許容量・寛容度を上げる
今日のおすすめの一冊は、小林正観さんの『みんなが味方になるすごい秘密』(知的生き方文庫)です。その中から「自分の幼児性を克服する」という題でブログを書きました。
本書の中に「許容量・寛容度を上げる」という心に響く文章がありました。
ストレスを与える人や現象を「ストレッサー」といいますが、ストレッサー度5の人が世の中にいるとして、自分の許容量・寛容度が4なら、この人をストレスに思います。もし自分の許容量・寛容度が10だったら、ストレッサー度5というのはまったく問題にならないので、その人に対してストレスを感じないですみます。
ということは、どんなストレッサー度を持った人がいつ現れるかはわかりませんが、日常的にずっと自分の許容量・寛容度を上げておけば、問題が解決するということです。それでは自分の許容量・寛容度を上げるためにはどうすればいいのか。それは暇なときに訓練しておけばいいのです。
講演をしているときも、試されていると思っていますので、会場がすごくざわめいているとか、子どもが走り回っているとか、ガーッと大いびきで寝ている人がいると言う場合に、私がそこでまったく心をわずらわされることなく同じように話ができることを、私自身が問われていると考えています。
◆小林正観さんはこう語る。
《すべての日常生活は“私”を磨くための砥石(といし)なのです》
私は親子関係や夫婦関係で相談を受けるとき、よく「砥石」という言葉を使います。 砥石とは刃物を磨く石のことです。 魂を磨くための砥石は3つあります。 ひとつは「家族と家庭」。
結婚とは、「夫という名の砥石」「妻という名の砥石」を手に入れたということではないでしょうか。 夫婦という名の共同生活は、食べ物の甘い辛い、気温の暑い寒いなど、一つひとつ折り合いをつけることにほかなりません。 なかなか思い通りにならない子どもも「砥石」です。
次は「仕事」。 どんなときにも怒らない、イライラしないということを求められて魂は磨かれます。
最後に、「他のすべての人間関係、交友関係」。 日常生活のすべてが「“私”を磨くための砥石」なのです。 「怒ってもいい状況」も「怒らせる人」も存在せず、折り合いをつけるべき状況や相手がいるだけ。
それなのに怒って解決する道を自ら選んでしまっているのかもしれません。 私たちはすべての日常生活で、「いかにイライラしないか、笑顔でいられるか」を問われています
(宇宙も神様もぜんぶ味方につける習慣/宝島社)より
我われがこの世に生を受けた目的はただ一つ。 少しでもましな人間になって、あの世にいくこと。 魂を磨き、人格を少しでも高めること。 そして、どれだけ多くの人たちに「あなたがいてくれてよかった」と言ってもらえたか。 まわりの人たちに、どれだけ喜んでもらえたか。
それが自分の『許容量・寛容度を上げる』こと。
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