「便利にするから、あとはよろしく」の罠。現場の「無理です」を握りつぶす、冷たいデジタル化と戦う技術
「これでセキュリティは万全だし、現場も便利になる。あとは運用をよろしくね」
上層部やDX推進部門から、そんな笑顔の「丸投げ」を受け取った瞬間、私たちは直感します。
「あ、これ、現場が血を流すやつだ」と。
新しいセキュリティ(二要素認証やSSOなど)や、新しいシステムの導入。
上が掲げる説明スライドの中では、それはスマートで、効率的で、未来的な「素晴らしいDX」として描かれています。
しかし、いざ運用が始まった瞬間に現場を襲うのは、全くスマートではない、泥臭いトラブルとクレームの嵐です。
1. 握りつぶされた、現場の「無理です」
「スマホを持っていない職員はどうすればいいんですか?」
「ワンタイムパスワードのメールが届かなくて、ログインできません!」
「朝一番の忙しい時間にロックがかかって仕事になりません!」
怒り狂う他部署の職員からの電話対応で、自分の通常業務は完全にストップ。
現場のサポート担当や情報システムのメンバーが「このスケジュールでの導入は無理です」「今の体制ではサポートしきれません」と事前に何度も悲鳴を上げていたにもかかわらず、
「もうスケジュールが決まっているから」「国の方針だから」という冷たい言葉で、私たちの『無理です』は静かに握りつぶされてしまいます。
「便利になった」と上が対外的に自慢する裏で、すべてのしわ寄せと不満の防波堤になるのは、いつも現場の一般職員です。
静まり返った深夜のオフィスで、怒れる職員からの未処理の問い合わせリストを前に、一人で伸びきったカップラーメンをすすりながら、「私の仕事って、一体何なんだろう」と、深い虚しさに襲われたことのある方は、私だけではないはずです。
2. なぜ「冷たいデジタル化」が起きるのか?
なぜ、組織の上の人たちは現場の「無理です」を聞いてくれないのでしょうか。
それは、彼らに悪気があるからではなく、「システムを動かすこと」自体が目的になってしまい、「それを使う人間」の存在が見えなくなっているからです。
ガイドラインや導入スケジュールという「数字と計画」は綺麗に見えますが、現場でPCの前に座っているのは、ITが得意な人ばかりではありません。
パスワードの再設定ひとつで半日悩む人もいれば、新しい画面に変わっただけでパニックになる人もいます。
そうした「生身の人間」の泥臭い現実を無視して、計画だけを冷たく押し進めるからこそ、現場に巨大な歪み(しわ寄せ)が発生するのです。
🧭 【情シスのサバイバル術】
テーマ:冷たいデジタル移行から自分の正気を守る「優しい境界線」
組織の決定を覆すことは、個人の力では不可能です。しかし、激流のようなクレームと残業の嵐の中で、自分の心と健康(サバイバル)を守るために、私たちが今すぐ引くべき「優しい境界線」が3つあります。
アクション①:「完璧にサポートしよう」としない
真面目な人ほど、ログインできなくて困っている職員を「なんとかして助けてあげたい」と自分の時間を削ってまで対応してしまいます。しかし、これは「上が作った無理な仕組み」のケツ拭きを、あなたのプライベートを犠牲にして行っている状態です。
「5分調べてダメなら、専用の問い合わせフォームに回す」「マニュアル以上の個別対応はしない」と割り切り、良い意味での「冷たさ」を身につけてください。あなたが一人で防波堤になる必要はありません。
アクション②:電話対応の「時間制限」という物理的な境界線
怒れる職員からの電話は、こちらのエネルギーを最も消耗させます。
もし可能であれば、「電話サポートは午前10時〜12時、午後2時〜4時のみ」など、対応時間に物理的な制限を設けるようチーム内で合意をとる、あるいは「基本はメールか専用チャットでの受付」に切り替える戦術を取ってください。
自分の「集中できる時間」を力づくで守らなければ、あなたの心はすぐに燃え尽きてしまいます。
アクション③:事前の「サポート限界宣言」をメールで証拠に残す
導入が始まる前に、「現在のサポート人員は〇名のため、初日は〇件以上の問い合わせが発生した場合、対応に最大〇日の遅れが生じます」というリアルな限界値を、数字で上層部や全庁にメール等で発信しておいてください。
「最初からサポートが回らないことは予測し、警告していた」という証拠(アリバイ)を作っておくことで、いざクレームが爆発した際に、あなた個人や現場の責任にされる理不尽を防ぐことができます。
【執筆後記】
デジタル化は、本来人を幸せにするための道具です。
それなのに、新しい仕組みが導入されるたびに現場の人間がすり減り、胃を痛め、遅くまで残業しなければならないのだとしたら、それは何かが間違っています。
システムを便利にするために、あなたの心と体を犠牲にする必要はありません。
「これ以上は無理です」と、優しく、しかし毅然と境界線を引くこと。
それこそが、冷たいデジタル化の嵐の中で、私たちが正気を保ち、生き残るための最も大切な技術です。
まずは今日、目の前の「私じゃなくてもいい問い合わせ」を、そっと専用フォームへ受け流すことから始めてみませんか?
今週もお疲れ様でした。どうぞ穏やかな週末をお過ごしください。
