『胎話師 ゆきと』第2話
「空の上で教えられた通り、生まれた人間ってほんと馬鹿なのね。平気で裏切る男がいるし、産みたいけど産めないとか、すごく優柔不断な女もいるし…。わたしのこと好きになってくれたなら、迷わず産むって決めてくれたらいいのにね…。わたしはママを困らせるために来たわけじゃないの。ママの中にもある母性に気づくきっかけを与えに来ただけ。だからね、それを教えられたから役目は果たせたかなっても思う。わたし…出直して来ようかな。ママの準備が整うまで、もう少し待ってようかな。」
「えっ…?出直して来るって…どういうこと?」
「わたしの声が聞こえるあなたにわたしの気持ちを託すわ。時が来たらママに伝えて。私はママのことが大好きだから、必ず会いたいから、また来るって。ママのせいじゃなくて、自分で決めたことだから、自分で選んだ道だから許してねって。たとえパパが違っても、ママの子だし、その子はわたしだから気づいてねって。それからもしパパにも会えたら伝言をお願い。本当は生まれたかったし、パパにも愛されたかったけど、わたしのことは忘れていいから、ママのことは忘れないでって。わたしのことをこの世界に存在させてくれてありがとうって。それからあなた…幸与くんだっけ?今度は幸与くんがわたしのパパになってくれてもいいよ。私の声に気づいてくれてありがとうね。いつかまた会えたらいいな。」
「えっ…こういうのってまるで…。」
遺言みたいだと思った。おなかの子はそれ以上何も言わなくなった。
「どうしたの?幸与くん?」
「あっ、いや、何でもないんだ。まだ胎動なんて分からないよな。」
何も語らなくなった羽山のおなかから俺は手を放した。
「胎動なんてまだ先だよー。おかしな幸与くん。あのね…うち母子家庭だから、お母さんには話しにくいんだよね。経済的な面だけじゃなくて、悪い男につかまって苦労する人生にならないようにねって子どもの頃から言い聞かせられて育ったから…。私の父親に逃げられて、お母さんは一人で苦労して私のこと育ててくれてるから。それなりの苦労もあるけど、私のこと産んで良かった、私のことは好きだし、会えて良かったって言ってくれるの。そんなお母さんを悲しませるようなことは言えなくて…。」
「そっか…心配掛けたくない気持ちは分かるけど、どっちを選んでも、親には話さないといけないみたいだし、やっぱり黙っておくことはできないと思う。」
「うん…そうなんだけどね…。幸与くんはいいよねー誕生日早くて。4月になったらすぐに18歳なんて羨ましい。私ももう少し早く生まれたかった。今、18歳で成人なら一人でこの子のこと守れたかもしれないのに…。」
「いくら成人になるのが早くても、結局俺たちはまだ残り1年は高校生なわけだし。できることは限られてるよ。」
「だよね…17歳で初対面の男の人について行った私が馬鹿なだけか。性格は全然違うけど、ぱっと見、幸与くんに似てるからいいかなって思ったの。嘘かもしれないけど、医大生って言ってたし…。彼、瞬(しゅん)くんっていうんだけどね。名前も偽名だろうけど、一目惚れだったの。いい加減な気持ちじゃなくて、この人ならいいかなーって思えた。私、遊んでる軽い女に見えるかもしれないけど、実はまだ処女だったし。すごいよねーたった一回で妊娠しちゃうこともあるんだって、正直、怖くなった…。」
「そうだったんだ…ごめん。俺も羽山のことは、軽い女って勘違いしてたから。」
「謝らなくていいよー軽い女のフリしてたのは、ほんとだし。お母さんを助けるためにいい大学に入って、医者になってたくさんお金稼ぐんだって中学生の頃はがんばって、受験したんだけど、無理して難関校に入学しても、勉強ついていけなくなって…。仕方ないから、いい男でも探すかーって開き直ってたら、幸与くんがいたの。」
「そっか…でも俺、別にいい男じゃないけど?俺だって、どっちかっていうと成績は落ちこぼれの方だし…。」
「成績は関係なくて、幸与くんって本当は賢いはずだし、実はエロいし、やっぱりやさしいし、なんかすごく惹かれたの。だからあの告白は本気だったんだよー。」
「そうだったんだ…重ね重ね、ごめん。羽山のこと、勘違いばっかで。」
「別にいいけどね。だって幸与くんに相手にされなかったおかげで、幸与くんに似てる人を好きになって、この子に会えたんだから。彼は男としては最低だけど、この子と出会わせてくれた人だから、完全には憎めないんだよね。だって私、途方に暮れてるのに、妊娠しなきゃ良かったとは思えないから…。彼がいなきゃ、妊娠できなかったから…。」
「たぶんだけど、おなかの子も同じこと思ってると思う。父親のこと、ろくでなしって思ってるし、ママを泣かせる悪い男って怒ってると思うけど、でも嫌いになれなくて…。パパがいなきゃ、ママのおなかに宿れなかったから、パパにも感謝してるし、パパのこと好きだし、パパにも好かれたかったって…。」
