自分を大切に扱う人は運がいい
今日のおすすめの一冊は、中野信子氏の『新版 科学がつきとめた「運のいい人」』(サンマーク出版)です。その中から「運のいい人になるための絶対条件」という題でブログを書きました。
本書の中に「自分を大切に扱う人は運がいい」という興味深い文章がありました。
自分を大切に扱うことが運のよさにつながります。 その人の運のよしあしは、周囲の人といかに良好な人間関係を築けるかということに大きく左右されますが、自分を大切にしている人はほかの人からも大切にされるのです。
逆に、自分を粗末に扱っている人は、他人からも粗末に扱われるようになってしまうのです。 たとえば、あなたの目の前に2台の車があるとしましょう。1台はピカピカに磨かれた車で、もう1台は汚れていて車体に叩かれた跡がある状態です。
もしあなたが「この2台の車のうち、どちらかを棒で思いきり叩いてください」と言われたら、あなたはどちらの車を叩くでしょうか。おそらく多くの人が、汚れている車を選ぶと思います。
これは心理学の「割れ窓理論」(軽微な犯罪がやがて凶悪な犯罪を生み出すという理論)でもいわれていることですが、人にはある特定の秩序の乱れがあると、それに同調してしまうところがあります。
たとえばゴミひとつ落ちていないきれいな道にポイ捨てするのは気が引けますが、 ゴミがたくさん落ちている道の脇なら「1個ぐらいなら捨ててもまあいいか」という気になる。すでに秩序が乱れている場所があると、さらに秩序を乱すことへの心理的抵抗が少なくなるのです。
実は、これと同じことが、人に対しても起こるのです。自分を大切にしている人を粗末に扱うのは抵抗があります。しかし自分で自分を粗末に扱っている人には、こちらも同じように粗末に扱ってもいいような気がしてくる。
身なりのきちんとした人には思わず敬語を使いたくなりますが、身なりにあまりに無頓着な人にはその気はなかなか起こりません。つまり、ほかの人から大切に扱われるようにするには、そして、周囲の人と良好な人間関係を築くためには、まずは自分で自分を大切にする必要があるのです。
ナディーヌ・ロスチャイルドの言葉を借りれば、「自分で自分を好きになれるに、自分に心を配る」のです。
◆ナディーヌ・ロスチャイルドは、もともとはフランス・パリの小劇場の女優でした。彼女は貧しい家庭に生まれ育ち、中学卒業と同時に家を飛び出し、印刷所や町工場などで必死に働きます。やがて小劇場の女優となるのですが、大人気スターというわけでもなく、だれもが一目置く美人というわけでもありませんでした。
そんな彼女が、あるときロスチャイルド家の中心人物のひとりであり、世界の大富豪のひとりでもあるエドモン・ロスチャイルド男爵と出会い、結婚、美と贅沢の世界を手に入れるのです。
彼女は「もしあなたがひとり暮らしなら、部屋は常にきれいに片づけるべきです。ひとりでお茶を飲むとしてしても、ふちの欠けたカップなどではなく、いちばん上等なカップを使ってください。
家でひとりで夕食をとるなら、帰りにお花とおいしいデザートを自分に買ってあげましょう」とも言います。
つまり、自分で自分を好きになれるよう、自分自身に心を配る。自分で自分をかまうべきだ、というのです。自分を大切にしている人はほかの人からも大切にされるのです。逆に、自分を粗末に扱っている人は、他人からも粗末に扱われるようになってしまうのです。
身なりのきちんとした人には思わず敬語を使いたくなりますが、身なりにあまりに無頓着な人にはその気はなかなか起こりません。(以上、本書より)
◆「誰に対しても丁寧な言葉を使う」「礼儀正しくする」「お先にどうぞの精神」「ドアや戸の開け閉めは丁寧に」「一つ一つの所作を丁寧に」・・・。まさに、千利休が唱えた「和敬清寂」という、茶道の精神だ。
「和敬清寂」の「和」とは、調和の心であり、人間関係において、互いに心地よい雰囲気を保つこと。「敬」とは、互いに敬い、尊重し、譲り合う心。「清」とは、汚れを清め、場と心を清めること。「寂」とは、静寂な心であり、どのような事態に直面しても、動じない心のこと。
「自分を大切に扱う人は運がいい」という言葉を胸に刻みたい。
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