもしれません。

母なる古代の海を離れ、
私たちは地上で生きています。
不便や不都合があるからこそ、
新しい工夫や発明も生まれました。
スポーツドリンクも、
そのひとつです。
必要だったから、
生まれた。
進歩だったわけです。
では、
私たちは、
この先、
どんな進歩を選ぶのでしょうか。
水やミネラルが、
生命を育ててきたように、
人の“氣”や“意識”、
そして“目に見えないエネルギー”にも、
少しずつ育っていく【流れ】があります。
そして人には、
まだ自分でも気づいていない、
“本来の自分”や“可能性”のようなものが、
眠っているのかもしれません。
もしこれから先、
ココロの目詰まりが少しずつほどけ、
可能性が開かれていった未来のあなたを、
今のあなたが見たとしたら、
どんなふうに感じるでしょうか。
自分自身を、
少しずつ整え、育てていく。
そんな学びや体験に、
もし興味を感じた方は、

「なんとなく不思議」
で終わっていたものが、
【流れ】を活かすことで、
少しずつ現実とつながり始めるかもしれません。
今だからこそ、
見えてくるものと、
新しい始まりに、
出会えるのかもしれません。
