グロリア・スワンソン 「サンセット大通り」1950
ああ、ヒマだから、またBSの映画を見てしまいました。アホになるかもしれないけど、まあ、見てしまったんだから、今さら反省してもいけないな。しっかり反省して、次に生かしていきたいです。
でも、私の「次」って、なんだろうね。この何日かは、野球漬けだし、映画は見るし、テレビっ子になっているけど、私に「次」は来るのか? わからないですね。来なくてもいいもん!(なんというオジイなんだ)
老女優の最後の輝きみたいなのがテーマになっている映画でした。「輝き」といっていいのか、幻想というのか。とにかく、サイレント時代の大女優が、はやらなくなって大きなお屋敷に引きこもり、ふたたび過去の栄光がやって来るのを期待している、そういう役どころがスワンソンさんです。
実際のグロリア・スワンソンさん(1899~1983)も、ウィキペディアで調べたところ、1934年に映画に出て、それからはブランクが続いていたらしい。それをたまたまサイレント時代の大女優のノーマ・デスモンドという役柄にして、本物の過去の大女優として出たそうです。少しそれだけでも怖いものがありますね。役者の執念みたいなのがあった。

私はてっきり、ビリー・ワイルダーさんの作品だから、この作品は面白おかしく描かれていくのかなとずっと思っていました。たまたま私は見るチャンスがなくて、やっと見られそうだから、「えい、見てしまえ!」と見てしまいましたね。
ネットから借りてきた冒頭の画像は、ラストのところで、若いツバメ(ウィリアム・ホールデン)を射殺し、警察やマスコミ関係者が押し寄せ、何と彼女が若い日々を過ごしたパラマウントスタジオからも、パラマウントニュースというクルーが来ていました。「カメラが来ている」という声に反応した彼女は、自宅の階段を、宮殿の階段を降りる女王として演技する感じで降りていきます。「カメラ」を聞くまでは、警察の人たちや記者たちがあれこれ問い詰めてもポカーンとして全く反応しなかったのに、「カメラがいる」という声でスイッチが入るなんて、すごいことでした。
その力に押し掛けた人々は凍り付き、とうとう階下で待つニュースカメラの前まで来て、私が大女優のノーマ・デズモンドよと、両手で見得を切る場面で映画は終わります。
どうやら殺されたのはウィリアム・ホールデンさんで、売れない脚本家の役柄でした。彼は映画の冒頭で、豪邸の中のプールで死体として浮かんでいた人で、冒頭で死体として出てきて、どうやらこの殺人事件を解き明かすのがこの映画のストーリーのようでした。コメディじゃなくって、サスペンスじゃないですか。冒頭の音楽や始まり方はまるでヒッチコックさんみたいだったのです。

売れない脚本家(たぶん、ビリー・ワイルダーさんの影を引きずっています)のウィリアム・ホールデンさんは、借金取りに追いかけられて、たまたまうらぶれた大きなお屋敷に入り込む。そこは廃墟かと見えたが、ちゃんと執事と女主がいるようでした。お金はあるみたいで、あれこれと買い与えてもらい、服も新調するし、アパートは引き払って彼女のお屋敷に居候することになります。
聞くところによると、彼女はサイレント時代の大女優で、今でもパラマウントという映画会社には知り合いもたくさんいるようでした。ただ、彼女は50歳で、彼女へのオファーは一切ないし、彼女が活躍する役もなかった。脚本も書いているようだったが、売れない脚本家もあきれるようなひどいもので、多少手を入れてみたけれど、とても見込みがなかった。
それでもめげない彼女は、久しぶりにスタジオへ押しかけ、有名な監督のセシル・B・デミルさんに会いに行く。本物のデミルさんが出てきて、彼女への配慮を見せつつ、傷つけないように彼女を追い返す。ところが、彼女は自分の脚本が映画になるかもしれないと、急に美容・マッサージなどに励むが、梨のつぶてであった。
彼女はとうとう感じないわけにはいかず、自分を映画界は必要としていないのだと心の片隅で認める。けれども、心はいつも不安定で、彼女の家というのは、すべての部屋にロックがかからないようになっているのが執事によってあかされ、それは彼女が何をするかわからず、それを見つけるためには部屋にカギはかけられないのだということでした。

どんなに上手にウソをついたところで、それを認めない自分と認めたい自分がいて、現実には世の中から忘れられた大女優なのだから、誰からも相手にされないのが現実でした。ところが今までに蓄えた財産と、彼女を守り続ける元夫の執事によって、彼女のウソ・妄想はいつも更新され、今に続いていた。
たまたま迷い込んだ脚本家は、お金がないので言いなりにはなった。ところが夜な夜な彼は、知り合いの脚本家仲間のところに行き、新たな物語を作ろうとしていた。やがては男は、大女優のもとから出ていこうとしたところで殺害され、プールに浮かんでしまう。

愛情関係のもつれが描かれていたわけですが、大女優と元夫である執事という完璧な関係に、迷い込んだ脚本家がその関係を壊し、大女優はまるで役柄を演ずるように男に三発の銃弾を撃ち込む。そんな事件を起こしていながら、彼女はあいかわらず夢を見ているように家の中にいて、「カメラですよ」と言われるまではスイッチオフにして、警察も報道も何もかも無視することができた。
そんな妄想・幻想の女優さんを、本物の過去の大女優が演じたというすごさによって、グロリア・スワンソンさんは、映画界に復帰し、ずっと映画に出続けることになった。彼女のカムバック作品となった分岐点の映画だったようです。
