没頭の記憶は心に残り続ける。
昨日、久しぶりにピアノを練習してみました。
あれ、少し弾けなくなっているな——
そんな感覚に、思わず手が止まります。
例えば、ベートーヴェンの「テンペスト」。
空に黒い雲が立ち込め、嵐の気配が漂う——
そんな情景が浮かぶ、私の好きなパートがあります。
けれど久しぶりに弾いてみると、自分の一番好きなその部分で、何度もつっかえてしまうのです。
やはり「久しぶり」がいけなかったのかもしれません。
ふと、昨年から始めたゼンタングルというアートの創始者のかたの言葉が心によみがえりました。
それは「筋力をつける」という考え方です。
「毎日少しでも描くことで、“描くための筋力”が育っていく。」という趣旨ということです。

そしてこれは、ピアノにもそのまま当てはまるのだと気づきました。
この「筋力をつける」というプロセスそのものが、「上達」のプロセスなのだろうとも思いました。
そう言えば子どもの頃、私はピアノに夢中でした。
苦手な部分を何度も繰り返し練習し、少しずつ弾けるようになっていく。
その少しづつその苦手な個所を克服することそのものが、面白かったのは今でも鮮明に記憶に残っています。ただひたすらに弾くことに集中する——
あの「没頭している感覚」は、おそらくずっと忘れないだろうと思います。
子育てを終え、気づけば私も人生の折り返し地点を過ぎました。
いつかこの世を去るとき、お金や形あるものは何も持っていけないけれど、没頭した時間の記憶だけは、きっと魂のどこかに刻まれているのではないか。。。。
そんなふうに思うのです。
一日の中で、どれだけ没頭する時間を持てるか。
その積み重ねが、自分の人生を豊かにするだけでなく、周りの人との関係にも、静かな彩りを添えてくれるのだと思います。
皆さまは最近、どのようなことに没頭されていらっしゃいますか?
そんな時間、積み重ねて行ければすてきですね!
さいごに
きょうも数ある記事の中からこの記事に目を止めてくださいまして、心からありがとうございました。
皆さま、どうぞお元気でお過ごしください。
皆さまとの出会いに感謝しつつ。
またこのnoteでお会いできますように。