さっき羽山のおなかの子から聞いた言葉をさりげなく羽山に伝えた。
「へぇー幸与くんって想像力豊かなんだね。さすが自慰の達人。そっか…おなかの子も私と同じように彼のこと、思ってくれてるといいな。ろくでなしのパパだけど、好きでいてくれるといいな…。ありがとうね、幸与くん。私のことを励ましてくれて。いろいろ話聞いてもらえたら、すっきりしたよ。後は自分で決めなきゃね。この子の母親は私なんだから。」
昨日までの幼く見えた羽山と比べたら、今の彼女は母性に溢れていて、表情はすっかり母親だった。
三日後…羽山が再診のため、結生産婦人科医院へ来た。
「羽山さん、お母さんには話せたかな?」
「はい…あの…母にはまだ話せていないのですが、私、産みたいです。だから今日の診察が終わったら、必ず話します。」
「分かりました。じゃあまずは赤ちゃんの様子を確認しましょう。」
三日前と違って診察室の中ではなく、廊下で待機していた俺の元へ、内診を終えた羽山が帰ってきた。
「幸与くん…。」
顔色が悪い羽山の様子を見て、悪い予感がした。
「おなかの子…私の赤ちゃん…心拍が止まっちゃってたの…。流産しちゃった…。」
「そっか…せっかく産むって決めたのにな…。」
「きっと私が産めないとか、どうしようって悩んでたから、赤ちゃんの心臓に負担掛けちゃったのかも。もう少し冷静に過ごせば良かった…。」
「父さんからも説明受けたと思うけど、初期の流産は母親側の身体が原因じゃなくて、ほとんどが胎児側の問題なんだって聞いたことがあるよ。だから羽山のせいじゃない。」
羽山の肩をさすりながら、励ますように言った。
「そんなの…分からないじゃない。調べたわけでもないし。赤ちゃんに聞いたわけでもないし、やっぱり私のせいかもしれない…。」
俺の手を振りほどきながら、声を荒げた羽山は泣いていた。
「うん…そうだよな…ごめん…。とにかく身体を少し休めた方がいいよ。急に出血が始まるかもしれないし。」
「分かってるよ、自分の身体だし。妊娠できない男の幸与くんには分からないよ、子を亡くした母親の気持ちなんて。」
涙目の羽山は俺を睨むように言った。
「こういう時って、正論っぽいこと言っても伝わらないものなんだな…。やっぱり異性って難しいよ。」
部屋に戻った俺は、愛心に話し掛けていた。
「心の整理がつくまで、そっとしておいてあげなよ。妊娠や出産後はホルモンの変化で女性の心はいつも以上にデリケートだから。胎児側の問題って言ったところで、すでに赤ちゃんに愛情が芽生えた母親には伝わらないし、勝手に責任を感じてしまうものなんだよ。子どもに何かあると、親ってさ、何でも自分のせいだって思っちゃうんだ。ぼくの時だって、そうだったじゃない?」
「愛心の言う通りだけどさ…なんか失恋した気分と似てるかもしれない。今の心境は。」
「お兄ちゃん…もしかして羽山さんのこと、好きになってたの?」
「違うよ。俺が好きなのは、深琴さんだし。最近、妊娠のことずっと相談されて頼りにされて、親しくなった友だちに嫌われた気分ってこと。」
「ふーん。そっか。じゃあ、羽山さんのためにできそうなこと、してあげればいいんじゃない?」
「気安く会いに行ける状況じゃないし、できることなんて何もない…。」
「そうかな?お兄ちゃんは羽山さんのおなかの子と話せたんだから、できること残ってると思うけど?」
愛心に促され、羽山のためにできることに気づいた俺は行動に出た。
羽山が彼と出会ったという公園へ行き、ベンチでその男を待ち伏せすることにした。
「ただベンチに座って待ってるだけで、瞬くんだっけ?その人に会えるかな。」
「放火犯は必ず現場に戻って来るって聞いたことあるし。」
「放火じゃないけどね。」
愛心と話しながら、羽山を妊娠させた男が来るのをひたすら待った。何日もその公園に通った。
一週間後…。
「そーいやさ、あの子、どうなったの?そこのベンチで出会っていう女子高生。」
「知らねーけど。妊娠したっていうから、ばっくれた。」
「マジか。おまえ、何人目だよ。女を孕ませたのは。」
「うーん…把握してるだけで、8人目かな。」
「うぁー鬼畜。しょうもない男。やるだけやって、できたら逃げるなんてさ。」
「それはおまえもだろ。」
「俺はまだたった3人しか妊娠させてないし。」
「あの子…S高の制服だったのに、馬鹿っぽかったから、ちょろかったよ。何しろ排卵日も知らねーの。生理いつだった?って聞いたら教えてくれて、そっから計算したら、危険日どんぴしゃ。」
「まさかおまえ…危険日って分かって、生で中出ししたのか?」
「あぁ、そうだよ。だって孕む可能性の高い女の中に出すってスリルあって最高じゃん?しかもその子、遊んでるっぽかったのに処女だったからツイてたぜ。危険日の処女とやれるなんてめったにないから、すげー興奮した。」
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